ダイビングショップを辞めた僕は、すぐに次の仕事の某自動車会社の期間工として働く為名古屋に向かった。
何故期間工を選んだかというと地元に居れば誘惑が多い事、それに単純に給料が良かったからで当時満了金と月給からの貯蓄で四ヶ月で100万程度は貯まると試算しており
丁度資格の結果発表と合わせて辞めれるのも後腐れ無く良かった。
しばらくして工場内での勤務が始まり、同じく期間工として入った30人程の方達それぞれ作業が割り振られ
僕の所属はエレカという乗り物でラインに部品を足していくという役割でした。
今から思えばまだ十代だったので比較的楽な作業を与えてくれたのかな?と考えています。
最初は新鮮だった作業も毎日全く同じ事を日々こなしていくごとに非常に辛くなってきて
これは見た目よりも中々辛いなと内心考えていた。
(現に最初に30人程いた期間工も二ヶ月が経つ頃、いつのまにか僕と沖縄出身の方の二人を除く全員が退職していてビックリしましたw)
そして四ヶ月の期間を無事ロボットになる事で任期満了し、予定額を蓄え、潜水士試験に挑む事となりました!
(試験内容としてはそんなに難しい方では無く、合格率二分の一程だったと思います)
事前に十分勉強したこともありバッチリ合格し、合格発表を受け取ったその足でフリーの潜水士として登録する方法を聞きに知り合いの店に行った事を今も昨日の事のように思い出せます。
当時はそれだけ嬉しかったんですね~
「これで突破口を開けた!後はこの仕事で頑張るだけだ!」 そう思い燃えていました。
しかし、社会は厳しい。再び壁にぶつかるとは、十代の猪突猛進の僕には想像もつかないのでした。
次回に続く・・・。