『自家製 文章読本』
井上ひさし著、『自家製 文章読本』を読み終えて、得したと感じる一冊でした。そもそも、お目当ての本を借りに図書館にいったら、たまたまこの本が目に留まり衝動借りしてました。昔読んだ『続 家庭口論』が家にあるのを思い出して、作者で関心をもち、タイトルにひかれ、そしてたまたま開いたページに「古文をよみなさい、読書百篇のすすめ」的なことがかかれており、借りることを即決断。私には難しい書き方のところもありました。先人たちの多くの『読本』について、考察したり同意や反論を述べたりしている。著者がすごく勉強家であることはわかりました。当時(昭和59年)の文章指南書には・書く前によく考えよ・話すように書けが文章を書く2大根本原則だった、らしいですが今なら、・文章はシンプルに・伝わる文章には「型」がある・文章は「見た目」が大事・文章は必ず「推敲」する・「わかりやすい言葉」を選ぶ・比喩・たとえ話を積極的に使う・接続詞を「正しく」使う(週刊ダイヤモンド2022/2/19 小川真理子さん文章術100冊まとめたより)「今の大学生には夏目漱石が読めない人がいます。難しい本が読めなくなってきている」と書かれた本をみました。ネット記事が主になった今では、閲覧回数を稼ぐことを目的にするので、「わかりやすい言葉を使う」のは当たり前だし、「見た目が大事」となり、読書百篇なんていったら、とても読んで頂けないことになります。もちろん皆がそうではそうでありませんが、全体としてそういう方向にむっかっているのか、と考えると寂しい。明治・大正および昭和の文章読本に少しだけふれて、これからはなるべく昔の書籍を読みたいと思いました。まとめは…言語の目的は伝達と表現である。伝達とは商業文や記事文などのようにお互いの常識に働きかけながら送信と受信を完成させること。これはすでに多くの入門書が用意されており、いくらでも勉強できる。一方、表現のための文章修行は個人が自分の趣味にしたがって、自力で積み重ねていくほかない。つまり画一的な読本があるはずがない。表現の文章を綴ろうとなさる方は、各自、自分用の文章を編まれるのがよろしい。そのためにはやはり表現のために書かれた文章を数多く読まなければならない。まずは伝達文から。そして、これから5年のうちには表現の文章を書けるようになりたい。