明日は和田啓さん、松本泰子さんのべらぼーちゃんねるに、

原田一樹がゲスト出演します。

19時スタート予定です。

ご支援のほど、よろしくお願いします💛

べらぼーちゃんねるライブ配信第6回年末特別企画ゲストは原田一樹さん(劇団キンダースペース主宰)

2020/12/29 に開始予定

Beravo

チャンネル登録者数 145人

年末特別企画!!!

『「演劇と音楽」を語る』

ベラボーチャンネルライブ配信第6回は、

演劇界においてその実力の高さから様々な劇団やプロデュース公演の演出を手掛ける演出家であり、劇団キンダースペースを主宰する、原田一樹さんをお迎えして、「演劇と音・音楽」についてたっぷり伺うことに致します。

無料配信となりますが、ご支援として、

「投げ銭」を以下にて受け付けております。

どうぞ是非!宜しくお願い致します。

ご支援はこちら!

http://beravomusic.com/supporter/

 

 

べらぼーちゃんねるライブ配信第6回年末特別企画ゲストは原田一樹さん(劇団キンダースペース主宰)年末特別企画!!!『「演劇と音楽」を語る』ベラボーチャンネルライブ配信第6回は、演劇界においてその実力の高さから様々な劇団やプロデュース公演の演出を手掛ける演出家であり、劇団キンダースペースを主宰する、原田一樹さんをお迎えして、「演劇と音・音楽」についてたっぷり伺うことに致します。無料配信となりますが、ご支援とし...リンクyoutu.be

 

 

おはようございます。

劇団キンダースペース 瀬田ひろ美です。

 

朝晩だいぶ涼しくなりました、寒いくらいですね!
風邪ひかないように気をつけてください。

「テアトロ」最新号のご案内をさせていただきます。
毎度のご案内で恐縮です。

総合演劇雑誌「テアトロ」10月号
特集「想定劇場」
・新国立劇場の芸術監督になったら 
・総理になったら
・小屋主になったら
・劇作家になったら etc.
横内謙介さん、竹内一郎さん、川村毅さんなど12人が寄稿、
劇団キンダースペース主宰・原田一樹も「芸術監督の仕事」と題して書いています。
昨年の公演「ウーマン・イン・マインド」の舞台写真も掲載していただきました。

定価 1,300円。
(郵送の場合、申し訳ありませんが、送料180円を別途いただきます)

原田一樹が特集「演劇と新型コロナ」を書いた7月号が1冊、
特集「オーディションの功罪」を書いた9月号も数冊、手許にございます。
まだお読みでない方は、よろしければご一緒にご注文ください。(2冊までは送料180円でお送り出来ます)

よろしくお願いします♥

 

劇団キンダースペース 瀬田ひろ美です。

総合演劇雑誌「テアトロ」9月号

 

特集「オーディションの功罪」

大西弘記さん、小池雅代さん、そして

原田一樹が書いています。

「岸田國士の夢と憂鬱」の舞台写真も掲載していただきました。

私にご注文いただけると有難いです。

1,300円(郵送の場合、申し訳ありませんが、送料180円を別途いただきます)

よろしくお願いします。

 

原田の文章のラストは

「だから僕は劇団をやっている」

是非お読みください。

 

※原田一樹が「演劇と新型コロナ」で特集を書かせていただいた7月号も、数冊、手許にございます。

よろしくお願いします。

 

ご注文は

seta@kinder-space.com

 

 

 2020年5月23日 現在、緊急事態宣言は、北海道と、関東の一都三県に絞られている。25日に様子を見て政府はこれを解除すると、昨日22日に発表した。おそらく、解除されると思う。また、そうならないとどうにもならない人々がたくさんいる。私たちも、その一部だ。

 世界では、まだ感染の拡大は収まっていない。中南米の拡大はこれからだろうし、アメリカもヨーロッパも収まりつつあるとはいいがたい。なのに、世界も解除の方向に向かう。これはつまり新型コロナの致死率と、経済停止の致死率を天秤にかけなければならないからだ。つまり、私たちは、経済によっても死滅してしまう生物種だということだ。

「自粛」が終われば、私たちはこの日々を忘れてしまう。ここの所すっかりきれいになったらしいインドのガンジス川が、元の濁った水に戻るように。

「自粛」の間、私たちは何を感じているべきだったのだろうか?

