近くの私立の某学園で、他の成績は学年のトップクラスなのに、英語だけ30点以下をとり続ける中学1年生に、「英語を勉強しなさい」と、言ったら、「なんで英語を勉強しないといけんのか、意味わからんし」と、きわめて反抗的な態度で真顔で言われた。いまどき、こんな生徒がいるんだね。びっくりしたがなwww世間では中学生では遅いから、小学校5年生、6年生で英会話が必修になり、大阪市ではそれでは遅いということで、小学校1年生からと噂に聞いている。現にあんたの幼稚園の妹もすでに英会話教室に通っているがね。まさかの返答に大いにたじろいだ。予期せぬ答えが返ってきたからだ。まさか、「入試に必要だから」とか、「ほかの成績がいいのに英語の得点が悪いから、平均点が下がってるがね」と言うのも専門家の端くれとしては大いに気が引けるから「将来、外国に行くときに必要だろう」と、言ってやったら、「外国には絶対に行きません」「なるほど、今は行かないと思ってるけれど、将来どうなるかわからんがね」「絶対に行きません」頑固な奴だwwwついに専門家としての禁じ手、「大学入試も、高校入試も英語が必要だ...ぜ」「それなら、大学も高校もいきません」ますます、悪い方向に行ってるwww
「これからは、英語は絶対必要だから、やってといて、損はなかろうが」「英語なんか生活で必要ありません。日本語で充分です」と、のたまうwww話は完全に平行線・・・わが身の説得力のなさを痛感だ。確かに相手の言うことにも、一理あるからな。英会話を勉強しても将来外国に行くともわからんしね。英会話は必要になれば、その時に勉強すればいいのである。何も好き好んで、今から準備することもなかろう。人間、必要でないことをせねばならないのは苦痛でしかない。あかん、こちらが説得されている。当家の長男が、某国立大学の先生方の通訳として、アメリカに行ったとき、私も随行したのであるが「さぞかし、英会話は小さいころから叩き込まれたのしょうね」「?、いいえ、こちらに来てから、勉強しただけで、もちろん、英会話教室もまったく行ってません」「wwwww」英会話は必要になればその時にしても充分である。現地に行って現地人となんとか意思の疎通をはかろうとすれば自然にみに付くものである。幼稚園児に英会話は特殊な家庭は除いて不要だと思うのですがね。あかん、ますます、説得されてきたwwww

この生徒は去年まで全く勉強せずに野原を駆け回っていた生徒だから、自分の決定には大いに自信を持ってる。某学園中学を受験するにあたって、たしか去年の10月ごろ入塾したように記憶している。それまでは、一切勉強せず、自転車で走り回っていたから、正直、机に座ってじっとしていられるか心配したもんだ。しかし、こいう子供は自分で決めて行動するから伸びるのである。あんのじょう、3校受験して3校とも合格した。自分の判断と決断が正しいと信じているから、説得は無理かね。説得は無理でもなんとか英語を勉強させないと「商売あがったりでんがな」ウーン、かくなる上は英語の必要性を肌で感じてもらう以外に方法はあるまい。ということで、塾講師は生徒の前では、英語を話すことに決定wwww幸い、みんな英語の素養が少しばかりあるので。そして生徒には半分は英語で話しかけることにした。英語ばかりでは、いきなりみんな無口になりよる。素人の英会話ではいかんやろうというこで、大阪大学外国学部の帰国子女(なんで男も子女なん?)TOEIC 930点だから、かなりいけるでせう、で、そく採用・・・これで、英語の必要性を肌で感じてもらうことにした。幸い講師が全員協力してくれることになった。英会話は中学生程度で充分こなせる。耳で慣れたらいける。ということで、さっそく現在実験中www小学生がいきなり食いついてきたな。英語に興味を持つようになってきたがな。まぁ、そのうちの一人は「先生、英語で黙れはなんていうん」ときたから、「"Shut your mouth!"」と、教えたら、吾輩が英語で話しかけたら、ことごとく「"Shut your mouth!"」と返しよる。これは教えないほうがよかった。いま、噂の彼が、先ほどから、英語の質問に塾長室兼事務室兼研究室に何回も来ている。