5
「名前は?」
ベットの上で無気力に横たわる彼女の声は意外と部屋に響いた。
「なみ。」
「歳は?」
「17」
俺の2つ下だ。
彼女を見ているとまるで機械のように骨組みが露出して人間じゃないような感じがする。
(出身は?学校は行かないでいいのか?親は?)
と聞きたくなる衝動を抑えておかないと彼女の、なみの機械の一部が壊れてしまいそうだ。
一旦部屋を出て下に下りる。母が怪訝な顔で俺を見る。
「耕輔、女の子を連れ込むなとはいわないけどあの子はなんか・・・・すごく不思議な・・・・よくわからないけどお母さん怖いわ。」
母の言いたいことがすごくわかる。俺もそうだから。
「大丈夫だよ。彼女はどこにでもいる普通の女の子だよ。」
母を安心させるためか自分に言い聞かすためか、口からでまかせをいう。きっと普通ではない。
「そーぉ?」
俺は冷蔵庫に入っているハーゲンダッツを取り出して部屋に戻った。
「なみ。いる?」
俺はリッチミルクを、なみのいるベットにグリーンティを投げて彼女の顔をかすめた。
「ミックスジュースはないの?」
なみはちょっとだけグリーンティの方を見ていった。
「ミックスジュース?ないよ。買いにいく?」
「買ってきて」
「わかった。」
俺はチャリンコに乗り、近くのコンビニへと急ぐ。昔猫を拾ってきて一生懸命に育てようとした時と似ている感じがした。
ちょっと楽しんでいる俺がいて、かなり不安な俺もいる。でもそれこそペットを飼うときと同じだ。
余計なものは目もくれずミックスジュースだけを買ってまた家に戻る。母は相変わらず表情が暗い。
部屋に戻ると、なみは寸分動かずにそのままの形で待っていた。
「ミックスジュース。買ってきたけど。」
唯一動く口から言葉が漏れる。
「飲ませて」
子猫にミルクを与えないと死んでしまう。
「起き上がらないと飲めないし。ちょっとだけ起きて。」
なみは従順に従う。俺が飲ませてる間、なみは手を動かそうともしない。でもそのことにはふれない。
飲み終えた子猫に「おいしい?」と聞くと「うん」と返事が返ってくる。ささいなことが俺を喜ばせた。
そんな俺にタイミング悪くなみが口を開いた。
続く
4
「こないで!!」
近づけば近づくほど声が鮮明になる。
海水を飲みすぎた俺が助かる方法は彼女のボードにしがみつくことだけだ。
切羽詰ったおれは声を荒げていった。
「お前が死のうがどうでもいいんだよ、俺は死にたくないんだよ!」
彼女は何も言わずにボードにしがみついている。
俺はやっとの思いでボードにたどり着いた。
「さんきゅ」
息を切らした俺がやっとの思いでお礼を言った。
「なんで助けようとしたの?なんでほっといてくれなかったの?」
「ばか、俺は台風が来てる湘南を体で感じたかったんだよ、助けにきたわけじゃねぇよ。」
なぜか強がってしまう。そうなるほど美しい女性だ。
「・・・・死なせてよ・・・・死にたいの!誰にも看取られずに死んで行きたいの・・。」
「わかった、だけどここでは死なないでくれ。ここは大事な場所なんだよ。お前が死んでいい場所じゃない。」
彼女はサルのような目で俺を見た。
「本当に止めに来たんじゃないのね。」
俺は早く海岸に帰りたかった。台風の目が来る前に。台風の目が来てしまえば、波打ち際で水遊びをする人形が二つ並ぶことになる。
「そう、だからとりあえず海岸に戻るぞ。その後で死ぬのを手伝ってやるから。死に際を看取って死亡届だしてやるよ。だからほら早く」
彼女はそこからしゃべらなくなった。
俺は二人分とも感じないほど軽い彼女の体をちらっと見ながら海岸へ向かった。波はどんどん高くなる。
やっとの思いで海岸に着く。飲みすぎた海水が自然と排出されて楽になる。
彼女はただ倒れて目を瞑る。感謝の言葉もない。なぜか死ぬ時間を遅くしてしまった俺に罪悪感が満ちる。そしていってしまう。
「どうやって死にたい?」
彼女は目を瞑ったままで何も話さない。
俺が罪悪感に苛まれているのを感じ取っているのか。さらに一人で話す。
「首を吊るのならいい木を教えてやるよ、手首を切るなら俺のサバイバルナイフをかしてやる。どうしても海で死にたいのなら万座毛でも行ってとびこんだら?死んだってわかった瞬間死亡届に判子おしてやるよ。どれがいい?個人的には・・・」
「殺して」
少し驚いたが素振りを見せずに言葉を返信する。
