(アルプス
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<りくりゅうペアのこと>
テレビの前で、世界の多くの人々が、それぞれの場面に、それぞれに感動し、思わず目頭を熱くしたことだろう。ミラノオリンピックが閉幕した。
私が一番感動したのは、やはり、りくりゅうペアのフリーの演技
。
ショートプログラム5位からの大逆転だとか、金メダルだとか、そういうことを超えて、フリーの演技が終わった瞬間、テレビの前で思わず拍手し「すごいっ!!」と叫んだ。演技そのものが本当に美しく、感動した。
ブルーノ・マルカットコーチ「(二人の演技について) 、物語を紡ぐようにその物語を生きている。本当に美しい。学べるものではありません」。
コーチが、「本当に美しい」「学んで学べるものではない」と言うのだから、ただ「すごい」としか言いようがない。一人一人の技量だけのことではない。ペアで紡ぎだした物語の世界のことだ。
以下は、余談ながら、 NHKスペシャル「りくりゅう二人の軌跡 ── 絆でつかんだ金メダル」から。
この取材は、二人を別々にして、りくとゆうに個々に取材し、あのフリーのドラマに迫っている。NHKもさすがである。今、これを書いているときも、帰国した二人に対して、民放が大騒ぎの取材合戦で、その行きつく先は二人の「関係」のことである。プライベイトなことはそっとしておきなさい。オリンピックと関係ないでしょう。
さて、NHKスペシャルの内容。
(ショートプログラムの演技中のことについて)、 木原龍一、三浦璃来ともに「ミスのあと頭の中が真っ白になって、ミスのあとどのように演技したか、何も覚えていない」。
(ショートプログラムが終わって)、木原龍一「 取り返しがつかないことになってしまったと思った」。
ブルーノ・マルカットコーチ「ペアのスケーターにとって、リフトの失敗はプライドを傷つけられるものです」。
以前、木原とペアを組んでいた高橋成美さん「木原さんは、基礎を固めて、本当に小さくだけど、確実に積み上げていくタイプなので……」。
一日おいて、 フリーの日の朝の貴重な練習の時間も、木原はミスを繰り返し、練習を中断せざるを得なかった。
(フリー開始の30分前) 、三浦璃来「『きょうはあなたのために滑るよ』と伝えた。結果を気にして滑ってほしくないと思った。結果とか、金メダルを取るためとかではない。常に支えていてもらったので、それがあったからこそ、次は私が支える番だと思った」。
(三浦の言葉に)、木原龍一「『よし。お互いのために滑ろう』と答えた」。
三浦璃来「彼が『お互いのために滑ろう』と答えてくれたから、もう大丈夫だと思った」。
(予想を超えた高得点で金メダルがわかったとき)、 三浦璃来「何よりも、ずっと悔し涙にくれていた木原選手の涙がうれし涙に変わってホッとした」。
番組では、7年前、まだ無名だった二人が初めてペアを組んだときのビデオが流された。そのとき、木原は「電流が流されたようだった」と言い、二人の様子を見守っていた日本のスケート連盟のコーチたちも、「この二人だ」と、驚きをもって直感した。唯一無二の、奇跡のようなペアの誕生だった。
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<モーグルの競技を見て>
日本の選手はモーグルでたくさんのメダルを獲得した。テレビ観戦していて私が思ったこと。
高所恐怖症の私には、あのように空中遥かに高く飛び、何度も体を回転させながら雪上に着地する競技は、見ているだけでそらおそろしい。これから彼らはどこまで進化していくのだろう?!!。もうすでに人類を超えている。
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<「揺れる思い」── スポーツライター・小宮良之氏>
スマホでオリンピックニュースを見ていて、ふと一つの記事に心が動かされた。この文章を書いたのはどういう人だろう。署名があるかな?? 。小宮良之というスポーツライターだった。ヨーロッパで活躍するサッカー選手に関する著書もあるようだ。小宮良之」で検索すると、このオリンピックで注目された選手の活躍を書いた記事のタイトルが並んでいた。読んだ覚えのある記事が多い。
特に私が注目した記事は、「高木美帆が吐露した『揺れる思い』 ── 大会を彩った『敗れざる者』たちの物語」。
記事は、女子シングルのショートプログラムで大きなミスをして、既にメダル争いから脱落したアメリカのアンバー・グレンのことからはじまる。
「翌々日のフリーはトリプルアクセルを成功させただけでなく、鬼気迫るような演技で観客を熱狂させた」。そして、リーダーズチェア (フリーの暫定1位が座る) に座ると、「今度は後続選手に声援や拍手を送り続けた。カザフスタンの選手の好演に、立ち上がって、観客に『もっと拍手を!!』と求めた場面は印象的だった」。「メダリストを心から祝福する一方、4位と惜しくもその座を逃した千葉百音をそっと抱きしめた」。
