喜多龍by.ikuoyuki.芸能活動のブログサイト -2ページ目

喜多龍by.ikuoyuki.芸能活動のブログサイト

「喜多龍by.ikuoyuki」本名・結城郁夫ことイック(IKKU)のブログサイトです。芸歴45年です。どうぞよろしくお願いします。

大学職員時代・玉川大学通信生編【その3】です。3年目は、必須2科目の他「小学校教育実習4単位(1ヶ月間)」を残すのみになった時のことです。実習校をどこにするかということで、謡曲・仕舞の師匠、そして小学校1・2年生時代の恩師阿部先生に相談したのでした。「結城君…いま、母校の川前小学校はどうなのかなあ?…もう、結城君の知ってる先生方はいないでしょうけれども…出身校で教育実習をすると、教える子どもたちは、自分の後輩たちを育てる気持ちが働いて、実習しやすいと思うんだけどね…」と、諭(さと)してくださったのでした。早速、5月中旬頃でしたが、母校の校長先生に、実習の相談に伺ったのでした。すると…当時の母校の校長先生は、我が父親の小学校時代〔現在の青葉区大倉(定義西方寺の手前の大倉ダム建設前のダムの底に高田地区出身)〕の後輩に当たる関先生だったのです。縁は、つながっているということを実感したのでした。「結城君のお父さんには、幼少の時からお世話になってね!…うちの親父も教員やってたから…よくうちに遊びに来てたんだよ!…遊びもだったけど…勉強教わったりもしたなあ…」などと、自分の親父の面倒見の良さを、言ってくださる先生でした。(私)「実は、今年、私のこの母校で教育実習をさせていただきたくて、ご相談に伺ったのですが…実習させていただきますでしょうか?…」と、単刀直入にご相談してみたところ…(関先生)「すぐというわけには行きませんが、今年度中には検討したいと思いますので、少し待ってもらえますか?…」とのことでした。そうしているうちに、1ヶ月ほど過ぎてのこと…「年明けの1月中旬から、2月中旬までの1ヶ月間なら実習をお受けできます。…」とのことでした。本当にありがたく思った次第です。…この実習も、決して無駄にしないことを心にきざんだのでした。…それから、というもの大学職員として仕事をしていた自分から、小学校教員になるという気持ちにシフトチェンジすることを心に決めたのでした。でも、実習準備期間ぎりぎりまでの間は、大学職員の仕事をしっかりと勤め上げようとも思ったのでした。…実習準備期間は、実習前の約1ヶ月ということにして、大学での仕事は、その年の11月までとさせていただいたのでした。大学恩師の荒木先生にも事情をお話したところ…「いよいよ、小学校実習の段階になりましたか…この大学を去ってしまうことは、残念だけど…結城君、必ず教員として、教壇に立ってくださいね!…応援してますよ!…」と励ましてくださったのです。…あっという間に夏がすぎ、10月が過ぎてしまいました。大学職員の2年8ヶ月のことを振り返ると…母校の大学の大きな転換期に際して、私は担当させていただいた思いでした。…それは、大学図書館のコンピュータ検索の導入にあたって、蔵書5万冊のデータ入力を後輩たちと分担して手掛けることができたということです。当時は、今のグーグルのようなシステムはなく、校内のスーパーコンピュータにデータを入力して、書名や十進分類法の番号をもとに、目的の文書を探し当てるという方法を取ったのです。現在もそのデータは、大学図書館の専門図書検索の中心となり、全国の大学ともネットワークでつながり、このデータの双方向検索のシステムとなっています。…その事業の3年計画のほとんどを担当させていただき、ちょうど区切りのいい時期でもありました。
