翌年、京子は希望通り六本木の貸しビルにある広報室に移動になった。ゴルフブーム到来で名物プレスとなり雑誌などで度々取り上げられていた。忙しさもあって二人は顔を合わす機会はほとんどなかった。裕子も丸の内にある本社総務部に異動になったが、接客には向いていなかったのでほっとしていた。


 営業部も六本木にあり、晴彦は月に数回、本社に会議やオーナー社長の山本に報告に来ていた。その度に総務に顔を出し、裕子に声をかける。
「ゴルフ練習している?初ランドの約束覚えている?」

 売り場にいたころ、数回デパートの屋上にある練習場に通ったが、もともと運動神経がない裕子は、ラウンドどころか基本のスイングさえ身に付かない。クラブセットを晴彦から手配してもらった手前、練習をしていないことを言い出しにくく、その度に裕子はあいまいに笑った。

 

 社長の姉の息子である晴彦は、いずれ役員になり社長になるだろうと周りでは噂していたが、社長の身内と言う立場に甘んじることなく晴彦は製品の開発に企画にと力を発揮していた。

 京子の活躍も目覚しく、三十歳前に主任、そして係長にと順調に昇進し、社内初の女性課長の呼び声が高かったが、突然自己都合の退職願が出された。年号が平成に変わりバブルがはじけ始めたころの三月、退職の手続きに京子が総務部に姿を現し二人は数年振りに顔を合わせた。

 コムサ・デ・モードの黒のスーツの京子は、華やかな笑顔とプアゾンの濃厚な香りを振りまいていて裕子に近づいてきた。

「お久し振りね。裕子ちゃんお変わりなかった?私、結婚することになったの。あなたも出席してね」

 手渡された白い厚みのある封筒を裏返すと、京子の苗字、鴨下と並んで山田と書いてあった。裕子は恐る恐る京子の顔を見ると、

「そうよ。私山田課長と、いえ今度部長ね。結婚することになったの。あなたにも是非出席してほしいの。絶対来てね」

 裕子がお祝いの言葉を述べる間もなく、京子は総務部長席に挨拶に行ってしまった。

封筒の中から金色の縁取りの挨拶状を取り出し広げると、六月、芝プリンスホテル、レストランの文字が目に飛び込んできた。

 

 晴彦と京子の結婚式の日は、梅雨のはしりで小雨が降っていた。裕子は黒の半袖のワンピースに真珠のネックレス、鈴蘭のコサージュを合わせた。出席者は胸元の開いたドレスやカラフルな装いで、裕子は少し気後れがした。

 しかも立食のパーティーは苦手で自分の居所を確保するのに苦労する。窓際に立ってボンヤリと外の庭を眺めていると新郎新婦の入場となりパーティーが始まった。

 肩を出した細身のウェデングドレスにカサブランカのブーケの京子と白のタキシード姿の晴彦は、どちらも上背があるので華やかでお似合いのカップルと褒め称えられた。新婦手作りの小ぶりのケーキに入刀の後、二人は挨拶をしながら各テーブルをまわる。晴彦の腕に手を預けた京子は誇らしげだ。裕子を見つけると京子は記念撮影に誘う。京子の同僚たちと写した写真には、華やかさの後ろにそっと立つ寂しげな表情の裕子がいた。彼女はそのとき初めて晴彦への思いに気づき喪失感を味わった。

 

 帰りがけ同期の理恵が声をかけてきた。並んで地下鉄の駅に向かいながら京子のことを話し始めた。

「鴨下さんは、乗換えがうまいって皆言っているわ。表向きは結婚してから同じ職場で働くのは気まずいので、彼女が身を引いて山田部長を支えるって美談になっているけど。バブルはじけてゴルフブームが去って、彼女の出番がなくなってきたので仕事に飽きてきたのよ。課長の席だってどうだかって、酔って言っていたことがあったわ。今度は社長夫人の席狙いだって噂している」

 理恵の話は他の同僚に移り駅に着くまで際限なく続いたが、どれも裕子の耳 通りすぎた。

 

 翌年の正月から京子の写真つきの年賀状が届く。結婚式の写真に始まり長男が生まれ二年後には長女と家族が増えて、幸せそうな笑顔で溢れていた。裕子は子育てに忙しい京子とは益々疎遠になっていった。

 裕子の同期の女子社員は、結婚か転職かですでに退社していた。転機を迎えることなく、世話になっている十条の伯母の家と会社との往復にあけくれていた。入社してからの数年間は、同期会や合コンなどに誘われはしたが、酒に強い裕子は酔って介抱される機会や酒による間違いなど起きず、恋愛の対象外とだんだん敬遠されてしまった。

 心配した伯母からいくつか縁談を薦められたが、裕子の心を動かすほどではなかった。彼女自身気が付いてはいなかったが、いつも心の奥底で縁談相手と晴彦とを比較していた。その内諦めたのか伯母は縁談の話もしなくなり、裕子は煩らしさから解放されてほっとしていた。しかし、いつまでも伯母の家の厄介になるのもどうかと思い、実家の両親の許可を得て伯母の家からあまり遠くない板橋のマンションに移った。(つづく)