4. 実習生活について


4.1. 宿舎

 

 実習期間中に使わせていただいた宿舎は、中国人留学生や職員が集まって暮らすワンルームマンションだった。前回の実習生が使用したマンションとは別のものだそうだ。大学から一五分ほどバスに乗り、五分ぐらい歩いたところにあるので、通勤にはまあまあ便利な距離である。全体的に新しく清潔で、不満な点はなかった。


 ロビーはオートロックで廊下には防犯カメラが設置され、自室ドアやベランダ、クローゼットなどは施錠できるようになっていた。このため、セキュリティに関しては不安を感じたことはなかった。

 

 部屋にはダブルサイズのベッド(枕・シーツ・ブランケット有)、クローゼット二つ、机二つ、鏡台、ハンガーラック、エアコンなどの家具があり、一人暮らしには十分な家具であったため、自分で買い足したのは洗濯用ロープと洗濯バサミぐらいであった。ただし、冷蔵庫がないため生鮮食品の買いだめはできず、水も毎日一本ペットボトルを買っていた。


 バスルームは洗面台とトイレとシャワーが一つにまとめられたタイプで、バスタブはなかった。シャワーカーテンがなかったのだが、そもそもカーテンを設置できるような造りになっていなかったので購入しなかった。また、給湯設備がないため蛇口からもシャワーからも常温の水しか出なかったが、タイの気温を考えれば問題ないと思う。

 

 上にあげた以外に必要な家具は共用になっていた。テレビやアイロンは一階の部屋にまとめて用意してあった(もっとも、私は一日中出歩いていたのでテレビは学食で見るぐらいだった)。洗濯機は一回三〇Bで 家庭用の全自動洗濯機仕様のものが使えたが、洗剤は個人で用意することになっていた。ただ、洗濯以外の家事は一切することがなかった。というのも、マンション全体が調理禁止で設備もないので自炊はできず、掃除は管理しているおばさんがしてくれ、ゴミは廊下にまとめておけば片付けてくれるからである。

 

 宿舎については日本での一人暮らしとほとんど遜色なく、快適に過ごすことができた。ちなみに、噛み付いてくる赤アリやトカゲが毎日出現したが、これはバンコク暮らしでは当たり前のことだそうである。


4.2. 日常生活

 

 宿舎のある地域は、留学生以外の外国人がいないローカル度の高いエリアだった。路地を抜けてバスが通る幹線道路まで続く道に出ると、八百屋や雑貨屋、薬局や美容院が並び、朝夕のラッシュ時にはモトサイ(バイクタクシー)やタクシーが列をなし、ご飯時には二〇〇メートルもない通り沿いに何十件もある食堂から湯気が立ち上るという、生活感溢れる町である。最初の二週間は授業の準備があり遠出できなかったため、買い物も食事もこの通りで済ませていた。


4.2.1. 食事

 

 先にも述べたが、宿舎には冷蔵庫がなく自炊もできないため食事はすべて外食だった。中心街を散策していた三週目には数回レストランに入ったこともあったが、たいていは地元の屋台食堂か学食で済ませた。

 

 地元にある食堂は、キッチンが屋台で机と椅子はガレージや道に並べてあるというかたちの屋台食堂だった。店によってジャンルが決まっていて、親切な店は壁に写真が貼ってあったりするが、基本的にタイ文字の壁メニューしかないため何が出てくるかはギャンブルである。麺類やご飯におかずを盛り付けたものなどで二五B~三〇B程度で食べられる。

 

 学食はキャンパス内に二ヵ所あり、一ヵ所はタイ料理とムスリム用料理、寿司もどきがあり、もう一ヵ所は洋食と麺類があるという具合にジャンルによって分かれていた。私はタイ料理の学食でいつも食事をしていた。注文方法は、並んでいるおかずを選んでご飯に盛り付けてもらうやり方で、ご飯+おかず二品で三五B、それにデザートと水を一本買っても六〇Bを超えない。清算は現金をチャージしたカードで済ませるので非常に楽である。

 

 タイの水道水は飲むことができないので、水は毎日コンビニエンスストアで買っていた。宿舎の一階に水の販売機があるが、一リットル単位なので利用しなかった。

 

