星屑と紙くずの行方

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「T・E・ロレンス」

1888.8.16-1935.5.19
46歳の若さで亡くなったトーマス・エドワード・ロレンスは実在の英国人である。

複雑な家庭に産まれた彼はオスマン帝国に対するアラブ人の反乱を支援した人物で、映画「アラビアのロレンス」の主人公として知られる。

世界が彼を欲したのか、彼が新しい世界を求めたのか、そのどちらなのかはわからないが時代に翻弄されながら結果的に新しい世界を切り開いた人物で。

イスラム世界とそれ以外の世界を繋いだ人といっても過言ではない。

異国の白い肌、蒼眼、ブロンドの彼はその風貌からしてアラブ世界では異端である。

だが、母国である英国でも彼は異端中の異端であった。

彼が乾いた大地に捧げた渇いた心のすべては、少しずつアラブの民を揺さぶることとなる。

オスマン帝国(トルコ)の支配下に置かれていたアラブの民に自由と解放を掲げ部族間の争いの中に立ち、砂漠の民の間で同じ目的のもと協力をとりつける。

しかしそれはトルコの利益を英国の利益にしようとする政府の思惑があった。

英国軍部に所属しながらアラブの解放の先頭に立ち戦い続ける。

アラブの王族からも厚い信頼を得たロレンスはイギリスやフランスからアラブの財産を守り、真の意味での「イスラム世界の世界への窓口」としての独立のために立ち回ることとなる。

活躍の中で葛藤し、飢え、渇き、次第にそのカリスマ性が彼を蝕み始める。

彼はアラブを想うがアラブ人はアッラーを想う。
その彼の苦しさは世界に対する「壮大な片想い」の物語なのかもしれない。

僕は想う。「彼はただ、愛してもらいたかっただけかもしれない。」と。

アラブから、世界から、そして人から。

産まれた意味を探し続けた46年の歳月は今なお、語り継がれる偉大な実績と誰もなしえなかったことへの賛辞と中傷に溢れている。

漫画では彼の青年期から死没までを時代の流れの中で奔走した彼の生きざまを余すことなく描いている。

ロレンスが求めていたのは「安息の地」だったのかもしれない。

モラルに反すること、自分勝手な主張を続ける周囲、差別にも近い侮蔑、神に背く自分の生きざま、耐え難いほどの屈辱と凌辱、そして愛しい者との別れ。

その中で安寧を探し、平穏を探し、自由を求め続けた。

望まぬ名声が心の安らぎを奪いながらも求められたものに応じずにはいられない。

次第に病んでいく心と二枚舌三枚舌の自分に辟易しながら死に場所を探すようにさすらう。

世界とは無慈悲で、たった一人の力ではどうなるものでもない。

人との関わり合いは希望と絶望の連続で全てをまっすぐに受け止めていたらとてもじゃないがまともに立っていることすらできない。

でも抗い続け、もがき続けた彼の一生は一貫して不思議な美しさに溢れている。

それはまさしく「命の輝き」なのかもしれない。

数日前、Mと行った貸本屋で見つけ、ずっと読んでみたいと思っていたのを借りて帰った。

「この本が借りられたのを見るのは7~8年か、それ以上ぶり」とは店長の弁。

連載していたのは1985年~1988年、作者は神坂智子。

作者は「シルクロード・シリーズ」「蒼のマハラジャ」などの作がある少女漫画の中ではかなりの古参漫画家である。

中でも「シルクロード・シリーズ」は以前Mに貸してもらって読んだ。
(たしか高校生くらいのとき)

救いようのない悲しさのオムニバス作品群で、神々たちの孤独と愛、絶望とひとかけらの希望を過去や現在、未来にまで渡って描かれた一大叙事詩である。

彼女の作品は人の内面に蠢く醜さと生きる美しさ、やすらぎを求め続ける普遍の命題が根底に流れているためか、今でも絵こそ多少の旧さは感じるところがあるが内容がいつ読んでも斬新である。

10年以上前に「あれが読みたくなったから貸してくれ」と言うと「けっこう前に売った」と言われた。

以来、ずっと探している作品である。

貸本屋でも店長に聞いてみたのだが、「あった気がするが所在は不明」とのこと。

店にゴマンと積んである本も圧巻だが、所蔵はその倍から3倍はあるらしい。

結局借りた本は「T・E・ロレンス」全7巻と店長オススメの最近の作品を5冊。

12冊1週間で400円ちょっとと、逆に申し訳ないくらいの安価である。

店長オススメもかなりおもしろかったが、まだ続巻中でお試しで借りてみたのでレビューは残りを読んでからだろうか。

世界が自分を求めなくとも、生を求め続けたロレンスの生き様はどこの世界にもある。

例えば僕ひとりが死んだとて、無関心に地球は廻り続け、皆仕事に追われる毎日だ。

それは僕に限ったことじゃないし、僕自身の世界に終わりの音は聞こえてないが、明日は誰にもわからない。

それでも。

彼の恋い焦がれていた世界に対しロレンスはいつも真摯であった。

複雑すぎる社会においても人は仕事や恋や家庭やそういう「自分の目に見える、手の届く」ものを大切にしようという気持ちは何千年前から変わらないものだ。

ただ、人は流動的なもので不変ではない。

掌に掬った砂漠の砂が指の隙間からこぼれるように、気づけば大切なものは地に落ち、見ているのは自分の掌であることに気づかされる。

誰かを想った感覚はいつの間にか自分の欲に取ってかわられていることなど、ざらにある。

それでも僕らは人のためにその熱量を以て尽力しなければならない。

少なくともロレンスはそう生きた、と僕は思う。

そういう気持ちは日々忘れずにいたい。

「ありがとう」と投げられる自分であるために。
「ありがとう」と言われる自分であるために。

また1週間がはじまる。

m(__)m