春分の日だったので、
行事ものが好きな私はぼたもちを買うことに決めていました。
地下食料品売り場をうろつくこと15分、どの和菓子屋さんの『ぼたもち』も美味しそうで、なかなか決まりません。どれもこれも食べたいのですが、ダイエット中につき、こし餡とつぶ餡をひとつずつ・・・が限界です。しかし、どれも食べたい・・・。
そこで主人に提案しました。「味比べをしてみない?」
こういう遊びを交えるのも一興というもの。すぐ賛成してもらいました。
さて、どこのにしよう?またまた迷いそうになりましたが鶴屋八幡のぼたもちがとても美味しそうだったので、ここは即決まりました。
《ぼたもち》
--鶴屋八幡 高島屋大阪店--
丸さ加減がなんとも可愛らしく、こし餡のきめの細かさ、小豆らしい色味など、とても惹かれました。
さて、味比べ、もう一店は悩みました。北新地のいなば播七もお彼岸とあって出店していました。たねやも美味しそうでした。そして最終的に目に留まったのは末富でした。他のぼたもちとは一線を画し、一番小さなサイズでこじんまりとして、とてもお上品に見えます。どんな味なんだろう?甘さは控えめなんだろうか?それとも小さいからしっかりと甘くしているのだろうか?興味をそそります。すると主人が『吉信もあるで。』と一石を投じて来ました。なるほど、鶴屋対決ですか。面白そう。
決まりました。
《おはぎ》
--鶴屋吉信 高島屋大阪店--
しかし、鶴屋吉信の前に行って、「あ、違うかも。」と一瞬気持ちが萎えてしまいました。なぜなら“おはぎ”と書いてあったからです。
この和菓子は、春夏秋冬、呼び名が変わります。年がら年中“おはぎ”と呼ばれるようになってしまったことに、以前からかなりの抵抗を感じていました。
春のお彼岸、夏のお盆、秋のお彼岸、冬のお正月、先祖供養の為にお供えとして庶民の間でも江戸時代の辺りから用いられて来ました。なぜ、お供えにこの和菓子が用いられて来たかと言うと、小豆の赤い色が邪気を祓うという信仰が古くからあった為です。
故にこの和菓子は仏教と深く結びつくのです。もともとの語源はサンスクリット語(仏教の経典の原語)の『ブタ・ムンチ』=‘柔らかい米’から来ているようです。そこから最初の呼び名はきっと【ぼたもち】であったと思われます。
そして風流人達が春の牡丹の花を和歌などに詠む時、牡丹の花と【ぼたもち】を掛けるようになり、さらに季節によって名前を呼び変えて風情を嗜むようになったのではないかと推測されます。
春は【ぼたもち】
夏は【夜船】
秋は【おはぎ】
冬は【北窓】
と呼ばれていました。
春は【ぼたもち】という音と牡丹の花を掛けて考えられるようになったので、
表記もいつの間にか【牡丹餅】とされるようになりました。
夏は【ぼたもち】の製法からそう呼ばれるようになりました。
“餅”と言っていますが、【ぼたもち】は本当のお餅のように杵でペッタンペッタンと搗いて作りません。すり鉢などにうるち米と餅米の両方を入れて半分くらいすり潰してお米の食感を残します。所謂『半殺し』という状態です。故に、お餅搗きのように余り音がしないので、搗いている音がしないことから『搗き知らず』と言い表され、夜間に着いた船は音もなくす~っと岸に寄せて来る人目を忍んだ船が多いことから『着き知らず』と面白可笑しく言われるようになり、夏の【ぼたもち】を【夜船】と呼ぶようになったそうです。夏の夕涼みに船を出し逢瀬を重ねた恋人達が人目を忍んで岸に帰ってくる風情を連想させます。
秋は春の【牡丹餅】と対をなして、秋に美しく咲く萩の小さな花が【ぼたもち】の粒餡の様子に似ていたことから【萩餅】と好んで呼ばれるようになり、宮中の女房達が用いる独特の“女房言葉”で【おはぎ】と言われるようになり、現代に至ると思われます。
冬は春の【牡丹餅】と秋の【萩餅】が対をなすことから、夏と対をなす可笑しさを加味し『搗き知らず』を『月知らず』と言い換え、東から上り西へ沈む月のことを北の窓は知る由もないという意味を含ませて【北窓】と呼ばれるようになったそうです。
初めてこの【ぼたもち】の呼び換えの話を聞いた時、このずんぐりとした田舎臭い見場がいきなり風情あるものとして目の中で映り変わりました。季節によって名を与えられるなんて、なんとも羨ましい話です。
それなのに、この日本らしい季節を楽しむ実に雅な趣向を、一番大事に伝承させて行かなければならない老舗の和菓子屋さんがおろそかにするとは、何たることでしょう!