「それはできない。俺はただ手伝うだけ。必要なものは貸してやる。死んだら返してもらってまた使う。何もなかったかのように記憶から消してやるから。」
「あなたはすでに犯罪者なの。あたしの時間を買い取ってしまったの。だから死ぬのならあなたの手で死ななきゃならない。法律ではね。」
目はまだ閉じたままだ。
俺が時間を買い取ってしまたのか。都合のいい言い訳だ。
「わかった、じゃあ買い取った時間の量は?」
彼女が目を開けた。
「1週間。その間に殺してもらう。決定ね。」
俺は1、2時間ほどかと思っていた。結構余裕がある。その間に説得するしかない。
「わかった、それまでうちに来な。」
彼女の手を取り起こしてあげる。
海岸で見つけた磨いていないダイヤモンドが俺の所有物となった瞬間だった。
3
週末、見事に大型台風が接近してきた。
こうなると決まって母がサーフボードをかくす。母は確実に海を把握している。
荒れ狂った水はもう水ではない。蛸だ。烏賊だ。ダンスホールみたいだ。
そんな海に入る勇気はない。父じゃあるまいし。
しかし、海は海で、こんなときこその魅力がある。それを見たい衝動は抑えられない。
「ちょっと、海・・・見てくる。」
サーフボードを隠しさえすれば、母は海へ行くのをとめないことを知っている。そこは俺もなぜだかわからない。
「・・・・気をつけなさいよ?」
返事を聞いた振りをして靴を履く。
家の玄関のドアが、風に押されて開きにくくなっていた。傘は役に立たない。雨もまだ降ってない。
家を離れて海岸に出るまで、いつもより時間がかかったのは気のせいか。ビュオゥと鳴る風が潮を運ぶ。
Tシャツが俺の前面にぴたっとくっついてウェットスーツみたいに離れない。こいつが波を作る。
細い路地を抜けて出た稲村はサーフィン映画ではなくタイフーン映画でもなく、お蔵入りになった、とある漁師の命がけの漁のドキュメンタリー。蟹がとれるらしい。
波はあるし風も吹いているが、水に浸かったときのように静かだ。
きっと海岸沿いに置いてある自転車と、その側にイの字で置いてある靴のせいだろう。静かな胸の中がチュンと鳴った。
顔を上げて見えたのは、サーフボードにしがみついたサーファー。小さくてよく見えないが、こんな日に入るほどうまくないのは遠目でわかる。
しかも、波に乗る気は更々なさそうだ。この稲村ではよく人が死ぬ。少なくとも俺の前ではそうらしい。もし死ぬのなら今回も看取り役となって、線香の代わりに流木を、花の代わりにわかめを供えよう。
そして、海の微生物が死体を分解しきるまで見届けよう。と、想像しながら自然と砂浜を駆ける。
人を助けるなど柄でもない。
やめろと思う気持ちが勝っているのなら足は自転車の側にあって目は稲村の沖を見ていただろうが、不思議と下半身まで海に浸かっている。そしてどこのアトラクションにもない激しく流れるプールを逆流する。
うねる波は沖へ向いている視線を遮る。そしてまた沖が見えたかと思うと今度は水の世界へ入る。いつものカレントは俺を沖に運んではくれないみたいだ。
サーフボードに乗っているサーファーが女であることがわかるくらい側まできた。早く助けたいとは思わない。ただ、早くボードに掴まらないと俺が死んで昆布と一緒に出汁をとられる。
「こないで!!!」
水山の向こうから聞き取りにくいキャズ声が聞こえて消えた。
俺を助けてくれ。
続く
2
今日は雨。
昨日とは打って変わった天気は入道雲のいたずらではなく、しとしとと降るミストサウナみたいだ。
そんな日に突然おばあちゃんがいなくなった。
母は慌てて外に出て行ったが、俺には家にいろといった。
一応肉親だし。心配はするけど、死んだら死んだでかまわない。
そうやって父を海に送り出したのは俺だ。
俺が高1のときに、父は死んだ。
台風が接近している海で、俺は父の最期を看取った。
ショートボードを片手に沖へ走っていった父。
文字通り走って。水の上をキリストのように。
しかし、帰ってきた姿はキリストではなく、裏切り者のユダのようだった。
父の背中を見て育った俺は肉親のユダを見てみぬ振りをした。
目の前で俺の憧れが無くなった。
痛くもかゆくもなかった。悲しくもなかった。いや、それはうそだ。こんな仕様もない人間にあこがれていたのかと思うと悲しくなった。
そのとき突然台風の目に入ったかのように風がやみ、青空が広がった。