しまいに、教室と往復するのが面倒なようで、ここに居座って何と英語を勉強し続けている。どうやら作戦大成功のようである。英語で話しかけたら「今、なんていうたん」と必ず聞いてくる。少しは英語に興味を持ったようである。シメシメ。極めつけは、先生同志の会話で生徒の話題をすることである。英語はわからんがどうも自分のことを話しているようだ」くらいはわかる。で、この年頃は自分の評判を異常に気にするから、必ず、「しつこいぐらいに」今、なんていうたんと聞いてくる。その時に、英語の構文とかを説明したら、一石二鳥だ。最近の高校入試も英会話文も増えているし、中学英語だからちょうどいい勉強になるはずである。こんなに作戦が成功するとは思わなかった。「英語を勉強せえ、せえ」と言わんでも自分でしとるでwwwだから、いつまでも、子供はわけがわからん生物だね。そんなに変わるのは政治家だけにしてくれたまえ。
今日は日曜日であるが、くだんの中学1年生とその兄の2年生がテスト前対策で塾で勉強していた。いつもは午後9:30まであるが、雨が降ってきたので、早めに終わった。
帰る間際に「Take care of yourself.」 と、言ってやったら、さっそく喰らいついてきた。「今、何いうたん」「お気を付けて」「返事はどういうたらいいん」「Thank you」と教えたら、何回も何回も復唱しながら、雨の中を兄弟二人で帰っていった。

2014年10月18日 ·
原稿を書いていたら、聞きなれない言葉がテレビから聞こえてきました。10チャンネル情報ライブ・ミヤネ屋(平成25年4月10日午後放映)で「夫源病」という言葉です。で、さっそくネットで調べてみました。
「夫源病」とは「夫の言葉や行動に対する不平や不満がストレスになり、妻の身体に更年期のような症状がでてしまう病気」だそうです。「コミュニケーション不足と役割分担がうまくいっていないことが問題、家庭の主婦がおこす病名として、大阪大学大学院医学系研究科の准教授である石倉文信先生が名付けました」だそうです。新しいこの「夫源病」に対して、昔、母原病(ぼげんびょう)という言葉があったことを思い出しました。
最近は、母原病(ぼげんびょう)という言葉を聞かなくなりましたね。おそらく、若い人は聞いたこともないかもしれません。...
母原病とは、日本の精神科医久徳重盛が1979年に発表した精神病の概念で、「児童の身体的あるいは精神的な病気の多くは、母親の子供への接し方に原因がある」とするものです。これを主張した書籍は日本でベストセラーになり、日本の大衆に一定の影響を与えました。Wikipedia最終更新 2013年3月21日 (木) 04:02■19790701 
精神科医・久徳 重盛 によると、「ぜんそくや胃潰瘍の子、熱を出しやすい子などの症状と、家庭内暴力ややる気のない子などの症状とは、表面的に見た現象は随分異なります。しかし病根は同じなのです。いずれも親の育て方の誤りに原因があって、子どもの心身形成・人間形成にひずみができ、その結果、子どもたちに病気や異常が現れたものです。育児の中心的役割を果たすのはやはり母親なので「母親が原因の病気」という意味で、私たちは「母原病」といっています。」■久徳 重盛 19790701 『母原病――母親が原因でふえる子どもの異常』,教育研究社より。
一時はこの言葉がずいぶん流行りました。不登校や引きこもりも母親の養育態度によるものとされ、多くの母親が「自分が悪いのだ」と自責の念に駆りたてられました。
しかし、果たして本当にそうでしょうか。凶悪な罪を犯した子どもの母親の子育てはそれほど変わっていたのでしょうか。父親には責任がなかったのでしょうか。はたして母親をそこまで追い込んだ社会には責任はありませんか。母親にすべての責任を押し付けるのは無理がありますね。「子育ては母親の仕事」とされていた時代に、たまたま問題を起こした子どもの母親だけを見て、男性の立場からそれを判じたのではないか、という批判が出てきて当然です。