そう思って、買うことを躊躇しました。
しかし、前から同じ鶴屋という冠を持っていると言うことは、鶴屋という大店から暖簾分けをしたお店同士なのかしら?と気になっていたのも確かです。これを機会に味比べしてみるのも棄てがたい面白みです。
迷いに迷ったあげく、買うときに「どうして【ぼたもち】と言い換えてないんですか?」とチクリと刺して気持ちを納めました。(意地悪?)店員さんは「本来そうなんですけどね。」と苦笑い。ご存じなのになぜ!?と詰め寄りたかったんですが、他にお客さんがいたので、本店のカウンターで職人さんとサシで話をしようと心に決め堪えました。
見た目の違いは鶴屋八幡の方がまん丸くて赤みが強く、鶴屋吉信の方が平たく艶があり、しっとりとした感じでした。
味は、お茶で口をさっぱりさせて舌全体で味わってみたり、そのまま両方を次々食べて甘さの違いを探ってみたり、香りを嗅いでみたり、色々考えつく方法でバトルを繰り広げてみたのですが・・・・・、全く判りませんでした。粗忽な味覚です。
鶴屋対決なんて意気込んでいたものの、見事粉砕されてしまいました。
あ、ちょっと、待って・・・。
ここまで同じ味ということは、やはり、暖簾分け?
そうなれば、もしかするとほとんど同じ味であるという事を利き分けた物凄い味覚を持っているという事に?
ドキドキしながら両店のサイトを見てみました。
鶴屋八幡の方は約300年前から大阪の高麗橋に店を構えていた『虎屋大和大掾藤原伊織』に初代[今中伊八]が奉公していたことに由来し、暖簾分けの際、初代の庭に鶴が巣を作った瑞祥と『虎屋~伊織』に材料を納めていた「八幡屋」への恩を記す意味で《鶴屋八幡》という屋号になったそうです。文久3年(1863年)創業。
そして鶴屋吉信の方は享和3年(1803年)創業。初代は[鶴屋伊兵衛]。
どうやら全く関係はなさそうです。
結局、私の味覚が足りないというオチに落ち着いたと言うことで・・・。
詳しくは当ブログのブックマークより各店のサイトへ飛んで下さい。
行事ものが好きな私はぼたもちを買うことに決めていました。
地下食料品売り場をうろつくこと15分、どの和菓子屋さんの『ぼたもち』も美味しそうで、なかなか決まりません。どれもこれも食べたいのですが、ダイエット中につき、こし餡とつぶ餡をひとつずつ・・・が限界です。しかし、どれも食べたい・・・。
そこで主人に提案しました。「味比べをしてみない?」
こういう遊びを交えるのも一興というもの。すぐ賛成してもらいました。
さて、どこのにしよう?またまた迷いそうになりましたが鶴屋八幡のぼたもちがとても美味しそうだったので、ここは即決まりました。
《ぼたもち》
--鶴屋八幡 高島屋大阪店--
丸さ加減がなんとも可愛らしく、こし餡のきめの細かさ、小豆らしい色味など、とても惹かれました。さて、味比べ、もう一店は悩みました。北新地のいなば播七もお彼岸とあって出店していました。たねやも美味しそうでした。そして最終的に目に留まったのは末富でした。他のぼたもちとは一線を画し、一番小さなサイズでこじんまりとして、とてもお上品に見えます。どんな味なんだろう?甘さは控えめなんだろうか?それとも小さいからしっかりと甘くしているのだろうか?興味をそそります。すると主人が『吉信もあるで。』と一石を投じて来ました。なるほど、鶴屋対決ですか。面白そう。
決まりました。
《おはぎ》
--鶴屋吉信 高島屋大阪店--
しかし、鶴屋吉信の前に行って、「あ、違うかも。」と一瞬気持ちが萎えてしまいました。なぜなら“おはぎ”と書いてあったからです。この和菓子は、春夏秋冬、呼び名が変わります。年がら年中“おはぎ”と呼ばれるようになってしまったことに、以前からかなりの抵抗を感じていました。
春のお彼岸、夏のお盆、秋のお彼岸、冬のお正月、先祖供養の為にお供えとして庶民の間でも江戸時代の辺りから用いられて来ました。なぜ、お供えにこの和菓子が用いられて来たかと言うと、小豆の赤い色が邪気を祓うという信仰が古くからあった為です。
故にこの和菓子は仏教と深く結びつくのです。もともとの語源はサンスクリット語(仏教の経典の原語)の『ブタ・ムンチ』=‘柔らかい米’から来ているようです。そこから最初の呼び名はきっと【ぼたもち】であったと思われます。
