12-- 「指輪のない指」 2308字
まるで小さな枯れ木が妊娠して寝ているみたいである。
手も、足も、顔も、目さえも枯れ木のように痩せているが、お腹だけは大きな大きな、風船のようにパンパン腫れて、今にも破裂しそうである。
白い厚手のタオル地みたいなガウンを着て両手を胸に当てて、病院のベッドに仰向けに寝ている。
まだ生きている、もうすぐ死ぬなあと、二つのことを同時に思いながら彼女の手にそっと触った。
蚊の鳴くような声で、かすれかすれにゆっくり、弱々しくしゃべる。「タム、サンキュー」と、言っていることが何とか聞き取れる。
先月81歳になるアルビラが入院した時は、もうこれが最後だと誰もが思っていた。
3年前に発見された白血病が日増しに悪化してガン細胞が身体中に広がり、お腹が腫れて、入退院を繰り返していた。
副作用を恐れてキモトロフィーはとらなかったが、もう最後の手段と、キモトロフィーをとった。
キモトロフィーをとりだしてから、急に悪くなった。 食事が喉を通らない、歩けない。
とうとう病院に入れられた。
医者は後2ヶ月の命と宣告された。
痩せてガリガリになり、もちろん口からは食事もできなく、栄養剤をうたれた。
近くに住む身内や、友達、遠くはフロリダ、アラスカにおる身内がここカリフォニア・モントレーのキングシティの病院に見舞いに来た。
身内の人が毎晩二人ずつ交代で見守った。
私も嫁はんも何回も見舞いに行った。
私達は彼女には言葉で言い尽くせないほど世話になった。
いわば、彼女は私達の恩人である。
8年前に山の砂漠と呼ばれるこのブラッドレーに引っ越してきたものの、仕事なんかあるはずがない。
私は南は車で4時間ほどのロスや北は3時間ほどのサンフランシスコへ行ってモーテルや、お客さんの家で泊りこみで、茶室や障子を作って、収入を得ていた。
英語がまともに話せない嫁はんに仕事はなかなか探せない。
2年ほど経ってから思いついたのが「ハウスクリーニング」の仕事だった。
ハウスクリーニングの仕事なら、片言の英語でいける、こんな山の中にでもある。
ハウスクリーニングという仕事を思いつくまでに2年もかかった。
彼女に、嫁はんのハウスクリーニングの仕事を世話して欲しいと頼んだ。
彼女のやり方が普通の人とは違う。
彼女は「はじめに、私のハウスクリーニングをしてください」と言って、自分の家のハウスクリーンをさせて嫁はんの仕事振りを観察した。
結果は合格だった。
瞬く間に村の5家族のハウスクリーニングの仕事を探してくれた。
賃金の交渉も、全部彼女が交渉してくれた。
顔の広い人で世話ずきな人だ。
彼女のこの世話好きは病院のベッドで死にかかっていても発揮された。
アラスカから見舞いに来てくれたグレン(再婚の旦那の息子40歳)は幾晩も彼女の病室で世話をした。
彼は数年前に離婚して12歳の娘を男手で育てている。
その娘も連れてきた。
男手で育てられた、そのかわいい娘を見たら、ますます、グレンに嫁がいるなあと思ったらしい。
「もう私は死ぬ覚悟はできているけど、身体が、ついて来ない」、「片足は棺桶に足を突っ込んでいるの」とグレンに蚊の鳴くような小さな声でこぼしていたそうだ。
そんな彼女が、夜中に何回も検診に来る白人の別嬪の看護師の指を見てから、ある行動を起こした。
およそ40歳前後の看護師さんの指に指輪がないのを見つけたのである。
これが生きている内に口から出る最後の声と思えるような、全身全力を振り絞って、彼女に「結婚していないのですか」と聞いたらしい。
彼女は飛びあがらんばかりに驚いて、「ハイ、離婚して、今は1人です」と彼女も声もならない声で答えたという。
棺桶に片足を突っ込んだ、しかも医者には後2ヶ月の命といわれた人が、である。
グレンの嫁にしてやりたい。