 21日に、エコアカ(テアトルエコー声優俳優アカデミー)の今年最初の授業がリモートの形で行われた。生徒たちは自宅で、スマホの画面を通じて授業を受ける。生徒たちの方はもう慣れたものだ。こっちはぎこちなさがついて回る。

 この間どう過ごしたか話してもらった。印象に残ったもの。薬局勤めの生徒は、まさにネットの話題そのままのモンスター消費者の犠牲になり、その合間のささやかな感謝の言葉にレジを打ちながら涙した。「死」について考えたという二十歳の生徒。実家で生後二か月の甥っ子の世話を任され、一日ごとの成長に目を見張る。これは別のクラスの生徒だが、90になる祖母がこんなに家にいるのは戦争以来だと話したそうだ。

「家にいること」は、当たり前だが私たちの「日常」でもある。だが、ウィルスが鳴りをひそめたり、国家間の武力衝突が収まるのを待つ「日常」は、「日常」が、どのように可能であったかを再認識させる。「ウィルス」も「戦争」も、私たちのつつましやかな「日常」」にとっての、外からの不条理だからだ。

 実は別役実さんの追悼をこの時期にこのブログでもう少し重ねたいと思っていたのは、この「日常」ということがあったからだ。私たちは「自粛」によって、やっと少し「日常」に触れることができているのかもしれない。別役戯曲の何本かが、いつも触り得ない「日常」に手を伸ばすことを描いていたように。まだ、別役演劇を知らない若い世代に、少しでも紹介したいという意図もある。

 

「木に花咲く」1980

老爺  お前……。

老婆  何です……。

老爺  ジャンケンをしてみようか……?

老婆  ジャンケンを……?

老爺  ああ……。

老婆  いいですけど、何故です……?

老爺  いいじゃないか、とにかくやってみよう……。いいかい……?

老婆  ええ……。

老爺  それじゃ、いくよ。ジャン、ケン、ポン……。(老婆がパーを出し、老爺はグーをだす)お前の勝ちだよ……。

老婆  そうですね……。

老爺  嬉しいかい……?

老婆  別に……。

老爺  そうか……。そうだね……。私も別に何ともない……。

 

 実はこれは家の中での会話ではない。二人は、満開の桜の木の下にゴザを敷いて座っている。この設定もまた、私たちの「日常」を外から確かめるためだ。二人が(すくなくとも老爺が)触ろうとして手を伸ばす「日常」は、ほんとうにそこにあるのだろうか?

 色々あってブログを休んでいるうちに、全国39の地域で「緊急事態宣言」が解除された。これはもちろんコロナ以前の日常が即座に戻るということではない。第二波、第三波が予測される中での部分解除だ。

 100年前のスペイン風邪では変異により第二波の死亡率は格段に上がったという。だいいち世界はまだ拡大の真っ只中にいる。5月16日現在、新型コロナによる死亡は31万人を超え、2日ごとに1万人という状態が1カ月半以上続いている。感染者は460万人を超えた。

 もちろん一部にせよ解除されるのはいいことだ。今の日本人がこれで自粛を振り捨てて爆発的に消費に走るとも思われない。それが自粛だからだ。私たちは命令されたわけでも拘束や罰則によって強要されたわけでもない。自らこの方がいいだろうと考え、大多数がそのコンセンサスを持った。ただこれを日本人の良い特性とばかり捉えていいのかどうか。一方で同調圧力が生まれ、弱者が弱者を監視して追い詰めるような社会は危うい。

 難民、移民の占める割合が欧州とまるで異なる私たちの島国では、欧米や、アジアの大陸と陸続きの国々で行われたような都市封鎖や国家による行動管理はする必要なかったし、しなくて感染を抑え込めればそれに越したことはない。

 ただ、これはかつてかかわった芝居で調べたことなので、正確な資料もないのであまりはっきりとは言えないが、日本はいつでもこういった曖昧であなた任せの、言葉を変えれば、柔軟で幅の広い対応をしてきたわけではない。明治時代にコレラが猛威を振るった時、政府は強制隔離を行い、警察に大きな権限を与えた。悪名高い1907年の「らい予防法」では、ハンセン病患者たちは収容施設に送られ、断種などの非人道的扱いを受けた。しかも治療法が確立された後も数十年間、この法は廃棄も改正もされなかった。