そして風流人達が春の牡丹の花を和歌などに詠む時、牡丹の花と【ぼたもち】を掛けるようになり、さらに季節によって名前を呼び変えて風情を嗜むようになったのではないかと推測されます。
春は【ぼたもち】
夏は【夜船】
秋は【おはぎ】
冬は【北窓】
と呼ばれていました。
春は【ぼたもち】という音と牡丹の花を掛けて考えられるようになったので、
表記もいつの間にか【牡丹餅】とされるようになりました。
夏は【ぼたもち】の製法からそう呼ばれるようになりました。
“餅”と言っていますが、【ぼたもち】は本当のお餅のように杵でペッタンペッタンと搗いて作りません。すり鉢などにうるち米と餅米の両方を入れて半分くらいすり潰してお米の食感を残します。所謂『半殺し』という状態です。故に、お餅搗きのように余り音がしないので、搗いている音がしないことから『搗き知らず』と言い表され、夜間に着いた船は音もなくす~っと岸に寄せて来る人目を忍んだ船が多いことから『着き知らず』と面白可笑しく言われるようになり、夏の【ぼたもち】を【夜船】と呼ぶようになったそうです。夏の夕涼みに船を出し逢瀬を重ねた恋人達が人目を忍んで岸に帰ってくる風情を連想させます。
秋は春の【牡丹餅】と対をなして、秋に美しく咲く萩の小さな花が【ぼたもち】の粒餡の様子に似ていたことから【萩餅】と好んで呼ばれるようになり、宮中の女房達が用いる独特の“女房言葉”で【おはぎ】と言われるようになり、現代に至ると思われます。
冬は春の【牡丹餅】と秋の【萩餅】が対をなすことから、夏と対をなす可笑しさを加味し『搗き知らず』を『月知らず』と言い換え、東から上り西へ沈む月のことを北の窓は知る由もないという意味を含ませて【北窓】と呼ばれるようになったそうです。
初めてこの【ぼたもち】の呼び換えの話を聞いた時、このずんぐりとした田舎臭い見場がいきなり風情あるものとして目の中で映り変わりました。季節によって名を与えられるなんて、なんとも羨ましい話です。
それなのに、この日本らしい季節を楽しむ実に雅な趣向を、一番大事に伝承させて行かなければならない老舗の和菓子屋さんがおろそかにするとは、何たることでしょう!
そう思って、買うことを躊躇しました。
しかし、前から同じ鶴屋という冠を持っていると言うことは、鶴屋という大店から暖簾分けをしたお店同士なのかしら?と気になっていたのも確かです。これを機会に味比べしてみるのも棄てがたい面白みです。
迷いに迷ったあげく、買うときに「どうして【ぼたもち】と言い換えてないんですか?」とチクリと刺して気持ちを納めました。(意地悪?)店員さんは「本来そうなんですけどね。」と苦笑い。ご存じなのになぜ!?と詰め寄りたかったんですが、他にお客さんがいたので、本店のカウンターで職人さんとサシで話をしようと心に決め堪えました。
見た目の違いは鶴屋八幡の方がまん丸くて赤みが強く、鶴屋吉信の方が平たく艶があり、しっとりとした感じでした。
味は、お茶で口をさっぱりさせて舌全体で味わってみたり、そのまま両方を次々食べて甘さの違いを探ってみたり、香りを嗅いでみたり、色々考えつく方法でバトルを繰り広げてみたのですが・・・・・、全く判りませんでした。粗忽な味覚です。
鶴屋対決なんて意気込んでいたものの、見事粉砕されてしまいました。
あ、ちょっと、待って・・・。
ここまで同じ味ということは、やはり、暖簾分け?
そうなれば、もしかするとほとんど同じ味であるという事を利き分けた物凄い味覚を持っているという事に?
ドキドキしながら両店のサイトを見てみました。
鶴屋八幡の方は約300年前から大阪の高麗橋に店を構えていた『虎屋大和大掾藤原伊織』に初代[今中伊八]が奉公していたことに由来し、暖簾分けの際、初代の庭に鶴が巣を作った瑞祥と『虎屋~伊織』に材料を納めていた「八幡屋」への恩を記す意味で《鶴屋八幡》という屋号になったそうです。文久3年(1863年)創業。
そして鶴屋吉信の方は享和3年(1803年)創業。初代は[鶴屋伊兵衛]。
どうやら全く関係はなさそうです。
結局、私の味覚が足りないというオチに落ち着いたと言うことで・・・。
詳しくは当ブログのブックマークより各店のサイトへ飛んで下さい。