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「老い」は、今出来ることすらやらなくなることで始まる
「老い」は、今なにが出来るかを考えなくなることで加速する
つまり「老い」とは、合理性のない逃避の結果である
ここでいう「出来ること」とは、仕事、家事、趣味など、楽しみに変えることが出来る行動全般を さす
2026-02-05
やることがたくさんでウンザリ?いや充分にあって安心。
なにより暇じゃなくてよかった。
そう考えたほうが良い。
どうせやらなきゃいけないんだから。
どんなに面倒な仕事でもどこかに意味があるし、楽しもうと思えば楽しめるもんさ。
たくさんあろうがなかろうが、ひとつひとつ片付けるしかないしね。
大切なのは、今日の仕事の終わらせ方次第で、明日の仕事が楽しみになるってこと。
2026-01-23
仕事帰り。
新大阪から小田原まで新幹線で。
ホームのベンチで、自分が予約した「ひかり」を待っているときにふと思う。
予約した「ひかり」を待たずに、だいぶ先に出る「のぞみ」に乗車。
久しぶりの自由席、けっこう座れるもんですね。
名古屋までしばし。
楽しい。
名古屋で「ひかり」に乗り換える時間、ホームの「きしめん」をいただける。
浮かんだ言葉は「不自由は自由への扉」。
2026-01-17
何も始めてもいないのに、ただ悶々とする愚か者に告ぐ。
準備など必要はありません。ただ始めればよい。
PDCA?なんですかそれ。はいはい、どうでもよいので、さっさと始めましょう。