「1と9の謎?」第7話(激動の昭和の終わり)
館 長】「しかし、25歳と若くして皇位につかれ
2度の世界大戦を経験しご苦労も大変なもんじゃったんじゃ。
わしらの世代にとって昭和天皇は一言では言えない、
同じ時代を生き抜いてきた特別な存在じゃった。
物も食べ物もない時代、心のよりどころでもあったんじゃよ。」
「そして、昭和63年9月19日、血を吐いて倒れ、入院。
病床でついに沖縄巡幸だけは果たすことができず
「もうだめか」と沖縄にいけないことを悔んでおられたんじゃ。
その時の気持ちを歌にして読んでおられる。
『思わざる病となりぬ 沖縄をたづね果たさむ つとめありし』
これを聞いた沖縄県民は天皇の沖縄を思われる気持ちに
びっくりし感動したそうじゃよ。
そして、翌64年1月7日午前6時35分87歳(歴代最長)で亡くなられた。
まさに『激動の昭和』が終わった瞬間じゃった。」
けんたろう】「そして僕らが生まれた『平成』が始まるんだね。」
館 長】「さっき、天皇の戦争の倫理、道徳的責任が残っていると
言ってたけれど、昭和63年の12月、昭和天皇が入院している時じゃが、
長崎の本島市長が『天皇の戦争責任はあると思う』と議会で発言し
全国に波紋を呼んだ。
市長に届けられた7323通の手紙が届き、
市長を支持する内容はその約7割にものぼったんじゃ。
あの悲惨な戦争に対する責任追及を天皇に向けていた国民が
けっこうあったことがわかる。」
れいこ】「やっぱり私のお父さんの言ってたとおりだわ!」
館 長】「しかし、実は昭和天皇は責任を見事に果たしているのじゃよ」
れいこ】「ええ!ほんとに!どういうことですか?」
次回~☆
「命を捨てて決意した終戦の決断とは?」