頭でばかりいろいろ考えて、それを実行する努力が出来てない。
地に足のついた時間の使い方をしないと、ちゃらちゃらのぺらっぺらっになってしまう。
でも焦って焦ってどうにも気持が落ち着かないから、地に足なんてつきそうもないし。
あわわわわぁ~
頭でばかりいろいろ考えて、それを実行する努力が出来てない。
地に足のついた時間の使い方をしないと、ちゃらちゃらのぺらっぺらっになってしまう。
でも焦って焦ってどうにも気持が落ち着かないから、地に足なんてつきそうもないし。
あわわわわぁ~
やることがたくさんありすぎて、何もできなくなってしまいそう です。
あ~睡眠不足で目が回ります。
講義受けて、解剖実習して、部活行って、レポート書いて、自主研究課題をこなして・・・
気が重いです、とほほ。
馬鹿みたいにでっかい夢もって
甘酸っぱい恋をして
オシャレして背伸びして
初めての街を初めての人たちに
もみくちゃにされながら生きたいな。
将来のことなんて
全然わからないけど
不安でいっぱいだけど
根拠のない自信だけは
有り余るほどあって
未来はきらきら
真っ青な青空みたいに
輝いてるようにしか
思えなくて
お金も約束された将来も
そんなの全然ないけど
黄金色の気力が
滾々と胸から
湧き出てくる
こんな気持ちを
抑えられない
僕はまだまだ
行けるんだ。
早大の石原千秋さんがこんなことをおっしゃっていた。
「才能はその持ち主を必ず不幸にすることも知っておくことだ。才能に恵まれた人間は自分自身の主人ではいられない。才能が自分の主人になるのだ。そして、生涯を通して才能に引きずり回されるだろう。桁外れの才能は人を不幸にする。人を幸せにするのはちっぽけな才能でしかない。」
自分には桁外れの才能なんかないから大丈夫というわけにはいかない。
若いということは、すなわち可能性であり才能でもあるのです。
そして、自分の才能を信じ、何も定まっていない可能性だらけの人生を前にして呆然と 立ち尽くし、勇気をもって可能性の海に飛び込み波に揉まれるときにこそ実体としての幸せを知るのです。
引きずり回される不幸の中にこそ幸せがあることを忘れたくないのです。
とある会社の社長が言ってたけど、どんなことが起きてもまず「良かった、良かった」と言え。
どんな状況でもこれが言える訓練をすれば、かなりポジティブに生きられる。
理由なんて後からいくらでも付けたせるもんだから。
これは欧米だからこそあり得る話かもしれないが、偏見に満ちた視線を嫌という程浴びたはずの自分自身が、また如何に偏見に満ちた目で世界を眺めていたかを気づかせてくれるのに十分な話であるように思う。 必見です。
人生や悩みごとに答えを見つけることは 容易ではない。
そんなにスパッと答えが見つかるなら最初から悩まないわけで・・・
でも今日考えてて、答えは見つからないけど、折り合いをつけて生きていくことは大切だなと。
怖いものは怖いし、無理なものは無理なわけだが、全否定したり全部拒絶するのではなくて、逃げるところは逃げるし、拒絶するところは拒絶するんだけど、でも向き合える部分は向き合うし受容できる部分は受容するってことがいいように思えたのです。
三歩あるいて二歩さがる・・・でいいんではないかなと。
最近自分が何をしてるのかさっぱりわからない。
毎日の生活に追い立てられて感覚が麻痺してしまったみたい。
野望も目標も喜びもハングリーさも全部忘れてしまった。
今の自分には何もない、何も考えずに決まった時間に決まった場所に行ってあくせくしてるだけで、そこに自分の意思がないから自分が生きてるのか死んでるのかさえわからないような錯覚に陥ることもある。
人生が蝕まれてます。
心が蝕まれてます。
身体も最近蝕まれてます。
困りました。