パチンコを打つ父の隣でじっとしているより、

母への30分毎の定時連絡が苦痛だった。

 

「早く帰ってこい」くらいは何ともない。

その内「心配で胸がどきどきしてきた」とか言い出す。

 

約束の2時間がたった時、父は絶好調。

さすが昔取った杵柄。喜々としている父を見ると

「はい、そこまで~!」とは言えないよね。

 

母はもう怒ってるんだか泣いてるんだかわからない状態。

 

父に

「儲かったかい?じゃ、玉をカードにためて2月にまたこいや。」

とひきあげさせる。

父は母に比べると本当に直に私の言うことを聞いてくれて助かった。

 

家の前で雪がちらちら舞い

タクシーから降りると、寒い中、玄関の戸を

全開にして上がり框に体育座りしている母が見えた。

 

 

 

私が子供の頃、友達の家から帰りが遅くなった私を心配して

国道端に出て背伸びをするようにこっちを見つめていた

母の姿を思い出した。

 

それから昼ご飯を食べたのだが母はしきりとぶちぶち言っていたが、

父は「楽しかったぞよ。」「また、頑張って来月もいきたいわ。」

といいながらいつもより箸が進んでいた。

 

それからなるべく毎月私が帰省した時は父とパチンコへ行くようにした。

時には私の娘が付いて行ってくれた。

 

これはこの年の7月。昔の知り合いに偶然会って、楽しそうに話し込んでた。

 

母は 毎度、毎度こんなもんでした。

 

この話をケアマネさんにすると

介護サービスという形態以外に

タクシー会社とパチンコ屋さんと連携して

私がいない時でも父がパチンコへ行けるようにすることができるんだそうな。

実際、それで動いてる案件も当時あったらしい。

ただ、家はもうしばらく様子を見ることにした。

 

季節が冬だったこと。父の足取りがいま一つよぼよぼとしていて不安。

あと母が、、、。(一番はソレな❕)

 

新しい介護プランや方法を導入しようとすると

いつも母が立ちはだかるのであった。💨