 ウィルス自体に感染する可能性は誰でも同じだ。だが、生活や人生への打撃は公平ではない。今後明らかに不況は訪れるだろうし、破綻や自死に追い込まれる人々は感染死を上回るかもしれない。これは経済対策だけで済む話ではない。そのときにこそ「日本人」が試される、と、他人事のように言うつもりはない。「演劇人」としても性根を据え直さないといけない。

 

 ひと月遅れの2020キンダースペース・ワークユニットのテキストの前文を、このブログにも転載することにします。

 来週から、リモートによる養成所の授業も始まります。

 

「2020ワークユニット テキスト 演技実習」
 

 開始前に。

 

 2020年は、新型コロナの年と呼ばれることになるはずです。

これまでにも様々なウィルスや細菌によって私たちの日常や命が打撃を受けました。20世紀になってからだけでもスペイン風邪、エボラ、HIV、O-157、鳥インフルエンザ、SERS、MERS等々……。どの病原も撲滅できた訳でなく、いまだに感染は続いています。(人類史で撲滅できたのは天然痘だけです)それぞれの症状が抗生物質などで押さえられるようになったということです。人類はずっと感染症と伴にありました。

 そして今回、新型コロナウィルスが世界に蔓延し猛威を振るっているのは、今の世界にグローバル化していたからです。グローバリズムは本来、世界中の人々が自由な物資の流通によって恩恵にあずかるためのシステムでした。しかしその実、最も財力を蓄えるのは莫大な金融資本を扱う投資家たちや世界企業です。つまりグローバル化によって格差はさらに広がり、富は偏在し、1%の大金持ちと99%の貧困層という社会構造が現実のものとなりつつあるのです。国民国家というものが経済によって支配されたという言い方もできるかもしれません。自由と平等を旗印にして成立した民主主義が破綻しつつあるということです。

 こういう時に新型コロナが私たちの前に現われました。当初は、これまでの感染症と同じく地域に限定されたものでした。それが年間4000万本という航空便によりあっという間に世界中に拡散したのです。

 ウィルスの攻撃には差別はありません。金持ちでも貧乏人でも資産家も低所得者も同じように感染します。しかし感染回避のための交流の遮断のもたらす打撃は、平等ではありません。そして、3.11後の東日本がそうであったように、直接的な被害が収まってのち、経済や社会構造の悪化により心を病んだり、自らを追い詰め時には命を絶つ人々が急増します。

 平時でも自殺者の数は病や事故によって命を落とす人々の数を大きく上回ります。私たちの心を支配する「不安」や「焦燥」や「絶望」が、私たちを追い詰めるのです。

 5月17日現在、39県で緊急事態は回避されました。が、私たちは今、新しい危機に直面しています。経済の危機であると同時に私たちの心を覆う危機です。こういう時にこそ演劇の力が試されます。

 「俳優」は「演技」によって「他者」となります。様々な角度から「人間」の「内面」に光を当て心の動きを創造し、それが何によってもたらされるのか、そして何を生み出すのか、これを舞台に再現することができるのが「俳優」です。観客は「他者」を通して自分自身を見つめ、私たちの「苦難」の姿にとらわれるのではなく、そこから自由になる道を探すことができるのです。

 もちろん「演劇」の現場も、個々の「演劇人」も苦しいのは一緒です。しかし、私たちには私たちの心と体を打ち込める「演劇」があります。「演劇」はウィルスにも、経済にも侵されません。いまこそ、私たちが「演劇人」であることに矜りを持つべき時だと信じます。           
 

原田一樹    

 

 

「劇団Nのこと。」

 

僕とキンダースペースの数人は、キンダースペースの他にもう一つ劇団活動を行っている。

「劇団N」という。「N」はNGのNではなく、能登、七尾市、中島、のN。

 

石川県能登半島を左手で作ると、親指の第一関節に七尾市があって、その中心部から七尾湾にそって北西に車で30分。中島町にある能登演劇堂を拠点に毎年オリジナル作品の公演を行っている。

劇団員は、30名ほど。

演劇堂を運営する「(公財)演劇のまち振興事業団」が制作面での責任を負っている。

演劇の街、七尾市中島の唯一の市民劇団。

今年で創立22周年。

15周年記念公演では一般公募も含め50人ほどの出演者でミュージカル「能登の狸御殿~輝く月の夜に~」も行った。

 この、「N」の存在と継続には、僕らにとって、そして演劇そのものにとって大きな意味がある。と、少なくとも僕はそう思っている。

 

