人の良いところに注目しなさいと言う。
あの人にこんなことされた、この人はこんな悪いところがあると、
人の悪いところに注目するのではなく、
その人の良いことに注目すること。
そうすると、自分も少しは良い気持ちになれるし、
相手を責めたりしなくなるから。
でもね。
わかってる。
そう簡単にいかないんだよね。
本当にひどいことを経験した時、
ひどい思いを味わった時、
いくら理性ではわかっていても、
相手の良いところを見つけて、
その長所、良い点だけに留まることがむずかしくなる。
自己防衛なんだよね。
もはや。
悪いところにすぐ目が行くのは、
再びそれによって、自分が傷つきたくないから。
これまで散々傷ついてきたから、
もうこりごり。
だからこそ、悪いところがないかと、
むしろ目を光らせて、
相手の短所を探すように、相手の悪いところを見つけるようになる。
自己防衛だよ。
ただ、もし相手も、自分が悪いことをしている、
直さなくてはならないことをしていると自覚を持ちながら、
それでも、一発で、簡単に、
なかなか正しく生きられないことに苦しんでいるなら、
私たちは、そんな相手の傷口をさらに見つけて、
引きずり出して、咎めて、責め立てるより、
相手が立ち直ろうとしているのを、
ただただ信じてみるのも、どう?
相手の罪をわかっていて、その罪を咎めることはすぐにでもできる。
相手の罪をわかっていて、わかっていながらそれでも信じることは、
それなりの決断と覚悟がないとできない。
ある人が、立ち直る時に、
その力になるのが、「立ち上がれる」という希望と支えであり、
「ほらまたこうなった」という指摘ではない。
これは明らか。
これまで、相手の悪いところによって、傷つけられて、
そして、それを指摘し続けて、責め立て続けて、
咎め続けても、うまくいかなかったんだったら、
相手の罪をわかっていながら信じてみることをはじめてみてほしい。
それに必要なのは勇気と幸せな未来を信じ続ける想像力と、
そして何よりも重要なのが、「今この瞬間」を平和にすることを心から求めているかどうか。
平和をつくり出す人は幸いです。そういう人は神の子どもと呼ばれるからです。
マタイ5:9
委ねて。
感謝。