 私個人は、食べられなかったタイ料理はなく食事に関しては大満足だった。だが、すべてに香辛料が入っているため、たいていの人が二、三日は香辛料の取りすぎでお腹を下すと思う。


4.2.2. 買い物

 

 買い物をするにはまずお金が必要である。私はすべて日本円の現金で持って行ったので、空港で両替したお金がなくなったらどうしようか不安に思っていたが、大学の敷地内にアユタヤ銀行の支店があったためそこで両替をすることができた。この支店は土曜も昼過ぎまで営業していて助かった。日本円はバンコクの銀行どこでも両替できるため、とても便利である。

 

 身の回りで必要なものに関しては、地元の雑貨屋やセブンイレブンで一日目にそろえることができてしまった。こういった地元の商店では文単位の英語になると通じなかったが、買い物に必要なタイ語を覚えていけば困ることはないと思う。

 

 一方、中心街のデパートに入っている店舗はマクドナルドなどのファーストフード店も含めて英語が通じるため、タイ語が通じなくても安心である。

 

 その他サービスも充実している。バンコクは在留外国人が多い都市のため、英語が通じる薬剤師が常駐しているドラッグストアや観光客専門のツアーリストポリス、日本語で診察を受けられる病院などがあり、万一の時は助かると思う。


4.2.3. 生活費

 

 日本を発つ時に早まって成田空港で両替をして、二〇〇〇〇円を五五〇〇Bにしてしまった。それでも、もし観光せずに必要なことにだけお金を使っていたならば、その五五〇〇Bで二四日間生活できただろう。それぐらいタイの物価は安い。タイでのレートは一B=三・一円だったので、約三〇〇〇円で一〇〇〇Bの計算になるが、実際には一〇〇〇B札が一〇〇〇〇円札と同じ価値があるような印象を受けた。

 

 三週目以降がOFFだったので、観光をしたりおみやげを買ったりして大分出費があったが、それでも二四日間で使ったお金は一〇〇〇〇〇円に満たない。これは宿舎にまったくお金がかかっていないことが大きいと思われる。ちなみに大学内にあるホテルに宿泊することもできたそうだが、こちらは一泊九〇〇Bほどかかるそうである。

 

 とにかく生活にかかるお金はとても安い。主なものを以下に記しておく。


〈交通〉


バス (エアコンなし):一律八・五B  地下鉄:一四B~  
    (エアコンあり・距離制):大学まで一二B  BTS(高架鉄道):一〇B~

メータータクシー(約二〇分):五〇B  バイクタクシー(大学まで):四〇B


〈飲食〉


水 五〇〇ml:七B   マクドナルドのセットメニュー:八五B

コーラ 五〇〇ml:一八B   日本料理の定食(レストラン):三〇〇B

バミー(ラーメン):二五B  アイスラテ(コーヒースタンド):二〇B~  カップラーメン:一三B


〈雑貨〉


洗剤 五〇g::一〇B  洗濯バサミ 一八個:一〇B  洗濯ロープ:一〇B  湿布:一二B


5.おわりに


 今回、私自身はじめての海外旅行・はじめての一人暮らしということもあり、タイでの生活は全く予想のつかないものであった。しかし、実際に行ってみればそこではタイ人が毎日普通に暮らしているわけで、そこで日本人だからと言って私が特別困ることは何も起こりはしないのである。二四日間も暮していれば、外国で生活しているという“特別感”すらなくなった。


 一方、授業に関しては少し苦労した。ほかの実習生とは違い、単発的にしかボランティアに参加したことがなく圧倒的に経験不足の私は、一回目の授業をするまでは緊張とプレッシャーで押しつぶされそうだった。しかし、学生としての今までの経験と少ない知識を頼りに教案を考えて、一四時間教壇に立つうちに少しずつ気持が変化していった。できないなりにどうにかするという気合いと、自分の力量以上のことはできないという開き直り(もちろん建設的な意味で)が生まれた。