不思議なこともあるもんだ。音が無い。
父は波打ち際でちゃぷちゃぷと遊んでいる。
静寂が過ぎてその音が僕のハードディスクに永久に録音された。
おばあちゃんが同じように波打ち際で発見されたことに驚きはなかった。
雨のしとしとと波打ち際のちゃぷちゃぷが混ざって嗚咽のようなんだろう。苦しかったんだろう。気づいてほしかったんだろう。
知っていても俺にはどうすることもできない。
おばあちゃんの葬式が終わってから、友達の順と晴れた八月上旬の稲村へいった。
順は気持ちを察っすることができると思っているんだろう、話しかけてこない。馬鹿だ、俺はなんとも思ってない、俺の気持ちはお前にはわからねぇよ。
順がやっと隙間を見つけて話し出した。
「去年ここでナンパしたんおぼえてる?名前なんやっけな?タエちゃんとサユリちゃんやっけな?お前がずっとぶすっとしてるからカラオケ行こっていっても来てくれんかった。お前のせいやで!?」
和ましてくれてるのか?今日だけ、今日だけ友達らしくしてあげよう。
「俺の好みじゃなかったんだよ。特にタエ??あいつ蛙みたいな顔だったじゃん。」
こんな感じでいうといつも大げさな引き笑いで答えてくれる。こいつのいいところはここだけだ。
順と何するでもなく海岸を歩き、ぎこちなく別れた。
家に帰れば重い空気の母と妹がいるのがたまらなく嫌だ。
一人で海岸沿いのファーストキッチンに入る。
アイスコーヒーだけ頼んで外の椅子に座る。
鳩が落ちたポテトを啄ばみ、、空腹を満たす。そんなのを見てはにかんでしまうぐらい人生が暇だ。
何も考えることもしなければならないことも何も無い。唯一楽しみなのは今週末に台風が来るらしいということだ。
今年も父が帰ってきた。
1
夏が好きな蛸と烏賊はかもめにさらわれてもういない。
サーフィンが好きな海老は最高のカットバックで海岸のねーちゃんを魅了する。
週末はそんな想像をして楽しんでいる。
海老やら蛸やら烏賊は波の上で何を考えているんだろう?
ぶらぶらと7月下旬の海岸を歩く。
夏の稲村から夏の由比ガ浜まで。
由比ガ浜でゆっくりと水平線を見て夏の暑さを感じた後、駅までの細い道に入る。
そして由比ガ浜から江ノ電に乗って江ノ島へ。
そして今度は歩いて鎌倉高校前へ。
無駄な動きが俺のストレスを冷麦にして地面へと垂れ流してくれる。
海岸を歩くと自然と顔が海を向く。今日は波がない。
サーファーの顔から精気が抜ける。
混んだ砂浜でフリスビーをするエロいねーちゃん。
今日はこれくらいにしとこう。
家に帰ると母親が掃除をしていた。リビングのテーブルの上には買い物袋がある。
母が俺に気づき、掃除機を止めていった。
「耕輔、今日は波がなかったね、ってゆうか人が多すぎて波乗りどころじゃないわね。」
波乗りでもない母。でもいつも波の様子を把握している。そんな母が好きだ。
「夏は仕方ないよ。」
そっけなく話を終わらせ部屋に行く。階段を上がりまっすぐ伸びる二階の廊下を右へ。
部屋に入るとおばあちゃんが掃除をしていた。机の上は綺麗に整理整頓され、普段は買わない女性ファッション雑誌が机の角に合わせて置かれていた。
学校の帰りに寄った古い本屋で”注目のモデルNAMI”の文字が、街にあふれているコンビニぐらいのレベルで目に付いた。
目はクリクリッとして可愛く、鼻はスッとしてかっこよく、口は大きくて心持太い。
こんな顔の子はその辺にもいるが、こんな空気の子はいない。表紙を見ただけでわかる。
多分性格がだめなんだろう、と思ってしまう。これだけ可愛いと。人間ってそんなものだろう。
恋愛ってこういう形もありかな?顔だけとか。わからないけどありだと思うな。
母と同じ感じでおばあちゃんが掃除機を止めた。さすが親子、とかどうでもいいことを心で思う。
「耕ちゃん、後は自分でやってよ、おばあちゃん疲れたわ。」
汗をタオルで拭きながら掃除機を置いて俺のベットに座る。そして窓の外の入道雲を見て話し出した。
「おじいちゃんのサーフボードと太一さんのサーフボードは形も大きさもぜんぜん違うのに、波に乗っている時はすごく似てたのよねぇ。それが見たくていつも海に行ってたの。耕ちゃんはまだ生まれてなかったわね。」
いつも同じことをいうおばあちゃんは夏に現れる何かを恨んでいる。俺はまだそれが何かはわからない。
続く
