どうも、こんにちは。
都内を中心に絶賛活動中のシンガーソングライター、
みやぎいっこうです。






表記が平仮名なのは、宮城一幸の一幸が「かずゆき」と呼ばれがちだからです。



思春期にテレビでIKKOさんが出だした頃は、本当に世界が終わったかと思いました。


好きだった女の子(話した事ない)に、「どんだけ〜」とからかわれてからと言うもの、自分の名前が嫌いだったんですけど、今は結構気に入ってます。
覚えやすいもんね。






いや、まぁ別にそれはいいんですよどうでも



今回は僕が去年アメリカに行った時の話をしようと思います。経緯も合わせて。ケータイ小説っぽく。ちょっと盛りつつ。





一回で書ききれる気がしないので、分けて投稿しますね。長いけど我慢して読んで下さい。


















『そうだ、アメリカ行こう』







バンドを解散し地元に戻った僕は、家業を継ぐ為父の経営する会社に就職した。



しかし周りと反りが合わず、半年で退職。
父親ともかなり険悪な関係になっていた。



自分自身もかなり落ち込み、毎日を鬱々と過ごしていた。自分で決めた事とは言え、やりたかった事も、やるべき事も辞めてしまったからだ。







昼過ぎに起きて、ゲームをして、ご飯を食べて寝るような生活を続けていた最中、同じシンガーソングライターで東京で活躍中の「恥の多い北原じゅんぺい」から連絡が入った。






彼とはもう5年ぐらいの付き合いで、唯一親友と呼べる男だ。(僕の周りではホモ疑惑が囁かれているが、否定はしている。)









彼は、BAD LATE SHOWというイベントをやったり、ソロの活動を精力的にやっていたり、レコーディングの仕事で少しずつお金を稼げていたりと、友として嬉しい報告をたくさんしてくれた。





対して自分は、自堕落な生活をしていて、明日が見えないだの、暗い話ばかり。







見かねた彼は僕に、東京に戻ってくる事を提案してくれた。




すぐに上京する事は、金銭的にも難しい状況だった僕に、借金しろだの来てから考えろだの超無責任発言を連発されたが、今の生活をダラダラ続けるよりは良いかもな、と思った。






次のイベントの話やら、作っている曲の話やらを一通り終えて電話を切った後、一服しながらスマホの画面で東京行きのチケットを眺め、予約をしようと確定ボタンを押す寸前に我に返り、バイト探しサイトを漁る僕。












数日後、那覇空港に1番近いレンタカー屋さんで、派遣バイトとして働き始める事になった。
殺人的な陽射しの中、観光客にレンタカーを貸しまくっている間に、健全な心が戻ってきているのがわかった。メシも上手く感じる。労働万歳。










そろそろ東京に行こうかな、そんな事を思っていたある日、ふと思った。








東京に戻って生活が始まったら、なかなか長い休みを取る事も出来なくなるのでは??




なんかやり残した事は無いか??




うーん、




















そうだ、アメリカ行こう









パスポートを発行し、チケットを購入、期間はとりあえず3ヶ月以内。移動時間片道18時間の長旅が始まった。







〜つづく〜



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ps.登山してきました。天気以外全部最高だった。