 たった三週間で、私の教師としての技量が上がったかといえば、それはさほどでもない。現地で毎日授業をしている先生方に比べれば、まだまだ使えないレベルだと思う。ただ、海外で暮らす体験を通して、外国で暮らすガイジンという立場、言葉が通じない状態を経験することができた。また、アルバイトもサークルも家事もせずに、二週間ひたすら授業のことだけを考えられるという、二度とない貴重な時間を過ごすことができた。


 この二四日間で感じたことや吸収したことは、日本であるいは海外で奮闘している学習者のためにきっと役立つと信じて、さらに教師として成長していこうと思った実習だった。


3. 授業


3.1. 担当授業の概要

 

 スウォンドゥシット大の授業は一コマ一二〇分で進められている。日本語の授業は第二外国語として選択できる授業である。なお、授業は大学オリジナルの教科書を用いて行われている。

 

 二週間の実習中で、私は合計七コマの授業を担当させてもらった。内訳は、二年生の「形容詞の導入」が二コマ、三年生対象の「普通形の導入」が五コマである。なお、授業は私一人で進め、その間先生は教室の後ろで授業を見ていてくださり、授業が終わってからフィードバックがあるというかたちで行われた。


3.2. 教科書

 

 授業で使用したのは、スウォンドゥシット大製作の『日本語ニ』『日本語四』である。二つとも、構造シラバス中心で機能シラバスも考慮された構成になっている。例えば、『日本語ニ』では「だい九か けいようし」「だい一〇か けいようしのpast tense」という課もあれば、「だい八か Nが ほしいです/…たいです。…たくないです。」のように機能シラバスを考慮した課もある。


3.2. 授業記録


3.2.1. 『日本語ニ』授業記録


①日時 八月一三日(水)八:三〇~一〇:三〇/一三:〇〇~一五:〇〇 

②対象学生 二年生 A1クラス/E1クラス 各クラス二〇名程度

③教案 (略)  

④所感  


 学習項目は「形容詞の導入」、新しい品詞の導入ということでプレッシャーと責任を感じた。学生が使っている教科書には簡単な文法解説や例文のタイ語訳がついているため、学習内容は理解している様子だった。

 

 ただ、授業の時間のコントロールがうまくいかなかったと反省した。学生が本当に知りたいところとそうでないところのメリハリをつけて、飽きさせないようにしたかったのだが、既習の語彙が定着していないことが気になってだらだら絵カードを使ってしまったりすることがあった。また、A1クラスには知的障がいを持つ学生が参加しており、ワークなどをやらせるとどうしても時間差ができてしまった。遅れるものとして割り切るのか、何か特別配慮をすべきなのか立場を固めないままに授業をすることになってしまったのが一番悪かったと思う。
 

 その授業で一番覚えてほしいことは何で、どんなことをできるようになってほしいか、ということを自分の中で確立していかないと、授業がスムーズに流れていかないことがわかった。


3.2.2. 『日本語四』授業記録


①日時 八月六日(水)九:三〇~一一:三〇

    一一日(月)九:〇〇~一一:〇〇/一四:三〇~一六:三〇

    一五日(金)九:〇〇~一一:〇〇/一一:三〇~一三:三〇          

②対象学生   三年生 G1クラス(一五名)

        三年生 A1クラス/B1クラス(二〇名程度)

        三年生 C1・D1クラス/E1・F1クラス(三〇名程度)

③教案 (略)

④所感

 

 ていねい形をふつう形にするためには、ない形・た形・辞書形・なかった形が定着している必要がある。なぜなら、四つの形それぞれが、ふつう形の肯定現在・肯定過去・否定現在・否定過去に対応するからである。

 

 今回同じ授業を五クラスに対して行ったが、どのクラスも既習の三つの形は定着していた。このような場合では復習はさらっと済ませて、上記の四つの形をそれぞれの時制に適応させる練習をたくさんすべきだったのだが、教案に沿って授業をすることに執着しすぎて復習に時間を割きすぎてしまい、そのことを先生方に指摘されてしまった。

 