そして、小宮氏は、「そこに渦巻く感情は、ひとつではない」と、さりげなくアンバー・グレン選手のこのようなふるまいの奥にある心を慮っている。
そして、高木美帆選手に話題は移る。
「一方、スピードスケートの高木美帆のメダリスト会見は、気高く、知的で、気持ちを揺さぶられた」。「(高木は)3つの銅メダルを勝ち取ってメダルを通算10個としたが、思い入れのあった1500mではメダルに届かず、揺れる思いを口にしていた」。
「『昨日のレース(1500m)が終わってから、メダルに対する思いだったり、オリンピックに対する思いだったり、時間が経つたび、変化していて……。(3つの)メダルを誇りに思う気持ちもあれば、最後1500mを思いどおりの滑りで終えられず、オリンピック自体の思い出が "負けてしまった" で締めくくる感じになったのは、前回の北京と真逆の流れで、いろいろな感情が出てくるのを昨日から繰り返しています」。「(メールで友人たちから)言葉をたくさんいただいて、素直にうれしく思う自分がいて。ただ違う瞬間、結果として取りたかったという思いが出てくる。揺れる感情のなかで時間を過ごしています』。
メダルとメダルでない狭間を、これだけ言語化できる競技者が何人いるだろうか。うれしい、悔しいと、人生をかけた戦いを簡略化できるはずはない。揺れ動く気持ちがあって、それがにじみ出る時、感涙を誘うのだろう」。
このあと、小宮良之氏の文章はさらに、男子フィギュアースケートのイリア・マリニンにも触れる。「絶対金メダルを義務付けられながら、信じられない大崩れでメダルを逃すことになった。しかし、奈落の底に落ちた彼は、金メダルに感情が追いつかないミハイル・シャイドロフ(カザフスタン)を真っ先に祝福していた」。「その生きる姿勢が大きな共感を呼んだ」。
日本人選手の中で、紙一重のところで金メダルに届かず悔しい思いをしたのは、今季で引退する坂本花織選手だったろう。彼女のふるまいは天真爛漫に見えて、抑制がありエレガンスだった。試合の後も明るくふるまい、金メダリストにも敬意を払っていたが、インタヴューのとき「今夜は思いっきり泣きたい」と言っていた。
銅メダルが取れて驚いていた4年前の自分と比べて、今回は銀メダルなのに悔しいと思っている。それだけこの4年間、努力して自分が成長したからだろう。
これも、揺れる思いの中から絞り出された言葉であるに違いない。
(イタリア、ローマの街角)
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<選手に対してリスペクトを>
読売新聞の社説「ミラノ五輪閉幕 ── 混迷の時代にたたえ合う尊さ」に、「今大会もSNS上では、選手を誹謗中傷する投稿が深刻だった」とある。ネットの五輪の報道を見ていると、カーリングのフォルティウスへの攻撃がひどいと報じられていた。
国内で血のにじむような努力を重ね、やっと強敵を倒して出場したオリンピックなのに、思うようにいかず負けが重なっていった。その苦しさは想像を絶するが、帰国後にさらにバッシングされたら可哀そうすぎる。今は苦しいだろうが、立ち直ってほしい。
「選手たちは、想像を超える努力を重ねて表舞台にたどり着いている。心ない言葉を浴びせられる理由など、どこにもない」(読売社説)![]()
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<失格になったウクライナの選手の思い>
旅行に出かけても、テレビでオリンピックを観戦していても、常に、一点の黒い雲が心の奥にかかっている。ウクライナの都市にミサイルが撃ち込まれ、多くの無人機が飛来してマンションを爆破し、真冬に電力が断たれ、一方的な殺戮が行われている。その最中に、今回の平和の祭典は開催された。
ウクライナはロシアの属国であるべきなのか、或いは、ロシアの一地方であるべきなのか、(台湾は中華人民共和国の一地方なのか)、今はそういう歴史的経緯の詮索はしない。そもそも歴史的伝承は、人それぞれにある。しかし、少なくとも、プーチンの卑劣・残虐な、これ見よがしの暴力が許されてよいわけはないし、ウクライナ人(や台湾人)の意思が全く無視されて良いはずがない。
スケルトン男子のウクライナ代表選手が、この戦争で亡くなったアスリートたちの写真をつけたヘルメットを着用して試合に臨もうとし、失格とされた。
彼は、これは政治的アピールではない、亡くなったアスリートへの哀悼の心であると主張したが、受け容れられなかった。
理において、そのヘルメットはダメだとするのはわかる。しかし、情においては、この選手と心を同じくする。
プーチンが含み笑いしているだろう。力こそが正義だと。
ウクライナは一方的に攻撃されながら、既に4年もふんばり続けている。これでいいのか?? いいはずがない。
世界は厚い雲に覆われて、心は晴れない。
(イタリア、アッシジの廻廊)


