30歳になるまでに決めなければならない事。それはオウムを飼うかどうかだそうだ。(「のだと申します。」で言っていた。)
オウムが欲しくて、来る日も来る日もペットショップに通い詰めていた小学3年の頃。それを知っていたらインコで手を打つ事なくハンストでもして親を説得していたものを。私の人生の半分の潤いを父母に奪う権利は無い。と、言って。
だがまてよ?
普通、オウムなんてものもを飼う時はまず一羽だよね。
アラブの王様やイーロンマスクだったら大人買いするけど、しがない公務員の家庭では一羽。
そうするともしその時にオウムを手に入れたとしてもそのオウムは我が家に引き取られた瞬間からこの世の中で自分の種族は自分だけになってしまったろう。
犬は散歩に行けば他の犬に会えるし、猫も会合に出かける。インコとかだったらつがいで買える。場合によってはワンチャン物にして自由になって日本の空で新しい出会いも満喫できるかもしれない。
でもオウムは?
我が家に飼われたとしたら、その5〜60年の生涯を通して多分孤独だ。
言葉の通じない大きな生物に訳の分からない事を繰り返し言われて
それを真似することを強要される。
雨風はしのげ、冷暖房完備。食餌の心配もない。
だがそれでオウムがオウムとしての幸せを味わえるのだろうか?
良かった。
一羽のオウムのために。
私の夫が孫正義でなくて。
もし彼が夫だったら危うく子供が産まれた時にゾウガメを、買い与えていたかもしれない。
(当然、1頭飼いではない。上記の理由で5頭くらいはいっぺんにお迎えしたい。)
オウムの幸せのため、涙を飲んで諦めたのは正しかったのだ。
親の言うことはきくべきだよね。
ところでオカメインコの寿命は?


