私がイタリアへ留学していた頃にフィレンツェの語学学校で出会った、知的な輝きの眼差しが印象的な日本人の学生さん。彼女が手にしていたクリアファイルへ印刷された女性の肖像画も持ち主同様に孤高の美しさをたたえており、私は不躾にも「素敵なファイルですね」と声を掛けてしまったほどであった。

そのファイルからこちらを見ていた女性こそ、本展のヒロイン、イワン・クラムスコイ作『忘れえぬ女』である。
イタリアの地で7年前に出逢ってから今日まで私の胸をあやかしてきたのだから、やはり彼女は『忘れえぬ女』なのだ。
日本でもとても人気のあるという彼女は今回が8度目の来日とのこと。

この美術展では第一部に『ロマンチックな風景』と題して、北国の大自然を描いた実に魅力的な絵画を揃えている。
冒頭、ロシアの画家ミハイエル・ネースキロフの感慨深い言葉が掲示されていたので一部を紹介させていただきたい。

『自然は一体どれほどの響き、思想、想念を、どれほど深遠な古くからの夢を内包していることだろう。
自然が語ること、森が打ち明けてくれること、鳥が何を歌っているのかに耳をかたむけよう』

作品の魂以上に余計な事柄をアウトプットしようとはしない、清冽さを覚える心地良い感動。
神々しい水晶玉の中で繰り広げられる、人間とそれに呼応する自然の営みを俯瞰する様な陶酔感。

寒い季節の続くロシアにおいて、春は待ち遠しい希望の季節であり、ほころぶ喜びの一瞬をモチーフとする作品が多い一方、その大半を占める冬をテーマとしたものは意外と数少ない。
ただ、そこはやはり凍てつく冬将軍の治める国である。冬の景色の美しさは他国のそれと他の追随を許すものではない。
展示作品の中にヴィクトル・ワスネツォフ作の『雪娘』というものがある。老夫婦が孤独を紛らす為に作った雪人形に命が宿るが、春には溶けてしまうという民話を元にしたものなのだが、そうした奇跡が無きにしもあらずとさえ思えてしまう、奥深い北国の静謐で幻惑的な魅力がそこにはあるのだ。

ロシア革命という暗い帳に包まれながらも、毅然と存在した自然と人々の美しさは、忘れえぬものとして心に残るばかりである。

Bunkamura ザ・ミュージアムにて
2019年1月27日まで