ゴールデンスランバー・もうひとつの結末 その9 | ゴールデンスランバー・もうひとつの結末

ゴールデンスランバー・もうひとつの結末 その9

      『Golden Slumbers Another End 9』

 青柳雅春

 軍用機の揺れはおさまり始めていた。機内に響くビィーンという音も慣れたのか気にならない。
 青柳雅春は隣りに座る稲井の顔を、感心するようにまたよく見る。
「でも俺が想像していた稲井さんとは、随分イメージ違いますけどね」
「気味が悪いな。何故オレのことを、いや、何故オレの仙台の家のことを知っているんだ?」
 稲井は、青柳雅春が自分のことを知っていたことに、警戒心を持ち始めていた。
 逆に青柳雅春はここまで完全に主導権を握られていたが、ほんの少しだけ立場を変えられる気がした。
「教えてもいいですけど、俺にもちょっと教えてもらっていいですか?」
「答えられることは答えよう。まず先に教えてくれないか」
 稲井は仕事上の問題なのか、自分の機密に関しては、人並み以上に注意を払っている感じがする。
 青柳雅春は、宅配ドライバー時代、稲井宅に荷物を届けていたことや、事件に巻き込まれて、潜伏先として二度ほどお邪魔したことを話した。
「勝手に入ったのか?」
「はい、すみません」
「偶然なのか必然なのか、よく分からんがそんなこともあるんだな」
 稲井は青柳雅春の話を聞いて、勝手に入った事を怒るどころか、先ほどの険しい顔から、安心した顔つきになっている。
「でも管理人さんが、稲井さんに最後に会った時、遠足に行く子供みたいだったって言っていたんで」
「ふっ、まぁアヤしい仕事してるヤツほど、陽気に振る舞わないとな」
「じゃあ、俺にも教えてもらえませんか」
「何が知りたい?」
 青柳雅春は、稲井の自分のへの対応の変化に気が付いていた。人は意外な共通項ひとつで、他人から知人へと急に変わるものなのだろう。
「まず何処に向かってるんですか?」
 青柳雅春が窓の真っ暗な外を見ると、稲井は自分の腕時計を見て
「あと七時間もすれば着くが、北極だ」
「えー?、北極ですか?」
 青柳雅春は、おそらくアメリカやロシアといった大国を想像していただけに驚いた。
「そうだ、そこで君には働いてもらう。それなりの給料も出るし悪い話じゃない」
「俺、エスキモーになるんですか?」
「君は本気で言ってるのか?」
「いや、それくらいしか北極で働くイメージが出来なくて」
「今、世界経済で北極が注目されているのを知らないのか?」
「全然知らないです」
「中東での石油の埋蔵量がほぼ確定してる中、北極海に眠る石油と天然ガスは、いまだ未知数で、それこそが世界の希望なんだ」
「・・・・」
 青柳雅春は突然の展開についてゆけない。
「地球温暖化で、北極の氷が毎年溶けている事くらいは知ってるよな?」
「あー、それは聞いた事があります」
「そのおかげで、北極の氷が薄くなって、北極の海底の石油と天然ガスを掘削出来るようになった。我々の目的はそこにある」
「そうなんですか」
 青柳雅春はその話に何処か違和感を覚え、少し考えた。
「でも、人が石油とか使い過ぎて二酸化炭素が増えて、地球温暖化になったのに、そのおかげでまた新しい石油が見付かるって、変な話じゃないですか?その北極海の石油のせいで、また温暖化が進んだら、地球はというか、人間は大丈夫なんですかね」
「意外に呑み込みが早いな。まさにその通りだ。さらに温暖化が進む可能性はある。でも今の人間は石油なしではもう生きられない」
「何か難しい話ですね」
「ああ、でも金田はこの計画に日本が参加する事を、頑なに断ってきた」
「金田って金田首相ですか?」
「ああ、我々にはどうしてもジャパンマネーが必要だった。だから金田暗殺が計画され、君はそのスケープゴートになった」
「スケープゴート?」
「ああ、身代わりだ。ところが君は生き残った。それが我々の真実だ」
「はぁ。そんなことで殺されちゃうんですね。話に現実味がわかないっていうか、大きすぎて、俺にはよく分からないです」
「でも君はもう、我々の一員だ」
「強引だなー。もう何処へでも行きますけど、もし出来るなら、日本にいる家族には生きてるって伝えたいんですけど」
「それは無理だ。三日後に青柳雅春は死んだことになる。どうやって死者が連絡出来るんだ?」
 軍用機は左に大きく旋回し始めた。気圧の急激な変化のせいで、青柳雅春は耳が痛くなり、両手で耳を押さえた。

 青柳平一

 青柳平一は炬燵に入ったまま,蜜柑を食べていた。皮を剥き、テレビ番組を眺めている。正面の窓ガラスの向こう側、庭にはまだ雪が残っていた。
「犬でも飼おうかな」と一時間ほど前、妻の昭代に言ったところ、「え」と彼女は戸惑っていた。
「何だか,庭がもったいねえような気がしてきてな」
「まぁ、そうですね」
 息子の青柳雅春がテレビを賑わせてから三か月が経った。死体が仙台港で発見されたと発表された時にも、「あれは雅春じゃない」と断言していた自分が急に、犬を飼おうと言い出したのは、息子の死を認めたからではないか、と思ったのだろうか、目の前の妻の表情はずいぶんと寂しげだった。
 マスコミからの電話もほとんどなくなったが、いまだに、ぽつりぽつりと連絡してくる記者はいる。一方、警察は今も、家のまわりを監視していた。警察が、この家を調べ続けている間は、雅春の死は確定していないのではないか、と感じてもいて、だから捜査員の姿を見かけると、煩わしいと思う以上にほっとした。


                                つづく



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