今日は「触れる」という動の祈りのことを
リュウジュセラピストとしての視点で
書いてみます。
祈りというと、スピリチュアリズムな
連想もあるかと思いますが、ごくシンプルに
人が人であるためにみんな持っているもの、
そんな風に捉えています。
リュウジュを使って人に触れるとき
リュウジュセラピーや爽快法としてお客様に
触れるときに、大切にしていることが
あります。
それは、その人の中にある
「祈り」が温まるように、ということ。
リュウジュで触れると
リュウジュセラピー、リュウジュ爽快法
そのものによって、
負担となっている滞り、体内静電気を除去して
その人の本来の身体の巡りを
取り戻してゆきます。
そして
身体の祈りは心の祈り。
身体が「健やかに巡りたい」「触れてほしい」
「この隅々まで気持ちよく在りたい」という
願い、祈りを秘めているならば、それは
心が「愛されたい」という祈りを
持っているということなんです。
それは、あなたが存在していることそのものが
宇宙の、神様の、両親やご先祖さまの、
周りの人たちの、自分自身の…
「祈り」の結晶だから、それを喜びたい
ということです。楽しみたいということです。
味わいたい、ということです。
満たされていないわけではなく
愛されていないわけでもなく
赤ちゃんが抱っこされてただ嬉しいように
生きていれば人として当たり前に
みんなにある感覚だと思います。
その人の中にある「祈り」が触れることに
よって、そっと温まるとき、
同時にこちらの中にある祈りも温まっています。
触れることは「愛したい」を感じられる。
触れられることは「愛されたい」を
感じることができます。
とてもシンプルです。
だから、リュウジュはきっかけでも
あります。「触れる」という相互を
温めてくれる祈りを思い出し、感じるための。
リュウジュを使って触れることで
身体と心の余分な電気負担をさっと
軽減してくれるため、心地いい状態が
取り戻しやすいんですね。
心地いいのはみんな、大好きです。
触れ合うことで感じた心地よさからまた、
新たなその人の「祈り」がたくさん
生まれてゆきます。
リュウジュはそんな、あったかい祈りの巡りも
広げてくれるものだと実感しています。
リュウジュ公式ホームページは
その日から誰かにもリラックスを分かち合える
リュウジュ爽快法は、
どなたにもおススメです(^-^)