 キンダースペースは、プロフェッショナルな演劇の創作の場を自称している。

 劇団は法人であり、公演チケットも販売し、賛助会、友の会からは会費を徴収し、助成金も申請し、台本、DVDも販売。数種類のワークショップなどは有料で参加者を募っている。今の所、経費が売り上げの100%以上を占め、スタッフ(劇団員)の人件費もままならない。しかも劇団員は決して安くはない劇団費の負担もある。が、いつか顧客、観客が20倍増し、潤沢なるギャラを支払い、税金対策が必要な社内留保を持つことにおいて決してやぶさかではない。同時に、劇団員がとても魅力ある俳優として舞台で輝き、キンダーを足場に商業演劇、TV、映画、動画の世界で巨万の富を稼ぐようになったとしても、やぶさかではない。

 もちろん、これらの経済活動の基盤となるものはすべて、私たちが主観的に考える「素晴らしい芝居」と、その方法においてなされるということが大前提である。その一方で、これが市場原理において試される、ということも、受け入れているということだ。

 

 一方で劇団Nにおいては、もちろんここからスターが出て巨万の富を稼ぐようになったとしても何の遺憾の思いはない。が、おそらくそんなことは誰も考えていない。そしてまた劇団Nが入場収入によって黒字経営となり、ギャラの配分でもめたりするようなことが起きる、という危惧も誰も抱いていない。

つまり、ここには「演劇」そのものがあって、それを維持するべく、劇団と劇団員、財団が支えているということだ。

 

 念のため言い添えると、「N」は、参加者に「演劇」の「楽しさ」を体験してもらう、というレベルの劇団ではない。だったら20年もやらない。一回で十分だ。Nの演劇堂公演は、キンダースペースと同様に「素晴らしい芝居」を創作し、観客に「感動」を伝えられるものでなければ、やる意味も必要もないという前提で、稽古に臨んでいる。

 

 だから、劇団員は決して「楽しく」ない。

メンバーによっては一日の仕事が終わり、疲れた体を引きずって稽古場に来て、待ち構えていた演出家に覇気がないと怒られる。科白に迷うと出直してこいと怒鳴られる。なんでこんな思いをしなくてはいけないの? と、思わないはずがない。

 もちろん、これまでの22年間、辞めていくものも沢山いた。しかし戻ってくる者は戻ってきて、またやりたいと言う。意外なことには不器用で自分の手足もうまく操れない者ほどその傾向が強い。軽やかに演技して、「こいつ上手いな」と思うような奴は意外とさっさと辞めていく。

 その理由もわからないでもない。

「上手い」奴は「上手い」ことが演者の価値だと思っている。観客にも「上手い」と言われたい。「上手い」演者が一杯集まって演ずるのがいい芝居だと思っている。Nにはあまりいない。それに、自分以外は「上手く」なる向上心にも欠けているように見える。だから、そのうち嫌になって辞めていく。

 もちろん「上手い」のが悪いわけではない。「向上心」も必要だ。悪いのは「上手い」ことに自足することである。物語に描かれ、我々に感動を引き起こす登場人物は、大抵、自分の無力に打ちひしがれているような人間だ。それが必死になって居場所を探す姿に我々の心は動く。能力のある奴、又はあると自分で思っている奴が軽やかに目的を果たす姿には、どうも感心しない。

 しかしそうは言っても、毎度の稽古で尾花打ち枯らし、自分のダメさばかりと向き合っていたのでは、いい加減やりきれなくなってくる。

が、それが救われる一瞬がある。

それは、もしかしたら観客は「上手い」か「下手か」で芝居を見ているのではなく、舞台が「良かった」か「そうでもなかった」か、で見ていて、「下手」でも「良い」場合があり、それは時として「上手く」て「良い」よりも「深い」場合があるということが、客席から感じられる瞬間である。

 もちろん、この喜びは、多くの場合幻想にすぎない。

 観客だって、よほど育ってもらわないとそこまで見る目は持てない。

 だからこれは、大抵の場合演者自身の中にある幻想だ。

 しかし、この幻想を自覚して、この幻想を実感すべき一瞬に向かう覚悟ができた時、私たちは、プロもアマも「演劇」そのものを生きることが可能になる。

 

