はい、書きます。
このブログ読んでる人、いつも楽しく過ごしてきたと自信持って言える人は少ないと思います。
どこかで対人関係や仕事、受験に就職活動とあるポイントで悩みに悩んでいると思います。
むしろ悩んでない人は何言ってるんだ、程度に流してください。
かくいう僕も先ほど上げた「壁」にはもれなくぶつかっていて考えることが多くありました。
今回はその悩みに対する対処法ではなく、「逃げ」の美学いわゆる処世術について書きたいと思います。
処世術には大きく分けて3つあると思います。
一つは調子いいことを言ってその場を和やかに過ごしてしまう「君、それホントにそれ思ってんの!?」的な具合だったり、ひたすら笑顔で自分の気持ちをひた隠すといった事なかれ主義。
二つ目はまったく違う部分に生き甲斐を見い出し(ギャンブルだったり、異性関係だったり)、眼前の課題を視界に入らないようにする故意的記憶喪失主義。
三つ目は外界とのコンタクトを遮断して完全に自分の世界に閉じこもってしまう引きこもり主義。
今回は一つ目を取り上げてみたいと思います。
ちなみにこれは人間関係に参加しながらも自分の本音は表に出さないという点が問題になります。
自分の気持ちを積極的に外へ出さないことが積み重なるとストレスに変わっていきます。
それは予想と共に僕の実感でもあります。
しかしその場を楽しめればいい、という自分の欲求も同時に満たされているのでどちらを優先するかは難しいところです。
それでは当座をやりすごした際に、日常生活にどのような支障をきたすか考えてみます。
調子いいことを言うこと、常に笑顔でいること、これがクセになってしまった場合、自分の素直な気持ちが何なのか自分で分からなくなってしまう。
仮面を被り過ぎてどれが自分の顔なのか分からなくなってしまうのです。
それが悩みでありストレスであり命題となると思うのです。
つまりそれぞれの処世術が処世術という枠にカテゴライズされるかどうか、という問題だと思うのです。
自己がなくなるという恐怖。
まとまりがなくなってしまうので一旦筆を置こうと思います。
こんな機会は滅多にないですがまた気が向いた時にでも。
そんな感じ。