しかし、親(母親)の甘やかしや過保護・過干渉が子どもに悪い影響を与えているのも事実です。過保護・過干渉で育てられた子どもは自分で生きようとする力、伸びようとする力=成長する意欲を失ってしまいます。もちろん、学業の向上も期待できません。なぜって?学業のみならず、我々の行動はすべて、自己判断による自己決定だからです。
心理学者ウィリアム・ジェームズは、「自尊感情」とは自己概念に対する自己評価の感情であり、自尊心=成功/願望という定式化によって自尊心は分母となる願望の水準と成功の水準によって規定されると論じました。この定式は一般に大きな成功を収めていたとしても、願望がより大きければ自尊心の水準が低くなることを表しています。成功体験による自己肯定ですね。
自尊心はうぬぼれのような自己愛や、自分中心のわがまま(自己中)とは違います。欠点や弱点のある自己。そのありのままの自分自身を価値のある存在としてとらえる肯定的な感情です。「欠点や弱点のある自分が自分であって大丈夫」未熟さや劣等感などのマイナス要素を含めて、自分自身をありのままに受け入れることができる自己愛です。一般に自尊感情が高い子どもは、自分自身に対してばかりでなく、他者に対しても寛容になれ、社会での集団行動にもうまく適応できる傾向にあります。
なぜなら、欠点や弱点のある自分を愛することが出来る人は同じような弱点や欠点持つ他人にも寛容になれるからです。
自分を愛せない人は他人を愛することはできません。たとえ人から否定的なことを言われても、少しくらい馬鹿にされても、弱い自分を曝け出さなくてはいけない場面があっても、自尊心が高ければ、人は大きく揺らぐことはありません。

自尊感情はどのようにして形成される?

「三つ子の魂100まで」という言葉があります。3歳ぐらいまでの幼少期の環境が大きく影響します。「親としっかり結び付き、甘えられる」ことにより得られる安心感や情緒が、その後の自立や成長に向けての重要な土台になっていくからです。昔は母乳で育てることが推奨されましたが、実は母親との肌の直接的な接触=「スキンシップ」が子どもに精神的な安定を与えていたのです。自分を丸ごと受け入れる親の養育態度=「無条件の受容」が、自尊感情を育んでいく上で欠かせません。3歳くらいまでにいちばん大切なことは、子どもに安心感を与え、「自分はこの世の中に、生まれてきてよかったのだ、周りは自分を大切にしてくれるのだ」という基本的信頼感、自己肯定感を育むことなのです
小学校に入ってからは、比較、競争、評価などが入ってくるだけに、高学年になるほど自尊感情が低下する傾向にあると言えるでしょう。日本の子どもは、国際的に見ても自尊感情が低いと言われています。
思春期に入る中学校は、失敗と成功を繰り返しながら、子どもから大人へと人格が成長する「第2の誕生」という大切な時期を迎えます。成績の良い子でも、自尊感情は必ずしも高くないと言います。これは自己評価が成績による他人との比較でしかなされているところに問題があるのかも知れません。
物質的に豊かな時代に育った最近の子どもたちは、特に少子化で欲求を阻害される機会が少なすぎます。昔のように、小芋をたらいで洗うような小さいころからの人間同士のぶつかり合いが無くなったことや、親が先回りをして何でもしてあげるという結果、自分で問題解決のための訓練が少なくなっているのではないでしょうか。
失敗と成功などの体験の中から、自分自身の価値を見い出しすことでの自我の確立がしにくくなってきているように思います。
障壁は大きいほどそれを成し遂げた喜びは大きくなります。最初から障壁がないか、少ない社会では自尊感情は育ちにくくなってきていることは否めないでしょう。
「人は積極的に意欲的にさまざまな経験を積み重ね、自分自身に満足感を持つことによって、自己に対しても他者に対しても受容的でありうる。」のです。
育鵬義塾では「子どもたちが小さな成功体験を積み重ね、達成感を高めていく」ように配慮した指導を心掛けています。
★ウィリアム・ジェームズ(1842年1月11日ニューヨーク生、1910年没)ハーバード大学教授・医学博士・アメリカ心理学会に大きな足跡を残した。