 授業中は日本語と媒介言語として英語を使用したことについて、「日本語で理解していないようなら、積極的に使った方がいい」と言っていただいた。もし今回の授業をすべて日本語で行ったら、ふつう形が使える状況の説明などで苦労することが予想されたので、この授業では積極的に用いた。日本ではあたかも直接法が最上の方法のように教えられてきた(少なくとも他の教授法より格段に取り上げられる)覚えがあるが、もっと柔軟に媒介言語をとりいれてもいいのではないかと思った。


3.2.3. スピーキングテスト


①日時 八月七日(木)九:三〇~一八:〇〇

②対象学生 二年生 D1クラス 二八名(女性二三名・男性五名)

③テスト内容


(1)カタカナの読み

 

 カタカナで書かれている五つの語を読ませる。三〇種程度の問題からランダムに出題する。いずれの問題にも、必ず濁音・半濁音・長母音・拗音のどれかが含まれている。語は二文字から七文字まで。バス、アイスクリームなど。


(2)応答

  

 あらかじめ学生に知らされている一〇の質疑応答文の中からランダムに四つを選び質問し、応答させる。質問は一回まで聞きなおすことができる。


質問 ・あした、なにをしますか。 ・きのうのよる、なにをしましたか。

    ・今、なにがいちばんほしいですか。 ・けっこんしたいですか。 など


(3)あいさつ


  オフィス入室時に「失礼します。」テスト終了時に「ありがとうございました。」の両法が言えたら、特別点が与えられる。


④所感


 私が試験官を担当したD1というクラスは最も成績の悪いクラスだそうである。しかし、全員の点数が低いわけではなく、よくできる学生と全くできない学生が二極化しているという印象を受けた。


 カタカナの読みテストでは、間違いには一定のパターンがあると感じた。たとえば、定期テストが平均点以下レベルの学生になると、ほとんどが促音を理解していない様に見えた。ただ、同じ拍の概念を必要とする長音は理解できていたのになぜ、と思った。


 また、偏見とらえかねられないが、ガムを噛みながらテストを受けるなど学習態度の悪い学生は点数が極端に低い傾向にあると思った。日本でも「やる気のある学習者ばかりではない」という話をよく聞かされてきたが、そのあたりの現実を実感した経験であった。


◇祝・単位獲得 課題レポート◇


 以下は単位申請用に書いたレポート。指導案や大学についての記述で枚数を稼ごうという魂胆が見えます。


◇ラジャパット・スウォンドゥシット大学 日本語実習レポート◇


1. はじめに

 

 二〇〇八年八月二日から二五日までの二四日間、私はタイ王国のラジャパット・スウォンドゥシット大学で日本語教育実習を行った。以下は、その実習についてのレポートである。


2.1. 実習大学について


2.1.1. 大学の様子

 

 スウォンドゥシット大は、バンコク郊外に位置する元教育大学の総合大学である。周囲には国王一家や王族のすむ宮殿、動物園や庭園などがあり、閑静で治安的にも安定した地域である。中心街から離れているため、学生のほとんどはバスで通学しているようだった。  

 

 総合大学といっても日本のそれとは学部構成が異なる様であった。学内でよく見かけたのはエアライン学科や観光学科、食品学科(調理師)の学生で、日本の総合大学のような文学部、理学部といった学部があるかは不明である。

 

 校舎は一様に新しく、エアコン、エレベーターやホワイトボードなどの基本的な校舎・教室の設備は日本に比べても劣るところはない。福利施設についても同様で、実習をしていく上で特に困ったことはなかった。ただ、オフィスにも福利施設にもコンビニエンスストアにもコピー機が設置されていないため、プリントを作る際は学内に一か所しかない印刷所に頼まなければならなかった。学生も同じ印刷所でレポート印刷などをするため混雑しているが、一〇〇枚程度であれば三〇分以内に用意ができるのでそれほど不便は感じなかった。


2.2. 学科の様子


2.2.1. オフィス
 
 スウォンドゥシット大には日本語専攻にあたる科がないため、私は学生が第二外国語として選択する日本語の授業を担当するセクションにお世話になった。

 

 オフィスには日本人教師3名とタイ人教師2名が所属しており、タイ語が堪能な日本語教師に関しては一人で、タイ語がまだ完全ではない教師の初級クラス授業はタイ人教師とティームティーチングで授業を行っていた。

 

