父は生き物が好きと言うだけでなく扱いかたをよく知っていた。

 

だから犬でも猫でも鳩でも

何も父から働きかけないのにみんな父の所によって来る。

 

父が母親(ずくのおばあちゃん)を亡くして

四十九日の法要も終えたころの事。

 

実家の庭にある大きな岩の上に三毛猫がちょこんと座って、

来る日も来る日も家の玄関を出入りする父をじっと見ていたそうな。

 

父はその猫をまるでおばあちゃんが帰ってきたような思いに駆られ、

密かに飼うことを決意する。

 

母は生き物が大嫌いだったから正面切って飼うといえば機嫌を損ねる。

 

昨日は玄関の土間まで、今日は上がり框まで、明日は居間の入り口までと徐々に浸食していって既成事実を作った。

 

↑ おばあちゃんの生まれ変わりだと思わせたちび

 

母が反対を口にしたときは、「ばあちゃんの生まれ変わりのような気がして」

(それだったら母が大嫌いだった姑の生まれ変わりを家へ入れようはずもないが)

「おらたちも年を取ったで後生を考えると情け深くしたほうがいいわ」

といったらしい。

 

堂々、居間で年賀状の宛先リストをチェックする猫と父

 

 

その内にちびは子猫を産んだ。1匹残した子猫がちびちび。

 

茶トラが子供、名前はちびちび。(適当だな)

子猫は母ねこに似ず気性のあらいオスだった。

 

父の車の音がすると二匹とも表にやってくる。

他の人の車だと姿を現さない。

 

父について畑へ行き父の作業をじっと見守る。

家の裏で父が作業をしていると今度は漬物桶の上でそれを眺める。

その様子を父は嬉しそうに話していた。

 

私が小さい頃、猫をじゃらして遊ぶ姿を祖母が見て、

「ずく子が嬉しそうにしているのをみるとこっちも楽しいわ」

と言った事を思い出した。

今はやりの言葉で言うと親ガチャに当たったちびちび。

生まれながらにして銀のスプーンをくわえてきたやつ。

親がした野良の悲哀は一切経験してない。よって人にデレることもない。

生涯傍若無人だった。

 

その後、父は自分の人生の長さを考えて、家猫は飼わず

野良猫や近くの牧場から遊びに来る猫軍団に

夕飯の残りのさしみやわざわざキャットフードを買ってきてあげて楽しんでいた。牧場の奥さんは父母に会うとしきりに恐縮していた。

玄関で食事をする牧場軍団

よくしたものでやつらはここから部屋へは許されていないので

上がってこない。

やはり、野良猫も牧場の猫軍団も父の車の音がすると集まって来ていた。

 

きっと虹の橋のたもとに着いた時も

たくさんの犬、猫、鳥が集まってくれたと思う。

 

猫、私も飼いたいな。

でも、もう時期を逸しちゃったかな。