旅の扉なんてないさ | 乾燥日記

旅の扉なんてないさ

勇者として仲間達とともに旅を続けて来たのだが、
この大陸を抜けるには、船か、旅の扉が必要だ。

船はこの大陸ではもう作られていないらしく、
春が来るまで、外の大陸からも船を来ないらしい。

こうやって安穏としている場合ではない。
今も魔王の侵略に苦しめられている人たちがいる。
俺たちは勇者一行なのだ。
一刻も早く、魔王を倒すんだ。

そのためには命だって惜しくない。
戦士はいつも言っている。
「俺の片腕を持っていけ、俺の内蔵を食らうがいい。
だがお前の命は俺が貰う。そして平和な世に、俺は名誉だけを残す。」
誇り高い戦士ならではの言葉だ。

僧侶も魔法使いも、想いは同じ。
俺たちは命をかけて、旅を続けている。

そしてある日、ようやく旅の扉を発見した。
洞窟の奥の水たまり。
池というのはあまりに小さく、聖なる雰囲気に包まれている。
ここに飛び込めば、一瞬のうちにあの海の向こうの大陸に移動できる。

しかし、ひとつだけ問題があった。


「く、くさいっ!なんなのこの匂い!!」
魔法使いが顔をしかめる。

「うぐっ!強烈ですね。
 どうやらこのあたりの魔物のトイレになっているようです。」
僧侶が冷静に分析した。

「俺、くさいの苦手なんだよなあ。」
意外に繊細な戦士がそう言った。

俺たちは勇者だ。
誇り高き王の勅命を受け、
苦しんでいる人々のために一刻も早く旅の扉に飛び込まねばならない。

パーティの皆は俺を見ている。
俺が率先して飛び込まねば、あいつらも動かない。
ここは一つ、覚悟を決めるべきだろう。

俺は泉の前に立ち、水面を眺める。
蠅が舞い、異臭が立ちこめる。
糞尿が濁った水中に沈んでいる。
俺は勇者だ。
異臭は気泡から発せられている。
糞尿が水中で醗酵し、バクテリアが活発に活動。
およそ、この世の中で最も汚らわしい生命の営みがそこにあった。
俺は、俺は、俺は何をやっているんだ。
俺は、誰だ。
俺は、


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桜が咲く季節。
遠くから汽船の音がする。
船は悠然と港に寄港する。

そう、俺たちは春を待った。
数ヶ月の間に、大陸ではたくさんの人たちが魔物に殺されたみたいだけど、
俺たちは、春を待った。

そのことは、歴史の闇に葬ろうと思う。
あの洞窟は魔法使いが爆発魔法で吹き飛ばした。
最初から旅の扉などなかったのだ。
うん。