 教師一人につき一つの机とパソコンが割り当てられており、期間中は私も一つ机を頂いてそこで業務を行った。パソコンについては六台中すべてが日本語フォントに対応しており、五台がインターネット接続可能となっていた。日曜の朝にメンテナンスでインターネットが使えなくなる以外は、接続状況は安定していて日本と同レベルでパソコンを使用できた。

 

 教材は愛教のリソースルームとまではいかないが、本棚一台分程度の教科書・教師向け参考書が揃っていた。日本の教材研究で取り上げたような定番から、タイ人観光ガイド・ホテルマン向けに作られた教科書まであり、スウォンドゥシット大の学生のニーズに応えられるものになっていた。教具も豊富で、アルクなどから出ているセット教材、絵カード、漢字カードや将棋、時計盤などが用意されていた。

 ただ、現在開講されている授業ではスウォンドゥシット大学オリジナルの教科書を用いているため、実際に私が使ったのはそちらの教科書と絵カードである。


2.2.2. 学生

 

 学生は第二外国語として日本語の授業を受講している。一つの専攻の学生だけで構成されているクラスもあれば、二つ三つの専攻の学生が混在しているクラスもあった。受講届を出す際に専攻を登録する習慣がなく、クラス分け自体も日本語セクションではなく大学が行うため、誰がどの専攻なのかは先生方もわからないそうである。

 

 こういった事情から学生のモチベーションや日本語の熟達度はクラス内でも様々だったが、日本人の大学生が教える珍しさもあってか、授業ではきちんと話に耳を傾け、積極に声を出してくれたため、全体としては礼儀正しい学生という印象を受けた。

 

 私が担当した授業にはエアライン学科、観光学科、食品学科の学生が登録していたようで、これらの学科の性質上八割が女子学生だった。定期試験明けの時期だったので、登録上は各クラス三〇人程度(多いクラスは五〇人)在籍していても、出席してくるのは七割~六割程度の人数だった。担当した二つの講座はそれぞれ二年生・三年生が受講する授業だったが、四・五・六年生の姿もちらほら見受けられたので、年齢的には二〇歳~二四歳までの学生に教えたことになると思われる。彼らは自由科目として受講しているわけではなく、前学期に単位を落とした再履修生である。日本語は他の外国語科目に比べて成績評価にシビアなため、このような学生が多いそうである。


◇提出エッセイ◇


 

 単位認定に必要なレポートの他に、日本語教育コースのホームページに掲載する体験談として次のエッセイも提出しました。

ずっと放置していて、期限の前日になってレポートと一緒に勢いで書いた思い出。

タイ愛が溢れてます。

 

◇二四日間バンコク一人暮らし◇


 「TOYOTA」、「DENSO」、「brother」。スワンナプーム国際空港(新バンコク国際空港)からアパートに向う高速道路沿いには日本企業の看板が立ち並び、それはJR刈谷駅前とさして代わり映えのしない風景だった。今年の夏私が日本語教育実習に訪れたバンコクは、想像以上の大都会であった。


私の実習は、八月二日から二五日までの二四日間というプランだった。滞在中は、中国人留学生や職員が集まって暮らしているワンルームマンションで暮らした。宿舎のある地域は、八百屋や雑貨屋、薬局や美容院が並び、朝夕のラッシュ時にはモトサイ(バイクタクシー)やタクシーが列をなし、ご飯時には二〇〇メートルもない通り沿いに何十軒もある食堂から湯気が立ち上るという、生活感溢れる町である。

 

 マンションに出入りするには、必ずロビーでカードキーを使わなければならない。部屋までの廊下や階段には防犯カメラが取り付けられており、セキュリティは日本並みで、安心して一人暮らしをすることができた。バスルームにはバスタブ・シャワーカーテンは無くお湯も出なかったが、個人的には不便を感じなかった。

マンションの住人とは残念ながら交流がなかったが、それでも、何故か平日限定・朝の六時まで繰り広げられるドンチャン騒ぎや、サービス精神ほとばしるおばさんによる部屋の掃除(ちなみに頼んではいない)から、タイ人の生活や人柄を垣間見ることができた。

 