骸骨みたいに痩せた体で、ベットにの上で、2人を近つける方法を考えた。
死に掛けた枯れ木のような老婦人がプロレスのレスラーみたいな大きな体格の男の嫁探しを病院のベッドの中で寝ながらやっている姿、感動的な絵のようである。
彼女にある考えが浮かんだ。
ベッドの上の彼女を動かす時は看護師さんは重たいからシーツごと引っ張って動かす。
これが慣れた看護師さんでも大変のようである。
これだ、この時にグレンを呼んで一緒に手伝わせながら、蚊の鳴くような声で彼女にグレンを紹介した。
別嬪の彼女にグレンはすぐに惚れこんだ。
どちらも離婚暦があり、急速に2人はすぐに仲良くなった。
アルビラはシーツに乗った自分を二人に引っ張らせながら、いや、二人に棺桶を担いでもらっている気持で、二人を結んだのだ。
スーパーウーマンとしか言いようがない。
もし私が彼女のように、もう後、2ヶ月の命だと宣告されたら、自分が死んだ後の家族の心配や友達との別れの寂しさを考えるのに頭の中はいっぱいに違いない。
なのに彼女は看護師の指に指輪がないのを見つけて、グレンと結びつける仲人役をやってしまった。
人の癖は死ぬまで、直らんといわれるが、彼女の世話好きという習慣は死にかけてからも蘇えったのだろうか。
それとも息子を思う気持が彼女を蘇らせたのだろうか、私にはわからない。
二人はアラスカとカリフォニアを遠距離電話で交際を始めた。それから不思議な事がアルビラに起った。
結びつきにつられるようにして、彼女に奇跡が起こった。キモトロフィーを辞めた途端に元気が出てきた。
歩けるようになった。
病院の廊下を歩行練習もしだした。
食欲も旺盛になってきた。
もうこれで終わりかといわれた彼女はたったの2週間の入院で元気になり、退院し、二人の若い恋いのカップルまで誕生させた。
今彼女は家で、料理、洗濯をしながら2人の指に指輪が輝くのを待っている。
12-- 「指輪のない指」 2308字
まるで小さな枯れ木が妊娠して寝ているみたいである。
手も、足も、顔も、目さえも枯れ木のように痩せているが、お腹だけは大きな大きな、風船のようにパンパン腫れて、今にも破裂しそうである。
白い厚手のタオル地みたいなガウンを着て両手を胸に当てて、病院のベッドに仰向けに寝ている。
まだ生きている、もうすぐ死ぬなあと、二つのことを同時に思いながら彼女の手にそっと触った。
蚊の鳴くような声で、かすれかすれにゆっくり、弱々しくしゃべる。「タム、サンキュー」と、言っていることが何とか聞き取れる。
先月81歳になるアルビラが入院した時は、もうこれが最後だと誰もが思っていた。
3年前に発見された白血病が日増しに悪化してガン細胞が身体中に広がり、お腹が腫れて、入退院を繰り返していた。
副作用を恐れてキモトロフィーはとらなかったが、もう最後の手段と、キモトロフィーをとった。
キモトロフィーをとりだしてから、急に悪くなった。 食事が喉を通らない、歩けない。
とうとう病院に入れられた。
医者は後2ヶ月の命と宣告された。
痩せてガリガリになり、もちろん口からは食事もできなく、栄養剤をうたれた。
近くに住む身内や、友達、遠くはフロリダ、アラスカにおる身内がここカリフォニア・モントレーのキングシティの病院に見舞いに来た。
身内の人が毎晩二人ずつ交代で見守った。
私も嫁はんも何回も見舞いに行った。
私達は彼女には言葉で言い尽くせないほど世話になった。
いわば、彼女は私達の恩人である。
8年前に山の砂漠と呼ばれるこのブラッドレーに引っ越してきたものの、仕事なんかあるはずがない。
私は南は車で4時間ほどのロスや北は3時間ほどのサンフランシスコへ行ってモーテルや、お客さんの家で泊りこみで、茶室や障子を作って、収入を得ていた。
英語がまともに話せない嫁はんに仕事はなかなか探せない。
