徳川家康の血筋はやはり、源氏・新田義貞の血筋。 | さだー池城貞志のブログ

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徳川家康の血筋はやはり、源氏・新田義貞の血筋を引く。新田義貞は源氏の棟梁、八幡太郎源義家の四男・義国の子孫、足利尊氏の親戚の新田義貞は天皇の勅命を受けて、北條幕府への 打倒の兵を挙げて、僅か15日で20万の兵を味方に付けて、難攻不落の鎌倉を、海岸線突破を挑み、稲村ヶ崎にて 家宝の刀を、満潮の潮に祈願を入れて投げ込み。神仏の力で潮を大引させて、騎馬軍団を鎌倉に突入させて、北條幕府を陥落させた。その時に北條幕府から、幕府所持の源氏の宝刀、鬼切(髭切)と北條幕府の宝刀、平家由来の鬼丸を得る。京に上がった、新田義貞は後醍醐天皇から女官の天下の美女、勾当内侍(こうとうのないし)を天皇の紹介で嫁にする。この公家、一条家の勾当内侍と源氏の新田義貞の間に生まれた子が。上野国 新田荘(群馬県太田市)に伝わる、山吹姫で有る。私は易の池山先生の繋がりで超能力者の吉澤氏と知り合いに成った。吉澤氏が私にメールで教えてくれたのは表には明かされなかった、新田義貞のもう一人の娘の秘密の事。吉澤家に新田義貞の娘が嫁いで来たと伝わる、吉澤家は新田義貞の血筋を引くと言い伝えが有ると教えてくれた。私はダウジングが出来るので、この子は新田義貞と勾当内侍の間の子、山吹姫かとハイヤーセルフにダウジングで問うた、そうだと、クリスタル・スカルはイエス側に回る。吉澤家は桓武平氏の血筋で有る。その吉澤家が新田荘で尼と成った勾当内侍を見守った。山吹姫の娘が世良田一族の得川家に嫁ぎ、徳川家康の先祖に成った。
現在の戦争には、戦場ジャーナリストがいて逐次 レポート報告する、そして欧米の軍隊には戦場牧師が存在する。戦死者の弔いや兵士及び家族の心のケアをする。古代日本において、その役割を果たしたのが仏門の僧のネットワークで有る。武将はよく寺院内に本陣を置き、戦議を開く。そして戦の遠征に関しては陣僧が控える。死地に赴(おもむ)く、武将は僧に縁して後生を思って、罪滅ぼしに戦争体験を語るであろう。死者の供養に金銭の財供養をするであろう。僧は兵士の心のケアと戦死者の弔いを受け持った。その様な中から戦記物語が生まれた。これは、戦士の体験談だから戦記として歴史に耐える、真実を帯びている。勅命によって集まり 軍団に育った、武士の武装集団と仏門の陣僧の関係は深い。武士は幼年期、寺で文字を習い、学問を深める。その様な背景から平家物語や太平記は生まれた。書き手が知識階級の僧だから今昔物語集、将門記などの軍記物語は大筋では真実であろう。知識階級の僧は、武将の語る、戦況コメントで戦況を把握したのであろう。人間の本性が あらわ になる、戦場では因果応報、業の哀れさ、神仏の権化、摩訶不思議な現象等が続出する、その様な体験談が軍記物語の根底に有る。だから平家物語、太平記は歴史的に大筋で信用出来る、軍記物語は あの時代の陣僧達の戦場レポートの類で有る。
太平記は後醍醐天皇側の時宗(じしゅう)の僧達が深く関わったと思われる。新田義貞の陣僧は時宗の僧達がつとめた。義貞の遺体は陣僧によって時宗の長崎の道場に運ばれ、供養の後、荼毘(だび・火葬)に付された、長崎の道場の称念寺は新田義貞の遺骸の葬られ、墓石が立っている。徳川時代から称念寺では、50年ごとに新田義貞公の大法要が行われている。
時宗と後醍醐天皇の南朝方の関係について述べたい。過去世、後醍醐天皇の長子、護良親王(もりよししんのう・もりながしんのう)の過去世と記憶を若干 持つ長瀬正彦氏の私へのメールの内容を紹介したい。* * *鎌倉の牢に幽閉された、護良親王は足利尊氏の弟、直義の命を受けた刺客、淵辺義博を武芸達者な護良親王は交換条件を出して丸め込めて、殺された偽装工作をして、奈良の南朝方の寺院に 遁世 (とんせい) して仏門の全国的なネットワーク作りをする。漢方薬の生薬 熊胆(ゆうたん)等の製薬を起こし、その資金で時宗の全国的なネットワークつくり南朝を助ける。初代裏天皇に成った護良親王は全国の南朝方の武将を援助する。* * *太平記の書き上げたのは時宗の僧達であろう。だから北朝方の足利方は太平記の記述に激怒する。
本題に入りたい。越前藤島で額に矢を受け、死期を察した、新田義貞は太刀を頸動脈に当て一気に首を引き切り、出血多量で崩れ落ちる。斯波高経(しばたかつね)の兵士・氏家重国が駆け寄り、新田義貞の首を取った。新田義貞の軍に従軍していた、時宗の僧達は新田義貞の首級(くび)を亡骸の供養の為に取り戻す交渉に入る。氏家の主君の斯波高経は足利尊氏と同格の源氏・義国の子孫。時宗の僧は新田義貞 所持の源氏の宝刀、鬼切、と平氏の宝刀 鬼丸の二刀を斯波高経に渡して、新田義貞の首級を受け取る。長崎の道場で身体と首級を合わせて、荼毘(だび)に付し、墓に納める。その時、遺品や分骨が勾当内侍(こうとうのないし
)の元に届けられる。その時、勾当内侍は新田義貞の子を宿していた、その子の命を守る為に偽装工作する。嵯峨の往生院の尼に成ったとか、琵琶湖の琴ヶ浜で入水したと言う偽装工作の噂を時宗の僧のネットワークを使って流した。勾当内侍にとって、産まれて来る子が男の子なら、又、南朝方に担ぎ出される。女の子のなら戦略結婚の駒にされる。戦続きであった新田義貞の精霊を安堵させる為に義貞の遺品と分骨を持って、新田義貞の故郷、上野国新田荘(群馬県太田市)に時宗の僧の案内で北関東に入り、尼として遁世する。新田一族に護られて、無事、山吹姫を出産して育て上げる、
そこで、山吹姫を嫁に迎え入れたのは私のFB の友人の超能力者の吉澤氏の先祖で有る。吉澤家は新田義貞の娘を嫁に迎え入れたとの言い伝えが有ると私にメールで教えてくれた。私がダウジングで確認すると、桓武平氏の血筋の吉澤家に嫁いで来たのは新田義貞と勾当内侍の間の子、山吹姫と私に教えて、ダウジングのクリスタル・スカルはイエスと回る。勾当内侍は護良親王の仏門僧ネットワークに護られて、安穏の尼生活を過ごす、山吹姫の娘が得川家に嫁ぐ、尼の曾孫、得川家の男の子が時宗の僧と成って、尾張の松平郷に入り、徳川家康の先祖に成る。この文を書こうしたら、家康公とシンクロした、この秘密の歴史はダウジングでしか紐解けない。