 マンションから大学までの交通手段はバスである。マンションから五分ほど歩いたところにある「バス停」と名づけられた人だかりから教わった番号のバスに乗り、東南アジア三大河川の一つ・チャオプラヤ川を渡るルートで通った。


さて、今回私がお世話になったのは、ラジャパット・スウォンドゥシット大学の日本語セクションである。

愛教大より少し狭いキャンパスには、新しくてきれいな校舎が並んでいる。学内には二箇所の学食はもちろん、ベーカリー、購買部、屋外の売店やコーヒースタンド、お菓子屋さんにフィットネスセンターなどの様々な施設があり、このあたりは愛教大の完敗である。特に学食はメニューも多く、おかずからカレー・麺類・デザートを含めてタイの家庭料理は大抵網羅できた。朝ごはんもあるし、ご飯とおかず二品のセットで三五バーツと価格が安く、テイクアウトもできるので、部屋に冷蔵庫がなく自炊のできない私にとっては非常に便利であった。


そういえば、先ほど私の所属オフィスを「日本語科」ではなく「日本語セクション」と紹介した。というのもスウォンドゥシットには日本語専攻がなく、日本語セクションは第二外国語授業としての日本語を担当するオフィスだからだ。オフィスには日本人の先生三人とタイ人の先生二人がいらっしゃり、授業の相談はもちろん、食事に連れて行っていただいたり、現地情報を教えていただいたりと、とてもお世話になった。特にP先生は最も親しく付き合ってもらったタイ人の一人である。聞いた話によると、飛行機にすら乗ったことがない私が無事にタイに来られるのか、そして一人で三〇分ほどの道のりを大学まで通勤できるのかずっと心配してくださっていたらしく、そのときはタイ人の素直で優しい人柄を感じたものである。

 

 実習そのものは、一コマ二時間をそっくり任されるというなんとも大胆なものであった。担当した授業の内容自体は二種類だったが、それを七コマ任せていただいたので一四時間は教壇に立っていたことになる。

 

 タイの学生については、日本とあまり変わらないという印象を持った。皆それぞれおしゃれを楽しみ、夜には遊びに繰り出し、週末は街に買い物に行き、テスト前になって急に慌てだすところまで、そっくりである。ただ、タイの大学生は制服着用が原則のため、見た目は大学生というより日本の高校生に近いものがあった。


日本の大学生である私が授業をするということで、学生たちは普段よりも積極的に授業に参加していたと先生はおっしゃってくださった。しかし、ここはやはり第二外国語の授業、やる気のある学生とそうでない学生の温度差は激しかった。悲しいかな、この点も日本の大学生とよく似ている。教壇実習以外にスピーキングテストの試験官も経験させていただいたのだが、意欲の差はそのとき特に感じたことである。高校から日本語を勉強している学生、「やだ~わかんな~い」というようなことを言いながらも一〇〇点を取るオカマちゃんから、習ったはずのカタカナが読めない学生、タバコの臭いをさせてテストを受けに来る女子学生(タイでは女性の喫煙はご法度である)まで様々で、必ずしも全ての日本語学習者がやる気に満ちているわけではないということを実感した。


やる気のない学生はスタッフルームには来ないし、やる気のある学生は私のことを「先生」として扱ってくれるため、スウォンドゥシットの学生と親しくなることはなかったが、隣接するラチャパット・スアンスナンダ大学で日本語を専攻している学生たちとは一緒に観光する機会があり、辞書を片手に一生懸命日本語を話そうとする姿を見て自分の学生生活を少々反省したりもした。


他の実習生とは異なって私の実習は約三週間のうち頭の二週間に集中していたため、三週目以降は完全OFF。「燃油サーチャージ払ってまで来たんだから、勉強だけして帰るなんてもったいない」という先生方のありがたいお言葉に従って、「世界の車窓から」ばりに国鉄でアユタヤに旅行したり、マーケットでよくわからない肉を食べたり、転んで知らないお兄さんにマキロンを塗ってもらったり、髪を切っては日本人の先生に「私、タイ人にカットしてもらったことないわ」と驚かれたり、とにかく一日中街をぶらぶらして過ごした。


