病 | CoCoRoのブログ

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何事も3日と続かないものぐさな私が書きたい時に書いて気まぐれに日記つけてみる

我が家のパパは、1年半前ほど前に「迷走神経反射」で通勤中に意識を失ってしまい、病院に担ぎ込まれました。

過去に何度か倒れたりしていたので、心配でしたが、きちんと診断を受けたのは、この時が初めて。

迷走神経反射自体、よくわからなかったので、医師の説明を聞いても、いまいちピンと来なかったです。

この病気は、毎日の訓練をすればほとんどの人が治ると聞き、パパにも毎日やってくれるように頼みましたが、パパはどうやら、この病気と付き合っていく自信が持てなかったようでした。

ただのズボラではないかと、責めてしまうこともありましたが、日に日に本人が落ち込んでいくのが見え、神経の問題だけではないように感じ始めた頃、友人からうつ病の話を聞きました。


パパの様子を暫く見ていましたが、私も仕事があるため、常にパパの側にはいられません。今日は大丈夫かな?とパパの様子を見つつ、会社を急に休むことも増えました。

このままじゃ、本当に鬱になっちゃう…とは思いましたが、どうしたら良いかわからず。

日に日に元気がなくなり、倒れることも頻繁に。話しかけても気力が無く感じられ、笑うことも減りました。

一度、精神科にかかったら?と言ってみても、大丈夫とか、嫌だといった答えしか返って来ませんでした。

私の力ではどうにもならないと思った時、病院の看護婦さんが心配して相談に乗ってくれました。

パパの状況を説明しながら、感情が昂ぶってしまい泣きながら話をしていると、「このままだと奥様も辛いでしょうし、旦那様も良くないので、一度精神科にかかれるよう、先生と相談してみましょう。」と言ってくれました。

私が言っても聞かなかったパパが、先生から精神科にと言われて、素直にかかってくれるか不安でしたが、他人からの言葉の方が受け入れやすかったのか、後日、パパが先生と話をして、精神科にかかるように紹介状を書いてもらいました。



精神科の先生のはじめの診断は、統合失調症。しばらく様子を見るよう、会社にも診断書を書いてくれました。


何度か通ううちに、新しく診断がおりました。

うつ病ということでした。

パパの場合、仕事がうまく回り始めて頑張っている時に、迷走神経反射の症状が出てしまい、徐々に自信がなくなっていったようです。


自信家のパパがこんなことになってしまうなんて…と毎日泣いていました。
本人の前でも、娘の前でも泣くことはありませんでしたが、通勤途中の車の中で。

でも、私が泣いていても、パパが良くなるわけじゃない。本人が気付いて自分で立ち直ってくれるまで、私は今までと変わらない接し方をするしかないと、心に決めました。

自分の中で、区切りをつけてからは、少し気が楽に。パパがいう言葉には、私や家族が悲しむ言葉もあり、その都度、娘や私が悲しむからそんな事言わないで、大丈夫。と声をかけるしかない状況が半年ほど続きました。

時には苦しくなってしまうこともありました。一人にしておけず、仕事を休まなくてはならない時も。
私の心が折れる、と思ったことも、イライラして、なんでこの人と一緒にいなきゃいけないんだと思ったこともありました。

救いは、パパの会社も私の会社も、病気に対しての理解があり、とても良くしてもらいました。


少し回復の兆しが見えたのは、娘と一緒に出かけたいと言うようになったこと。

まだ保育園だったので休むことも困難ではなかったこともあり、娘も久しぶりにパパとお出かけできるということが嬉しくて仕方なかったようです。

一ヶ月に一度くらいのペースで、パパとのデートを続けました。

保育園の行事などは、人が多く、地元ということもあって同級生のパパも居たりしてなかなか踏み切ることが出来ず参加できませんでしたが…

病気になってから1年ほどで、一人で外に出られるようになり、少し自信がついてきたように見えましたが、波は相変わらず。

良くなったように見えても、明日はわからない。そんな不安は付いて回るものでしたが、先に進もうとしているパパを見守るのが一番だ。と、成るように成る。と。

他人から見たら、放置しているとか諦めてるとか思う人もいたと思うけど、私にはそうすることしか思いつかなかったので、人の目は気にしないことにして、見守り続けました。


しばらくして、パパが復帰の話をしだすようになり、車の運転は不安だから、中型免許を取りたいと言うように。
お金のこととか、いろいろ大変だけど、今まで向き合うことができなかった復帰に対してのパパからの言葉は、私にとっては希望でした。

復帰前のリハビリも兼ねて、自動車学校に通うようになりました。

何度か、行けなくなってしまったことはあったのですが、何とか免許が取れ、復帰の目処がついたところからが早かったです。


今までのしんどそうだったのは何処へやら。楽しそうにバイクに乗っていそいそと出かける日々。そんなパパを娘は嬉しそうに見ていました。


復帰が決まり、私としては体力的なことも含め、不安も少なからずありましたが、今までの不安は何だったのかと思うほどあっけなく、普通の生活に戻って行きました。


人の心は、脆く儚く崩れてしまう。
心が折れる瞬間は人それぞれにあって、それがうつ病のような病気として発症してしまうことは、誰にだって起こり得ることなんだと、パパがうつ病になって初めて思いました。

うつ病の克服の仕方は人それぞれに違い、長い時間をかけて付き合っている人も多くいると思います。
パパは期間が短く済んだ方だと思いますが、また繰り返してしまう可能性もあり、安心はできません。

それでも、普通の生活に戻れたことは、私たち家族にとっては嬉しい限りです。