昨日の義母の実家のお墓参りの後、最寄りのファミレスで食事をすることになった。

義母の実家からは義母の亡くなった弟の奥さん(夫から見たらおばさん)御年、90歳。彼女の娘2人、アラカン。

こちらはずく夫婦に義母、そして介護要員、義姉。


今日はこの義母の義妹であるおばちゃまの事。


おばちゃまは90歳でマンションにひとりで今も暮らしている。介護申請もしていない。お嬢さんが入れ替わり毎日訪問して身の回りの世話やランチを目標に5千歩のウォーキングやお買い物に連れ出しているらしい。ただ、さすがにこのところ認知に翳りが出てきたらしい。


炊事は全くしなくなった。能動的に何かしようとすることがない。お嬢さんたちが編み物でもするように提案するとちゃんとできるのだが、逆に止まらなくて、腰痛を起こすまで座って編み続ける。短期記憶は壊滅的。また変化した環境も理解できなくてこの春フルタイムの仕事を退職した下のお嬢さんがまだハードワークのビジネスパーソンだと思い続けている。

耳も遠く、昨日のようなファミレスのような空間だと補聴器も全く役に立たない。

私たちアラカン娘(!)のマシンガントークなんぞは当然全くフォローできないでぼーっとしてしまう。


が、たまに


「ずくちゃん、その指輪、キラキラ光ってとても素敵ね。」とか

「ずくちゃんのそのマスク色も形もいいわ。とっても似合ってる。」と、褒めてくださる。


娘さんたちによると、昔から必ずその人その人のいいところを褒めるようにする。と、いうのがおばちゃまの信条だったらしい。毎日代わる代わる訪問する実の娘さんたちもからなず褒めてくれるそうだ。


そんなお話しを聞いていると、

おばちゃまがトイレに行ってくる。と、言って席を立った。スパルタ娘たちは付き添うこともせず黙って見送っていた。杖も持たずに立たれたがまあ、大丈夫でしょう、と。


おばちゃまの行き先はトイレではなかった。

バッグを持ってレジへ向かった。

みんなにわからないように支払いを済ませておこうとしたのだ。


注文をしたのかも忘れてしまうようなおばちゃまなのに、、、。


この気遣い。


昔からそんな方だった。

娘さんたちも「母が昔から持っていたホスピタリティは今も失われてないのよ。」と、言っていた。


記憶ではなく、人間性のコアな部分は残っている。

おばちゃまの場合はそれが「善なるもの」

心底から優しく、上品で、気配りのできる尊敬できるお母様でよかったね。と、娘さんたちと話した。


昔からおばちゃまは自分の夫の姉である義母に心配りをし、大切に、尽くしてくれていた。


うちの義母は女王様体質だから。と言ったらおばちゃまの娘さんたちは「母は召使い体質だから、ちょうどいい組み合わせだったのかも。」と、言って笑った。


うん、夫の姉も召使い体質で

「この子が自分の住んでる近くの施設に入ってくれたら、しょっちゅう通って面倒見られるから。って頼むから田舎の施設に入ったのよ。だから毎日でも私のところに来るのは当然よ。」と、義姉の前で嘯いても

「そんなこといったっけ?オホホ」と、笑っていられる。

おばちゃまも義姉も人間ができている。


うちの女王様は御年94歳。

お元気でハンバーグランチのセットをペロリと平らげていた。


当面、我が家の女王様の御代は終わらなそうである。頑張れ。召使い共!

(他人事)


ちなみにおばちゃまはこの後、2度ほどお会計に立とうとしてました。

ご馳走様でした。