瓜破天神社 平野区瓜破5丁目4−19

 

祭神は、素戔嗚命、菅原道真、平維盛である。
元文元年(1736年)に書かれた「船戸録」によると、大化年中(645-650)に、

丹比(たじひ)郡の人で日本法相宗の祖 

船氏道昭が三密の教法観念のとき、天神の像が現れた。
道昭は朝廷に上申したところ方八丁の宮地を賜り、社殿を造営し像を祀り、

西の宮又方八丁の宮と称したのが当社の起源とされている。

 


その後、慶長年中(1596-1615)に北の宮と称した牛頭天王社を合祀した。

寛永年間(1624-1643)に耕作の都合で集団移住し西川村(旧西瓜破)を形成し、

そこに氏神として祀った天満宮(祭神 菅原道真 創立鎮座年月不詳)、

さらに東北部に東の宮と称した小松大明神(祭神 平維盛)があった。

 

 

この社は、壽永年間(1182-1183)平重盛に大恩を受けた源氏の武将

 湯浅七郎兵衛宗光が、京都守護職として赴く際、当地で重盛の嫡子、

維盛が熊野浦で入水したと聞いたため、追悼慰霊し神領五十歩を

寄進して宮居を建てたのが起源とされている。

 


その後、天和年間(1681-1683)当地本郷地、村民の熱意によって現在の地に

勧請され氏神(小松神社)となった。