 僕が「Nの皆さんから学ぶことは多いのです」というと、劇団Nの代表の酒井先生(昨年退職されたが、高校の国語の教師をしておられた。それで僕らはみんな酒井先生と呼ぶ)は、たいてい「いやいや」とおっしゃるが、その「学ぶこと」の一つは、こういうことです。

「方法」ということ。

 

 別役さんへの追悼のつもりで書き始めた前回は、少し個人的な事に偏ってしまった気がする。ただ、僕が演劇をこころざした頃に出会い(本を読んで)、重要な示唆を貰ったことには変わりがないので、その辺について、もう少し率直に……。

 

 別役さんに教えられたことはつまり「方法」ということだったのだと思う。

 

 未熟、だったことが一番大きいが、リアリズムを目指して芝居を作っているときに、作りこんで芝居がリアルになればなるほど、「だから何?」という思いに囚われることがあった。

 

 「今日の世界は演劇によって再現できるか」というのは、ブレヒトの演劇論のタイトルだが、「再現は、果たして、演劇の目的たり得るのか」ということである。

(確か寺山修司がこれをもじって「今日の再現は演劇によって世界できるか」とかも言っていた)

 

 もちろん、だからプロパガンダ演劇や、社会派の芝居でなければだめだということではない。演劇は、社会的政治的な目的のためのものであるという考えは、演劇を殺す。これはなぜか確信があった。

 

 俳優の演技についても、演出の考え方についても、今は、そう無邪気ものではないということがわかってきた。が、芝居を始めたころは、本当にリアルな世界を描き出すことに行きついたら、そのあとは、どうすればいいんだ。と、できもしないのに考えていたのである。

 

 そういう時に別役評論を読んだ。

 「盲が、象を見る。」というユダヤの古い諺が紹介されていた。

 目が見えず、象というものを知らない人が、触覚でもって象を判断すると、ある人は。耳を触り、象とは大きなうちわのようなものだ、と言い、足に触った人は、柱のようなものだ、鼻に触れたものは長い管のようなものだ、という。

 

 つまり私たちの「世界」を見る見方もまた、このようなものだ、ということだ。

 演劇も又、そうだ。

 

 私たちが描くのは「世界」ではなく、その不完全な一部、あるいは歪んだ縮図。

 その不完全さと歪みをこそ、観客の前に、その向こうにある何とも知れない「世界」を意識できるようなものとして提示できないだろうか?

 

 演劇は、そのように機能すればいい。だから答えは出さない。何かに与さない。

描くものは、ここにはないもの。

 

 そう思ったとき、演劇の不完全さが、逆に無限に広がる可能性のような気がした。

 

 また少し難しくなってしまったら、すみません。

 もう少し別の角度から、又、書いてみたいと思います。

 

 

管理人の瀬田です。

 

昨日生配信だった「くものうえ⇅せかい演劇祭 ブロッサム企画」
第3回◎4月17日21:00~/ゲスト:原田一樹
You Tube に上がっています。
「これが本番」と知らなかった、原田(と瀬田!)が、途中から「あれ、これ本番かな?」と分って行く様子もお楽しみください。ww
(そんなワケで、いきなりマスク姿の無防備な私が映ってます。すみません!)

https://www.youtube.com/watch?v=stZ11co-u3g&feature=youtu.be

 

「くものうえ⇅せかい演劇祭 ブロッサム企画」サイト
https://spac.or.jp/festival_on_the_cloud2020/blossom

今年の三月三日。別役さんが亡くなられた。

 

テアトロの五月号に菅孝行氏と坂手洋二氏の追悼記事が載っている。菅さんは別役戯曲の変遷をつかこうへいとの対談をたどって<傷の匂い>から<透明になっていった>所につかこうへいと同じ「不満」が湧いていた、……らしい。鈴木忠志氏との早稲田小劇場での共同作業を同時代で見つめ、自らも併走する作家だったからそうなのだと思う。

坂手は芝居の世界に触れてすぐ別役作品を読み漁ったという。『言葉への戦術』の安倍公房批判に同意したと書いてある。

 

