通風、それは人類に残された最後のフロンティア!
これも、わが人生の記録として残しておこう。
一昨日までは、それではないと言い張った私は宣言する。
これは通風だと!
人とは愚かなもので、がけっぷちに追い詰められるまで、認めようとはしない。
2日間のいつもの激痛は、懐かしくあり、痛みがひくことを心待ちにする
切望する、その姿勢も幾度となく繰り返されてきた思い出深いものである。
激痛による筋肉萎縮もさることながら、筋の沿った激痛が走っている感も
昔と同じ!おこしてくれてありがとう、また見失ってたよ!
やっとこさ、動かない時の痛みがなくなった。
ふ~~~!スコットコッスのピアノを聴きながら
やれやれと頭をたれた。
私というものは、愚かなるも悲しい人間である。
今こうやって摂生生活が送れるのに、のどもと過ぎればを、繰り返す。
大量に柿の茶を飲む私の姿をみてスティーヴィーが妙な顔をしている。
ごめんね!スティーヴィー心配かけて!
なんとしてでも、彼より先に死ぬわけにはいかない。
彼が15歳まで生きるとすれば、私は67まで生きらなくてはならない。
なんとしても、彼が年を取って突然外にほおり出されるのを避けたい。
ふらり、ふらふら!
今日の昼、何かを残そうと必死に記録していたが、
突然スティーヴィーがPCの電源を切った。
ああ!私のあせりの心がプチンと切れた。
それでも猫正座して、丸い瞳で私を見るスティーヴィー!
S「あせったって!なにもうまれないよ!」
あ~~あ!そうかぁ!
ごろんっと寝転んだ。
何のための焦りと義務感なんだろう?
やっぱり病気は人生において時間の無駄だね!
普通じゃない、贅沢病と呼ばれる通風には同情はない。
結局、飲み過ぎじゃないの?病なのだ。
その中で、体と精神のなかで仕事の都合と激痛が行き来する。
ダイレクトな肉体的苦痛と精神力がせめぎ合う世界!
せっかく時間があるというのに.................
若い頃には感じなかった自分の存在の確認!
時間もあったし、関心ごとも年齢のタイミングに合わせてあった。
でも、そこまで深刻に考える合理的人生設計も持ち合わせていなかった。
ここ、これからが、大切なのかもしれない。
2013年7月24日発症
20日よりかかとの違和感があり、それをどうにか次の日乗り越えたのだが
23日に労働の無理がたたり、翌日の仕事中に完全発症!
いまにいたる。
23日より飲酒は避け、しかし24、5日の食事がまずかったせいか
発病を抑えることはできなかった。
しばらくの間ウサギになあれ!
明日ライブジャン!ふえ~~~~~~!