源為朝の琉球渡来について。 | さだー池城貞志のブログ

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源為朝の琉球渡来について。
ほんとうの琉球の歴史(増捕版)渡久地十三子著を読んで気分が滅入っていた。あまりにも統合失調症気味の幻聴・幻覚の下等霊のたわいな騙し話しを、いかにも、神が語ったごとく、下等霊の話しを真実の様に語るのかと、渡久地十三子の新刊本、ほんとうの琉球の歴史増捕版を最後まで読みながら呆(あき)れていた。

渡久地十三子はアンチ日本の為に、琉球の重要人物を皆、中国から渡来人に置き換えていた。

琉球初代王朝の舜天王統の舜天王を中国人の渡来人と統合失調症気味に珍解答した。

最後まで読んでみたが、読んだ感想は統合失調気味のユタのたわいな幻聴・幻覚の話しと感じた。
 私には、舜天王統系の血筋も入っているので、
寝る前に、渡久地十三子にイチャモン付けられた、私の母方の先祖、鬼大城賢雄に私に正しい歴史を教えてくださいとお願いして、眠りについた。

そしたら、気持ち良く目が覚めた。今日の朝は爽やかな気が流れていた。
携帯の着信を見ると
池山豪先生から、私が池山豪先生に易をお願いした重要な返事のメールが入っていた。
先祖の解答は池山豪先生のメールを読みなさい。
これが、先祖達からの解答で有る。
私には琉球の全ての王統の血筋が入っている。
何時もお寺で先祖の王達の供養をしている。

この池山先生からのメールは沖縄の王達は渡久地十三子が言うように中国人か、
沖縄の言い伝えの様に、日本人かの真実の琉球の歴史が解き明かされている。

私が池山先生に出したメールをUP します。

 
{ 池山先生こんばんわ

池城貞志です、昨年末は精神的に興奮し錯乱気味に成り ご心配をお掛けしました。深く反省しています。

その後、精神も落ち着き正常に成りました。

昨年末の事は深く反省しています。

私は今年64才に成り、人生の総仕上げの時期に差し掛かりました。
私の気がかりは沖縄の行く末です。
沖縄が将来も日本国の一員としてやって行けるかが心配です。
私が生きている間に、沖縄の日本への帰属をハッキリさせたいと日夜 思っています。

沖縄の最初の王統
舜天王統(1187~1259年)は今まで沖縄で語り継がれた様に、源為朝の子、舜天の王統で有るかをワンネス易で鑑定してもらいたいです。

私は源為朝は沖縄に来島したと思っています。

鑑定会のお題は

〇 源為朝は沖縄に来島しましたか、
〇 源為朝→舜天→第二尚氏の内間金丸・尚円と血筋は流れていますか。

よろしくお願いいたします。

池城貞志。}

池山豪先生からの返事。
 
{ 池城様

こんばんは。
鑑定結果の報告をさせていただきます。

①源為朝は沖縄に来島したのか?

得られた卦は、巽為風の風山漸にゆくでございました。
巽為風は船が風に乗って進む意味であり、風山漸は千里の道も一歩よりを意味する卦です。
ですので、源為朝は船に乗ってはるばる沖縄へやってきたのは間違いないでしょう。

②源為朝→舜天→第二尚氏と血は流れているか?

このことについては、ちょうど3年前のブログの歴史易占で掲載しましたので一部を再掲いたします。

 保元の乱では父・為義とともに崇徳上皇方に属して奮戦しましたが敗れ、伊豆大島へ流されました。ところが、そこでも暴れて国司に従わず、伊豆諸島を事実上支配したので、追討を受け自害したとされています。
 しかし一方で、琉球王国の正史「中山世鑑」には、このとき為朝は追討を逃れて琉球まで落ち延び、のちに為朝の子の舜天が琉球王家の始祖になったと伝えられています。
そこで、舜天が本当に源為朝の子と同じ人物なのか、まずはそれをワンネス易で確かめてみました。
 すると得られた卦は天火同人の上爻で、文字どおり同じ人でした。
そして、上爻には「同人郊においてす」と書かれてあります。「郊」は遠く離れた所という意味ですので、遠く離れた琉球に同一人物がいる、ということを教えてくれています。

 源為朝の血筋は舜天へと脈々と流れていますね。

池山豪  }


資料、

『日琉同祖論』の起源となる源為朝琉球渡来伝説は、16世紀前半にはすでに日本において文献に現れていることが明らかになっています。
現在確認されているのは、その初出は、京都五山の臨済宗僧侶・月舟寿桂(1470年 - 1533年)の「鶴翁字銘井序」においてです。

その中で、月舟は信憑性は分からないがと断りながら、「日本には、源為朝が琉球へ渡って支配者(王統創造者)となったという伝説があります。もし、そうであるなら、その子孫は源氏であるから、琉球は日本の附庸国である」という内容を記しています。つまり、源為朝来琉説が、16世紀前半には京都五山の僧侶の間である程度流布していた事実が確認できます。

この源為朝来琉説が、日琉間の禅宗僧侶の交流を通じて琉球へもたらされ、それが後年羽地朝秀が『中山世鑑』を編纂する際に影響を与えた可能性が指摘されています。

易は易神に問う物で結果はとても科学的で有る。問う対象がハッキリしている。
神人(かみんちゅ)やユタは下等霊とのチャンネリングだから、霊の成りすましや騙しが多い。沖縄ではユタが下等霊とチャンネリングしていまい、依頼者が先祖に成りすました下等霊に騙されて財産を食い潰す事例が多い。
渡久地十三子に語った沖縄の偉人達は下等霊の成りすましの可能が大で有る。