フロントでキーを受け取ると、エレベーターホールに向かい地階のボタンを押した。
「やっぱり日本食だな。鮨でもつまもうよ」
カウンター席に案内されると、晴彦はようやく裕子の手を離した。裕子は汗ばんだ手を出された熱いオシボリでそっと拭いた。晴彦は生ビールを裕子には冷酒を、かつおのたたきと鱧の梅肉和えを肴に頼んだ。
セント・アンドリュースのタイガーウッズの活躍ぶりを、晴彦は手振り身振りを交えて話し始めた。裕子はすでに衛星中継で見たと言い出しかねてだまって聞きながら、目を輝かせ話す晴彦を少年のようだと思った。
「ゴルフはね。そもそも紳士のスポーツなんだよ。スコアはルールに沿って自己申告制だからね。誰に勝つというより自分との戦いだね」
晴彦は一気にビールグラスを空けた。
「例えばOB杭の近くにボールがいったとして、誰も見てなければ、どうする?」
いたずらっぽい目つきで、裕子の顔を覗き込む。
「ちょっと動かしたくなるだよ。一打違ってくるからね。そんな誘惑にも負けず最後までプレーをし、正確にスコアを申告しなくてはならないんだよ」
さらに晴彦の話は熱をおび、ビールは瞬く間に空になる。裕子は瓶ビールに代わった晴彦にお酌をしながら、ただただ頷いていた。
「ゴルフはね、小枝一つ傷つけることなく自然と共存してプレーする。マナー教育として子供に普及させたいね。さすがセント・アンドリュースは子供のゴルフが盛んだからね。日本はスコアを縮めるゲームみたいなもので本質から離れていっていると思うよ。お陰でより飛ばしたいと新しいクラブが売れて、わが社は安泰なのだけれど」
晴彦の話もビールも尽きることなく、鮨をいくつかつまんでトップラウンジに席を移動した。晴彦はスコッチの水割りに裕子はロングドリンクに代わり、日付が変わった頃ようやく沈黙が訪れた。裕子の潤んだ目が合図のように二人は立ち上がった。
翌朝裕子はレースのカーテン越しの日差しで目が覚めた。ミルク色の絹のキャミソールとショーツにオープンハートのネックレスを身につけていた。傍らに和彦が横たわっている。今まで泊まらずに帰宅していた裕子だが、昨夜は飲みすぎでトップラウンジ以降の記憶がなかった。
そっと身体を起こすと晴彦の手が伸び引き寄せられた。裕子の胸に頭をうずめ晴彦は又寝てしまった。晴彦の髪をなでていたが、いつの間にか一緒に眠っていた。隣に誰かいるという生活は、つい先日まで裕子には考えられないことだった。密かに憧れていた晴彦が傍らにいる。冷房の効いた部屋の中での晴彦の温もりは心地良かった。現実なのか夢なのか、夢ならば覚めないことを祈りながら晴彦に寄り添った。