なんかウダウダ考えてて閃いた。


私は自分が幸せであることを

譲れない。

絶対に諦められないし手放せない。


「死ぬ気で生きる」というフレーズだって


死んだように生きる気も

死んだ気になって生きる気も

死ぬよりはと苦難に堪えるのも

私には無理。

泥水を啜って生きることはしない。

綺麗な水で生き早く死ぬことを選ぶ。


それが私の「死ぬ気で生きる」。


これ多分マイノリティ。

みんな「死なないように生きる」から

それが当然でそれが共通認識だから

私はとても理解されにくく

傍目には余裕があるように見えるらしい。


もっと「がんばってる感」や

「必死さ」や「泥臭さ」があれば

助けてもらえるのかなと思うけど、

私は幸せであることを譲れないから

「生きるために」泥臭く必死にがんばる

ってことは出来ないんだなと閃いた。


あ、

「友達と家で遊びたいから

徹夜で部屋片付ける」は出来るよ爆笑

私が楽しい嬉しい幸せと感じることに

直結してれば、がんばれる。


「ただ生きるため」は無理。

「幸せを維持するために幸せを削る」

みたいなのも無理。


私はいつだって幸せでいたいの。