裕子は正面玄関の前で立ち止り、大きく深呼吸した。テラスレストランに入ると、、裕子に手をあげて合図する女がいた。数年ぶりに見る京子だった。ゆるくウェーブのかかった栗毛色の髪がシャネルのツイードのジャケットの肩にかかっている。少しふっくらとして妻としての落着きと貫禄があった。裕子は気おくれがして立ちすくんだ。ボーイに案内され裕子は、テーブルまでゆっくりと進む。

「ご無沙汰しております」深々と頭を下げる裕子に

「どうぞ」京子は、手招きで席を勧めた。

「先に、オーダーしましょうね。主人はここのローストビーフがお気に入りだけど、私はシチューのほうが好きよ、あなたはどうなさる?」

 裕子は動揺を押し隠しさりげなく同意した。

「同じものを」

「私と同じでいいのね。じゃあ、ビーフシチューを二つコースで」

 手慣れた様子でボーイにオーダーした。

「下の子のお受験も一段落したし、気晴らしに買い物に出たのだけど、一人で食事もなんだから、主人を誘おうかと思ったのだけれど、東京にいないらしし、そこで、あなたを思い出したってわけ。ご迷惑だったかしら?」

「とんでもありません。久しぶりにお目にかかれて嬉しいです」

 食事の間、同僚の近況など、たわいもない話が続いた。いつ晴彦との話が持ち出されるかと、裕子はシチューを味合う余裕もなかった。

 何度も腕時計を見る裕子に、

「コーヒーぐらい飲む時間があるでしょう?ところで裕子ちゃんはいくつになったの?」

「三十半ばを過ぎました」

「もうそろそろ結婚したら。待っているだけじゃ、白馬の王子はやってこないわよ」

 京子は、コーヒーカップに目を落とし、ゆっくりと顔を上げた。

「本当はね、結婚前、田中には好きな人がいたようだったけど、私が強引に結婚まで持ち込んだのよ。好かれるように努力もしたわ」

 ときおり笑顔を見せる京子だが、目は笑っていなかった。

「子供は可愛いわよ。だから、あなたも早く結婚相手見つけなさい。主人にどなたか紹介するように言っておくわね」

 ボーイにカードを渡し、チェックを済ませて京子は席を立った。残された裕子はしばらく放心状態で身動きができなかった。京子は全て知っているに違いない、どっと疲れが出た。裕子は、お濠を泳いでいる二羽のスワンを目で追った。

ブルブルとバッグの中から音がして我に返った。裕子は慌ててバッグを開け、携帯を取り出し耳に当てると、和彦の声がした。

「電話くれた?」

「お忙しいところすみません。ちょっと、ご相談があったのですが」

「何?急ぐの?明日本社に行くけど」

「では、明日。お帰りをお待ちしています」

 真美との約束を思い出し、お土産のスィーツを求めにティールームに向かった。