僕自身の別役体験は坂手と似ている。僕の場合は作品よりも、評論。

今、アトリエと自宅の本棚から引っ張り出してきた単行本の『言葉への戦術』と『台詞の風景』は表紙はボロボロ。『電信柱のある宇宙』『犯罪症候群』は新書と文庫版しか見当たらない。単行本も持っていた。スタッフに読ませようと思って買っておいたのだが、あまりありがたがられなかった。飢えていなかったのだろう。僕は飢えていた。

 

『言葉への戦術』の『友達』(安倍作)についての文章は評論というより論文。読んでびっくりした。こんな風に一つの戯曲を扱った批評はなかった。シーンの構造から台詞一つの分析まで。科白を機能としてとらえる、と教わった。「友達」は、そのころ大手劇団養成所修了公演でよくやられていたが、それを見た時に感じていた微妙な違和感に、そうかそういうことか、と目からうろこが落ちた。

同じ手つきで、新劇の名作、田中千禾夫の『おふくろ』を解剖した論もある。「戯曲」は感情や情緒で出来ているのではではない。「方法」によって書かれている。確かつかこうへいは上記の対談で「理解魔」とからんでいた。つかこうへいは創作時にそんな風には考えない。おそらく初期の別役さんも違ったはずだ。だからこれは自らの演劇衝動をも含め、後から解体しつつ書かれたものなのだ。

しかしなぜ『おふくろ』だったのか。しかも『友達』よりもはるかに作者としてのシンパシーを持ちつつ解析している。

 早稲田小劇場、状況劇場、天井桟敷(アングラ御三家! ここ二十年きっと誰も口にしていない)が現れた時代には、新劇という大きな存在があった。そういえば「新劇」という雑誌もあった。初めて書いたホンもキンダーでの旗揚げもこの雑誌の劇評に取り上げてもらった。

「状況」の唐十郎さんは、お会いしてないのでわからない。芝居は見た。いい観客ではなかった。キンダーの瀬田は小林薫と李礼仙の心酔者だった。忠さんにしても別役さんにしても「新劇」というものを一つの足掛かりにして自らの方法を作り上げたことは間違いはない。おそらく寺山修司さんも。僕はここからリアリズムに入った。

それからの10年間、つまり芝居を始めた80年から90年まで、別役さんから学んだものは計り知れない。不条理劇ではない。戯曲というものへのスタンスを学んだ。

 

 別役さんとは数度お会いした。SPACで演出した「サド侯爵夫人」に来てくれた。別役さんには「三島由紀夫の方法意識」という論もある。今、頁を繰ると、やたら太い鉛筆の線が引いてある。初日来静とは聞いていたので、きっと何か話したいと思っていたのだろう。何か話せた覚えはない。印象に残っているのはそれより前、利賀村で忠さんの家に招かれ、別役さんと忠さんが早稲小以来という再会に同席したこと。忠さんが将棋盤を持ち出して「覚えてるか、これ」。早稲小の若手の頃、二人で事務所番をして将棋を指していた、その時の将棋盤だという。忠さんは楽しそうだった。別役さんは「覚えてないよ」と言っていた。きっと忠さんの方が上手かったのだろう。耳をそばだてていた。あまり芝居のことには触れなかった。早稲田で別役戯曲をどう演出したのだろう。その居方はたしかに劇作家と演出家だった。

 

ピンター、イヨネスコ、アラバール。みんな別役さんに教わった。ベケットは別役さんの眼鏡を借りてやっと像が結んだ。三好達治。尾形亀之助。つかこうへいは『熱海殺人事件』よりも、その前の『郵便屋さんちょっと』がまんま別役作品だ。僕も二本目に書いたのはまんま『正午の伝説』(別役作品)。あまりに失敗作で似ても似つかない。それから北一輝。演劇以前に映画「戒厳令」の脚本家として知ったのが最初の別役体験だった。映画少年だったから。これはみんなあまり知らないと思う。

 

別役さんが、諧謔的な言葉のイメージを紡ぎ出すエッセイを多く書いたり、“コント”を取り上げるようになってからは、遠ざかってしまった。戯曲集も六冊目あたりからは追いかけてない。あとがき、は読んでいた。作品より魅力的だった。

いずれにしても40年間で最も影響を受けた演劇人の一人であることは、間違いがない。

もし、このコロナ感染下の私たちの行動を知ったら、どう分析されただろう?