こうして、私のタイ暮らしはあっという間に過ぎていった。日本では三分電車が遅れればイライラする私も、時刻表が無い国で暮らしている内に「マイペンライ」でやり過ごせるようになった。「日本に戻るなんて、わざわざストレスを溜めに行くようなものだ」と言い放って周りに笑われ、「住んだらいいじゃん」と返されるまでになった。

そんなわけで、私にとってタイはいつか、とはいわず近いうちに帰りたい国である。


◇八月一一日◇

 

 明日は祝日「母の日」ワン・メイ



 コーヒー 三〇バーツ ポテチ 二〇バーツ バス 一七バーツ パン 二〇バーツ

 夕飯 二五バーツ

 計 一一二バーツ=四〇三円



〈今日食べたもの〉

 水(SHINGHA Dusita) アイスラテ

 昼 米、ブロッコリーパッグンソ、トムガーカイ(白いカレー わりと辛い)

 デザート 黒い寒天+緑の何か+グリーンココナツミルク

 おやつ 肉まんぽいパン、カフェラテ

 夜 バミー(+外が赤い肉、チンゲン菜)

 おやつ LAU HOT CHILI SQUID


◇八月一二日 ワン・メー◇


 バス 一七バーツ ジュース×五=六〇バーツ

 まんじゅう 八バーツ ライチパイ 一四バーツ サンカヤパン 六バーツ

 水 九バーツ ラーメン 二五バーツ カラムーチョ タダ

 水 七バーツ のり 三九バーツ

 計 百八五バーツ=六六六バーツ


 昼間ちょっと食べすぎた。サンカヤトーストおいしい。何故かカラムーチョがタダに・・・

 今日も同じラーメン屋。でもとなりにおかゆの店があったから、明日はそっちにしよう。

 どうも今日はそうじ+シーツ・枕をとりかえてくれたみたいだ。丁度一〇日ペースなのかな?


 朝 トムヤムクンラーメン+トマトジュース

 昼 サンカヤトースト、オレンジまん・・・

 おやつ ライチパイ、パッションフルーツジュース、カラムーチョ、のり

 夜 ラーメン


◇八月一三日◇


 バス 八・五×三=二五・五バーツ コーヒー 三〇バーツ

 サンカヤートースト 一三バーツ カード 五〇バーツ

 センレック 二五バーツ 豚串 四バーツ

 計 百四七バーツ=五三〇円


 今日は八時半から授業なので六時おき。七時出発。

 バスの中でお腹が痛くなって、途中下車。セブンイレブンでトイレ借りる。タイ式トイレはいい。バスが拾えず大変。

 一コマ目授業はホワイトボードがスクリーンでふさがっていて、すごいやり辛い。生徒もおとなしい。でも、最後おかしをくれた。

 二コマ目はすごくいいクラス。エアライン科。頭もいいし、ノリもいい。最後写真を撮った。

 コーヒーとサンカヤートーストでひと息。やきたてはおいしい。

 来週月曜日、MKスキに連れていってもらう。一二時半? 夜は、おかゆにしようと思ったけど屋台がなかったので、セブンイレブン向かいの米麺屋にした。センレックはおいしい。

 帰って来て洗濯しようと思ったけど十バーツコインがないことに気づく。明日作って洗濯。


 朝 トマトジュース(一二バーツかいおき) カロリーメイト半分

 昼 カオマンガイ+スープ+とうもろこし・タピオカ 一〇バーツ

 おやつ カフェラテ(三〇バーツ)、サンカヤートースト(一三バーツ)

  おばちゃんがヒーターで焼いてくれる。バターをぬってまた焼き、サンカヤーをぬって、八等分にして袋に入れてもらい、竹串で食べる。

 夜・おやつ 屋台の豚串(四バーツ)、センレック(二五バーツ)


◇八月一四日◇


 バス 一五・五バーツ カード 百五〇バーツ コーヒー 三〇バーツ

 ポテチ 一〇バーツ ホールズ 六バーツ

 計 二一〇バーツ=七六〇円


 朝 米、あげ豚、豚角煮、黒ゼリー

 昼 米、あげ鶏、キュウリ、スープ、三角シロップづけモチ

 夜 いんげんきぬさやぶた炒め 米

 おやつ コーヒー ポテチ


 朝はよくわからないミニバス(橋の手前でおろされた)とタダバス。

 朝ごはんのがんものせいで服ビタビタになる。


◇八月一五日◇

 