 …11月30日〔大学図書館職員の方々からの、ささやかな送別会(その日の昼食の時間を少し延ばしてくださって)を開いてくださいました。…)が、やって来てしまいました。…思い出話に華が咲きました…夏休みに入ってすぐの、私が玉川集中スクーリングの前に完了する蔵書点検のことなどでした。夏の閉架式書庫は、熱気ムンムンで、エアコンはなく、窓を開けて外気が吹き抜けるのですが…外の熱気がそのまま書庫の中を流れるといった感じだったのです。汗ふきタオルを肩にかけながら、分類番号と書名、登録番号を読み上げる係と現物の書物がその棚にあるかどうかを確認する係の2名1グループで担当するのです。…ランダムに日替わりで組んで、その日を担当するのですが、シャッフルしてすべてのメンバーと組んだので、思い出深い年中行事でした。大島先生からは、『結城さんと組んだ時は、はかどったからね…指差し確認のようにして「はいOK!…」と返事の声も大きかったし、「現物なし!」と教えてくれたりしたっけね!…』などと語ってくださいました。…送別会の最後に、私から玉川大学での集中スクーリングの閉講式で歌った「栄光あれ!」を歌って感謝の気持ちをお伝えしました。『栄光あれ、雨なるみ神に、地には平和、人には恵みあれ、人には恵みあれ…』と…数々の思い出が浮かび上がり、歌いながら涙😢がこぼれましたが、歌い手は常に感情は大切にしながらも、その曲を歌い上げることに集中することが大切で、泣いて止まったり、音程を乱してはならない…という教えを守りながら歌い通したのでした。…
 さて、年も明けて、1月中旬から2月中旬までの母校川前小学校での教育実習が始まりました。そこでの実践(実習)について、5点挙げることができると思います。①高橋先生のクラスに付きながらも、特殊学級の実習も行ったこと。これは、私にとって後々、特殊教育(特別支援教育)を手掛けるもとになり、普通教育と特別支援教育の関連性を常に意識できる経験となりました。②実習期間中には、様々な校外研修〔川崎町の本砂金小学校や碁石小学校などの僻地教育の実際等、少人数学級や複式授業(例えば、5・6年といった学年を跨ぐ授業法の工夫など)の出張に当たる経験もさせていただきました。これも、少人数学級の授業の進め方として後々、とても役に立ちました。③授業参観の日に担当の先生が急に休まれ、当日の朝から4校時目の算数の授業を担当して、授業参観を提供してくださいというものでした。…これは、実際に教員になると、現場では、よくあることなので、私は快く受け入れました。この日の5年生の算数の内容は「展開図」についての授業でした。高橋先生からは、授業参観の時には、保護者が自分の子どもの発表を見たいと思っているので、できるだけ多くの子どもたちに手を挙げさせて答えさせるといいですよ。…とのアドバイスを受けて、問題の内容をできるだけわかりやすく、かみ砕いて、子どもたち全員に振り分けられるようにしました。また、展開図は、大きな模造紙に実際の長さを拡大した具体物を、黒板上で展開できるように、見やすく考えやすくしました。…その甲斐もあって、後ろで見ている親御さんたちの目も意識しながらも、全員の子どもに答えさせて授業を進めることができたので、どの親御さんも子どもたちも笑顔が見られ、大成功の授業でした。アドバイスをいただいた高橋先生に感謝した次第です。④これも、実習の番外編とも言えますが…PTAの会合に参加させていただいたり、その晩のPTAの飲み会にも参加させていただいたりしたのでした。…実習生としては、番外編なのですが…親とのかかわりを広げる取り組みとして、今も大切にしています。…カラオケや即興の出し物など、交流の輪を広げることができました。⑤1ヶ月の実習を通して、本来の教育実習よりも授業実践だけでなく、ありとあらゆる家庭教育との連携や保護者さんたちとのかかわりを大切にしながら、この小学校教育課程を親御さんの協力をいただきながら、大切に扱っていくことを学びました。また、特殊学級の実習もさせていただくなど…これは、母校の実習ならではの経験だったと思います。あれこれと、あっという間に、1ヶ月の実習が終了してしまいました。4週間の中に、凝縮された経験が、今の私の不屈の精神を形作っていることは、間違いありません。…次回は、玉川大学生編【その4】です。お楽しみに!…