ご冥福を。合掌

 

 

 

 

 高見順という作家がいた(1965年に他界)。

 実は、2019年度のキンダースペース本公演は ”Occupied Japan“ というタイトルで、前年の「白痴」に続いて、占領下の日本人を取り上げるつもりだった。一昨年の秋頃から金子光晴「絶望の精神史」。一般の人々の日記やインタビュー、手記を読んで、高見順の「敗戦日記」に当って、雑な言い方だが、これが演劇だ、と感じた。

 高見順は転向作家とされている。一高時代にプロレタリア文学者を志して、33年に治安維持法違反で大森署に検挙。半年後、転向を表明し釈放。直後に三年前学生結婚した妻、愛子が生活のため勤めていたカフェで知り合った男と失踪。出生や親戚関係もドラマチックなことが多く、作品も、饒舌な文体、といわれ、テロリストを主人公にした「いやな感じ」などがある。が、日記は違う。彼自身、鴎外の日記のように事実だけを書くものが残り、もっと面白くとか、もっとよく、と作家が恣意するとそれが命取りだと言っている。つまりそういった「煽情」からなるべく離れたいというのが「日記」だった。
 これが演劇でいえばリアリズムだ。日常が抑制された文章で描かれる。原爆。ソ連の参戦。大本営発表。玉音放送、

その高見順がかいた、1945年8月3日の日記がある。

 

八月三日

 文報へ行く。

 帰りに新橋で定期券を買った。前から買おう買おうと思いながら、配給の通帳をいつも忘れて買えなかった。通勤証明書のほかに、住所を証明する通帳を見せねばならぬのだ。地下鉄口の方で買おうとすると、定期券を売る窓がない。さては正面口だけでしか売らぬのかと、そっちに廻ると、そこにも見当らぬ。聞いてみると、定期券売場は烏森口だという。ぐるりと廻って、そっちに行った。3カ月61円。果して3カ月使えるだろうか? いやあと3カ月ぐらいは電車も通っているだろう。改札口は閉鎖。電車に乗るためには再び正面まで廻らなくてはならなかった。あらゆる方面で、人に不便をかけることへの顧慮というようなものは全くないのである。むしろいわば、なんとかして人に不便をかけ、人を苦しめようとしているかのようだ。

 

 で、なんで今回、「敗戦日記」なのかというと、先日までキッチンペーパーが買えなかった。マスクは相変わらずない。ティッシュなどは買えるようになったが今、手洗いの液体洗剤がなかなかない。あるのが当たり前、というのがおかしいとも思う。大量消費社会は大量流通社会で、経済構造そのものが自転車操業なのかとも思う。一方で群集心理も思うし、政治も思う。

 で、この感じ75年前に至る数年の首都圏の感じと、その頃の日本人の心のありようと重なるのではないか、ということを思った。

 俳優は、例えばこういう時代の人物を演じるとき、まず自分の皮膚感覚から入る。(入ろうとしない奴もいる)疑いからではない。演ずるということが大前提だからだ。演出家は違う、いつも疑っている、疑いつつ、俳優の皮膚感覚を刺激するようなことを言わねばならない。(この件、また後で。)言葉にしなければならない。もちろん、皮膚感覚というのは、表層、という意味ではない。高見順の日記で言えば、定期を買うのにたらいまわしの目に合った怒りがある、「なんとかして人に不便をかけ、人を苦しめようとしている」が、ここにはその怒りを駅員や国鉄に向ける展開も、制度や国に向ける展開もない。この「ない」ことに皮膚感覚がある。観客はここにリアルを感じとる。

 戦時下と、感染症下が似ているなどと短絡的な事を言うつもりは少しもない。しかし、外に出るのは危ないといわれても、だって生きるためには、と仕事を選ぶ人々、生きるためには死んでも仕方ない、ということではなかろうが、あの頃の日本人の感覚に近いものを、今こそ、皮膚感覚としてとらえられないだろうかと思うのだ。高見順の別の日の日記。

 

避難の話になった。もうこうなったら避難すべき時だということはわかっているのだが、誰もしかし逃げる気がしない。億劫でありまた破れかぶれだ。「仕方がない。死ぬんだな」

 

 考えることに、億劫になってはならない。

 

 

次回予告 「銘々のテーブル」についての評、から色々。