 バス 八・五×三=二五・五バーツ

〈センターワン〉

 ポロ 二八〇バーツ マック 七一バーツ シャンプー 一〇五バーツ 

ボディソープ 百三五バーツ


実習終了。ほっとしたー・・・


買い物に行く。けっこう買ったな~。ポロシャツは少し高いのかな?


でも一〇〇〇円しかないし。コットン一〇〇%だし・・・気にいったのでよし。

 めっちゃ雨降ってるけど、明日大丈夫だよな?


◇八月一六日◇


〈ウィークエンドマーケット〉

 サンダル 二五〇バーツ パーカー 三〇〇バーツ 

バック 二二〇バーツ(↑三〇〇バーツ)

 ブレスレット シルバー 五〇バーツ×二+石 三〇バーツ

        ビーズ 八九バーツ

 グァバジュース 二〇バーツ コーヒー 二五バーツ 

バス 八・五×二=一七バーツ カップめん 一三バーツ コーヒー 二四バーツ

 計 一九一〇バーツ=三九〇〇円


 朝六時におきて、ウィークエンドマーケットへ。二八バスで行く。

 八時過ぎに着いた時は、半分くらいしか開店しておらず、その半分も準備中。結構かっこいい部屋が多い。

 本当にタイは音と臭い(匂い?)がすごい。
 疲れた頃に丁度飲み物屋がある。こういう時にタイのコーヒーは本当においしい。

 日本人には一回しか遭遇しなかった。しかも関西人。しばらく日本語に気づかなかた。

 怒りながら歩いているオカマを見た。
 グァバジュース屋、なんかハイテク。でも保存はローテク。
 オカマその二に「見るだけどうぞ」って言われた。
 

 アユタヤ銀行で両替。二〇〇〇〇↓六〇〇八バーツ。レートいい。

 何とかマンションに行く。明日は九時に変更。

 バスでまた膝ぶつけた。汚れをはらってたら席をゆずってもらって、消毒までしてもらった。

 モトサイ失敗。まぁでも一瞬乗った。



◇八月一七日◇

 

 アートたちと遊びに行く日。

 九時過ぎにディックとアーフが来る。アーフは日本語がわからない。

 二人とサイアムパラゴンにくる。

 一瞬アート合流するも、イベントで別れる。ジュース、ナーム、ディックと行動。

 タクシーでワット・ポーへ。でもマッサージやってない。

 ワット・プラケオは、タイ人用門で突撃するが、断られる。

 その後正門から入るが、三人とも入れない。

 ディックと二人でタイ人のふりして入る。暑い「ローンナ」といいつつ。

その後、川ぞいの店でパッタイと豚肉サラダを食べる。チュラ大で休憩。

サイアムに戻ってセントラル・ワールドのバスキンロビンズ、ナラヤ。

 公園でナム・ギョンが合流し、カオサン近くでキアオ(ワンタン)を食べる。

 カオサンをひやかしてから、アートにおくってもらう。


 行きのバス 一二バーツ カメラ 六〇〇バーツ! 昼 パッタイ 四〇バーツ

 ナラヤ 五〇〇バーツ バス 一六バーツ タクシー 二〇バーツ 

キアオ 二五バーツ

 計 一二一〇バーツ


 朝 カロリーメイト 水

 昼 パッタイ 豚サラダ タイコーヒー

 おやつ バスキンロビンズ アイス

夜 ギアオ+焼豚スープ

 

◇八月一九日◇


明日の予定〉

 大学↓寺(大理石寺院)↓国立博物館↓MBK↓サラデーン(ジム・トンプソン)↓帰宅


◇八月二三日◇


 アユタヤ 電車 最終 一九時一二分  バス 一九時

 アユタヤ駅↓ワット・ヤイ・チャイ・モンコン↓アユタヤ・エレファント・ライド↓徒歩