2年ほど経ってから思いついたのが「ハウスクリーニング」の仕事だった。
ハウスクリーニングの仕事なら、片言の英語でいける、こんな山の中にでもある。
ハウスクリーニングという仕事を思いつくまでに2年もかかった。
彼女に、嫁はんのハウスクリーニングの仕事を世話して欲しいと頼んだ。
彼女のやり方が普通の人とは違う。
彼女は「はじめに、私のハウスクリーニングをしてください」と言って、自分の家のハウスクリーンをさせて嫁はんの仕事振りを観察した。
結果は合格だった。
瞬く間に村の5家族のハウスクリーニングの仕事を探してくれた。
賃金の交渉も、全部彼女が交渉してくれた。
顔の広い人で世話ずきな人だ。
彼女のこの世話好きは病院のベッドで死にかかっていても発揮された。
アラスカから見舞いに来てくれたグレン(再婚の旦那の息子40歳)は幾晩も彼女の病室で世話をした。
彼は数年前に離婚して12歳の娘を男手で育てている。
その娘も連れてきた。
男手で育てられた、そのかわいい娘を見たら、ますます、グレンに嫁がいるなあと思ったらしい。
「もう私は死ぬ覚悟はできているけど、身体が、ついて来ない」、「片足は棺桶に足を突っ込んでいるの」とグレンに蚊の鳴くような小さな声でこぼしていたそうだ。
そんな彼女が、夜中に何回も検診に来る白人の別嬪の看護師の指を見てから、ある行動を起こした。
およそ40歳前後の看護師さんの指に指輪がないのを見つけたのである。
これが生きている内に口から出る最後の声と思えるような、全身全力を振り絞って、彼女に「結婚していないのですか」と聞いたらしい。
彼女は飛びあがらんばかりに驚いて、「ハイ、離婚して、今は1人です」と彼女も声もならない声で答えたという。
棺桶に片足を突っ込んだ、しかも医者には後2ヶ月の命といわれた人が、である。
グレンの嫁にしてやりたい。
骸骨みたいに痩せた体で、ベットにの上で、2人を近つける方法を考えた。
死に掛けた枯れ木のような老婦人がプロレスのレスラーみたいな大きな体格の男の嫁探しを病院のベッドの中で寝ながらやっている姿、感動的な絵のようである。
彼女にある考えが浮かんだ。
ベッドの上の彼女を動かす時は看護師さんは重たいからシーツごと引っ張って動かす。
これが慣れた看護師さんでも大変のようである。
これだ、この時にグレンを呼んで一緒に手伝わせながら、蚊の鳴くような声で彼女にグレンを紹介した。
別嬪の彼女にグレンはすぐに惚れこんだ。
どちらも離婚暦があり、急速に2人はすぐに仲良くなった。
アルビラはシーツに乗った自分を二人に引っ張らせながら、いや、二人に棺桶を担いでもらっている気持で、二人を結んだのだ。
スーパーウーマンとしか言いようがない。
もし私が彼女のように、もう後、2ヶ月の命だと宣告されたら、自分が死んだ後の家族の心配や友達との別れの寂しさを考えるのに頭の中はいっぱいに違いない。
なのに彼女は看護師の指に指輪がないのを見つけて、グレンと結びつける仲人役をやってしまった。
人の癖は死ぬまで、直らんといわれるが、彼女の世話好きという習慣は死にかけてからも蘇えったのだろうか。
それとも息子を思う気持が彼女を蘇らせたのだろうか、私にはわからない。
二人はアラスカとカリフォニアを遠距離電話で交際を始めた。それから不思議な事がアルビラに起った。
結びつきにつられるようにして、彼女に奇跡が起こった。キモトロフィーを辞めた途端に元気が出てきた。
歩けるようになった。
病院の廊下を歩行練習もしだした。
食欲も旺盛になってきた。
もうこれで終わりかといわれた彼女はたったの2週間の入院で元気になり、退院し、二人の若い恋いのカップルまで誕生させた。
今彼女は家で、料理、洗濯をしながら2人の指に指輪が輝くのを待っている。