鵞足炎のケアをしながらストレッチを始めてふと目についた古傷。
娘から像のような足首と揶揄されるがうまく表現できないので
こっそりと画像を載せますね。
これは左足の足首。
くるぶしの上あたりに 『++』みたいなきずあとがあります。
この傷の由来
昔の自転車の幼児用の補助席↓
こんな単純なつくりでハンドルとトップチューブ(ハンドルとサドルの間にあるパイプ)にちょいとかけるだけ。
今のように安全性に配慮されてはいない。
足は鐙のようなステップに膝をまげてのせる。
3歳くらいの夏の日。
父にこんな補助席に乗せられて自転車で種やさんに行くために
国道端の歩道を走っていた時。
急に自転車が止まった。
なぜ止まったか父も私もわからなかった。
ただお気に入りのペコちゃんのキュッキュッとなるサンダルが
自転車の後ろの方に片方だけ転がっているのが目に入って気になった。
次の瞬間、父が自分の首に巻いていたタオルの手ぬぐいを
私の左足に巻こうとした。
その時、自転車の止まった理由がわかった。
私の左足が自転車の前輪のスポークの間に挟まれて
車輪が止まったのだ。
足を引き出した途端みるみるうちに血が沸いて
アスファルトにぽたぽたと垂れた。
それを初めて痛みを感じて私は泣き出した。
いつも冷静な父がどうしていいかわからず、おろおろしていた。
するとその時国道を走ってくる黒い乗用車が止まって
事情を察して近くの外科へ連れて行ってくれた。
確か中年の品のいいご夫婦だったと思う。
車の後部座席であまりの痛さで泣き叫びながら
運転席だか助手席の背を痛むあしでガンガン蹴り続けた。
多分、車内は血だらけになっただろう。
狼狽した父はそのご夫婦の連絡先はおろか名前さえ聞けなかった。
父が晩年になっても悔やんでいたことの一つだ。
まだその病院の待合室から診察室までの西日に照らされた廊下を
点々と私の血が続いていた様が思い浮かぶ。
もう60年も前の事なのに
看護師さんが縫合している様子を見せないよう背中で隠しながら
「強い子だね。いい子だね。もうすぐ終わるからね。」
と先生と口々にほめてくれた。
麻酔の効果とご褒美の飴ですっかり泣き止んだ頃、
知らせを受けた母が半狂乱になって自転車をかっ飛ばして到着した。
伝えた父がいけないのか母が早とちりしたのかわからないが
「交通事故にあった」と思ったらしい。
ペコちゃんのサンダルを母の自転車の前かごに放り込み、
「足をいれるなよ。」と散々いわれ荷台に乗せられて家に帰りついた時は
夏の長い日も陰っていた。
これも今となっては懐かしい思い出。
この古傷を見るたびに
父母が私を大切に育ててくれたことを思い出すことができるから。
間違いなく私は幸せな幼児期をすごしていた。


