お金を愛する心を捨て、いま与えられているもので満足しなさい。
ヘブル13:5
お金があると何でもできると思う人がいる。確かにお金は私たちの生活に必要不可欠なものであるし、お金がないと生きていけない。
だから、贈り物やギフト、寄付(これもまさにお金だけど、もらい方が特殊)でもない限り、基本的には、お金を持って何かを得ようとする。
トマトでもキャベツでも・・・必要なものはお金で。
お金を愛するとは、何も拝金主義のような極端なことを言っていない。お金が行動の基準になっているかどうかってこと。
毎日の生活で、お金が生活の中心にあると、何でもお金のことを気にし始める。
もっとお金が得られるか、とか、もっとお金を節約できるかとか・・・
やらなくてはいけないことをやるべきなのに、このお金の判断によっては、行動が180度変わる。
お金に引っ張られて、人生が知らず知らずのうちに変わっている。
もったいないからやめよう。お金もらえそうだからやろう。こんな心のささやきに導かれている。
お金を理由に職業を変えたり、お金を理由にやるべきことをやらなかったり、お金を理由に妥協したり・・・
この箇所では、「今与えられているものに満足しなさい。」と言っている。
特に上昇志向の人、負けず嫌いな人、競争好きな人は、随分と退屈に聞こえると思う。
まるで、今の状態のままに留まるような感覚になるから。
でも、安心して!留まるのは成長がストップするわけじゃない。
留まるのは中身を熟すため。
それが熟して、ものになる時を待つ。
青いトマトだからって、使い物にならないと捨てたら、そこで終わり。
いますぐにお金にならなくても、赤いトマトになるまで待つ。
そうしたら、それはいずれお金に変わる。
ステージが切り替わる時、神様は次のステージを必ず用意してくれる。
青いトマトのまま、放ったらかしにしたりはしない。
熟れたら、売り物になる。
実のないものに、価値はない。
でも、その判断を「お金」で判断して、勝手に早とちりしちゃいけない。
そんなことをし続けると、私たちは、なんでも急く、慌ただしい人生に変わっちゃう。
神様のタイミングがあるから。
私はそれを断言できる。というのも、この後に続く聖書箇所がまさにこれ。
(お金を愛する心を捨て、いま与えられているもので満足しなさい。)神はこう約束しておられます。「わたしはどんな場合にもあなたの期待にそむかず、あなたを見捨てない。」
これがまさに信仰。
だから、お金を愛さず、いま与えられているものに、留まる。
満足する。
その信仰を持ち続けられるなら、必ず赤いトマトになるから。
たとえ、自分が思っているやり方とは全く正反対の方法であったとしても。
【今日の持ってかえってほしい実践キリストフォローはこれ】
☆お金を基準に人生(時間)の使い道を変えないこと。
委ねて。
感謝。
