晴彦とテラスレストランでブランチを共にして帰宅をすると、留守電のランプが点滅していた。再生ボタンを押すと母の誠子からだった。

「裕子ちゃん、元気?この夏は家に帰らないの?」

 少し緊張気味の話し方は、留守電になれないせいかもしれない。ここのところ仕事も忙しく、晴彦とのことがあってから帰省もままならず電話すらかけていなかった。

 裕子は実家の番号をプッシュする。

「裕子ちゃん?」懐かしい母の声がした。

「元気?今年は桜も見に来ねし、夏休みも取れねのだが?したにに忙しい?お父さんも待ってるし、たまには電話ぐらいしてたんせ」

「異動になってから忙しいもので。御免してたんせ」

「結婚もせねで、仕事ばっかりで。お父さんも心配してるんし」

「はいはい。元気にしてるから心配しないでね。ところでお母さん、山本社長のこと知っているの。お母さんの様子聞いていたわよ」

「あっ、いいえ。又電話してたんせ」そうそうに電話を切ってしまった。

 母の姉である伯母と山本社長の姉、晴彦の母とが女学校の同窓とは聞いていたが、母からの説明はなかったのは、長電話の嫌いな父がそばにいたのかもしれない。

 

 五月のゴールデンウィークは桜の花が満開の頃で、欠かさず帰省していた。実家からほど近い角館の武家屋敷のしだれ桜は全国的に有名だが、観光客に埋め尽くされゆっくりと見物もできない。江戸時代秋田藩主佐竹公が、京都から輿入れした姫君のために取り寄せたという桜が、時を経ても見事に咲き続けている。黒塀が薄いピンク色のしだれ桜を一層映えさせている。

 品のいい美しさであるけれど、裕子には桧木内河原の桜並木のほうが好きだ。雪に埋もれ厳しい冬に耐え忍んだ分、桜の花はあざやかな緋色に一気に咲く。その下で繰り広げられる宴は、子供の頃からの楽しみであった。母の手作りのお重は勿論のこと、周りに軒を並べる屋台の店も楽しみのひとつだ。

 昨年まで欠かすことなく帰省して訪れていたのだが、秘書室に異動になってからは休みも思うようにならない。まして晴彦と付き合うようになってからは、東京から離れられなかった。