生前の両親のお付き合いの中で、まだ母の逝去を知らせてない方がいる。


この方は父の逝去の時も私からは連絡できず、父の現役時代のネットワークから父の葬儀の情報を聞きつけて告別式に駆けつけてくれた。


私はよくわからないが、どうやら親戚筋であるらしい。


私の父が仕事の口ききをし、そのよしみもあり私の両親が仲人を務めたらしい。


母がそれを機に留袖を作った。


その方のお婆様は一年に数回、私の祖母を訪問していた。私も可愛がってもらった。


幼い頃父に連れられて夏その方の実家にお邪魔した事もある。



とにかく親戚筋ではあるらしいので、なんとかお知らせをせねばと父の葬儀の時の芳名帳を引っ張り出して確認したが、連絡先を記入されてない。


そのまま、今日までこの件については手付かずでいた。


昨日、ふと、自室のカラーボックスのすみを見たらハガキの箱が何箱かあった。


実家を手放す時、個人情報が含まれている可能性があったらいけない。と、中身も見ずに引き上げてそのままそこに置いておいたものだ。



父や母の生前の交友とかを偲ばせるものだと思うと見たくもあり、見たくもなし。


案の定、手が止まった。


年賀状やいただいた手紙


ああ、この頃は二人とも元気だったんだな。


もう一箱は書き損じて投函しなかったり、余らせてしまった年賀状。


私がまだ幼い頃、父が炬燵でタバコをふかしながら大量の年賀状の宛名書きをしていた姿を思い出した。


当時は年賀状の文面は出入りの印刷屋さんに依頼していたことを思い出した。


父がなくなる前の年は急にどうしても年賀状を書くと言い出したので、30枚ほど宛名面を印刷して父に渡したら、すごく喜んで「こりゃ、ずく子、お前、印刷屋になれるぞ。」と目を細めて褒めちぎってくれた。


そんな事を思い出して出されなかった年賀状を見比べていて思いついた。


父母の思い出に現物を残しておきたい気もするがそれは物理的に残しておいても意味がないことのように思う。


私の記憶にあればいいのだと。


とりあえず、跡形もなく廃棄することができなかったので、振り返ってみることはなかろうが画像として残しておこう。


私には分類や統計をとりたがる癖がある。

暇だから。


1990年のもの。

多分印刷屋さんに頼んでいる。




2000年代になると自分でワープロで印刷している。

印刷ミスや微かに外枠のあとが残っている。これも年度が上がるに従って熟練してくる。





多分ここが切れ目


印刷屋さんへ↓発注 1995年




自分で父が作り始めた ↓1996年

(後年試し刷りをして画像が重なってしまっているので見にくい。)





現存する最後の作品↓




父ちゃん、腕をあげたじゃないか!


また、私の知らない、生前の父の生活を垣間見ることができた気がする。



話が逸れてしまったが

件の親戚らしき方の住所、発見しました。


これからお手紙をしたためようと思います。