









長谷寺の門前の小高い丘の上に、白髭神社があります。
白髭神社からは、長谷寺の境内が一望できます。
また白髭神社境内には、霊符神社が祀られています。
初瀬川沿いの丘の上、長い石段を登って、長谷山口坐神社を訪れました。
写真1-白髭神社鳥居
写真2- 〃 拝殿
写真3-白髭神社から長谷寺を望む
写真4-霊符神社
写真5-長谷山口坐神社参道橋
写真6-元伊勢伝承地碑(境内に建てられている)
写真7-長谷山口坐神社拝殿
写真8- 〃 本殿
写真9- 〃 狛犬
写真10- 〃 〃
(5月12日撮影)
白髭神社
祭神 猿田毘古命、天宇豆賣命。由緒 天平勝宝乙丑年(749)11月15日鎮座。此の神様は寺垣外、上之森、下之森、与喜浦の4区域の氏神様であり常に氏子を見守って居られます。御祭神の由緒に依り縁結び子宝の神として崇められています。(由緒書きにて)
霊符神社
祭神 国底立尊。由緒 天地開闢と共に国土を造り成せれた神様であります。世間では方位造形の神として崇められて居り、新築開店等全ての事始めの時には御札をいただく習わしですので霊符神社と名付けられています。(由緒書きにて)
長谷山口坐神社
当神社は長谷山の鎮の神として太古より大山袛の神を祭神としている。第十一代垂仁天皇の御代倭姫の命を御杖としてこの地域の「磯城嚴橿の本」に約八ヶ年天照大神をおまつりになった時、随神としてこの地に天手力雄の神、北の山の中腹に豊秋津姫の神をまつる二社を鎮座せられた。長谷寺縁起やその他の古文によると、この地方は三神の里、川は神河、この附近の淵は神河浦と書かれている。第四十五代聖武天皇の天平2年(730)大和大税帳には、長谷山口神社の名が見られる延喜式内社である。近世になり明治42年初瀬平田にあった豊受神社の豊受姫の神を合祀されている。当神社は由緒は深く五穀豊穣、商売繁昌の神としてうやまわれ国や家々の安泰と繁栄を祈願し氏子里人の守り神としてあまねく人々の敬い奉るところである。(由緒記より)