9月からのリーグ戦初戦から、
チームは好調に勝ち進んでいった。
新しい学校とクラブ通いにも慣れ、肌寒くなる秋の初め頃、
KNVB(オランダサッカー協会)から、アマチュアクラブ所属選手を対象とした、
選抜チームのセレクションに招待された。
これは、オランダを東西南北で4分割した各地域からチームを編成し、
シーズン中、いくつかのプロ下部育成クラブと試合を行うというもの。
目的は、プロ下部育成クラブの翌シーズンのチーム編成に纏わる選手発掘である。
既にセレクションの時点から各試合に渡り、地域のプロ下部育成機関に携わる
スカウティングスタッフが、彼らを見に来ていた。
それほど喜ぶ様子でもなかったけれど、誰かに認められる、と感じる事は、
当時の彼にはとても大切で、再び楽しくなってきたフットボールから、
その先へと踏み込んでゆくための足掛かりになったと思う。
平日の暗くなりかけた夕方(オランダの冬の日没は16時頃)、
彼のフットボール用品を持って学校まで迎えに行き、車内で軽食をとり、
17時とか18時の集合時間に間に合うように、会場へと車を走らせた。
集められた選手は総勢50名ほどで、その中の半分である、1チーム編成人数まで
絞り込んでいく。セレクションは確か、2・3日ほどかけて行った記憶だ。
セレクションが終わって帰宅するのは21時を回る。
学校の宿題などもあったので、大変だった。
夕闇の中、帰宅通勤ラッシュの渋滞に巻き込まれつつ、間に合うだろうかと
ソワソワしながら移動したことを、今でも時々思い出す。
結果、セレクションを通過し、忙しい毎日に更に選抜チームの活動が加わった。
年が変わり2015年、ウィンターストップが開けてまもなくのことだった。
KNVBの活動期間中に、Buitenverdertの自身のチームの練習試合で鎖骨を骨折してしまい、
3週間ほどフットボールを休む事になったのだった。
残念そうではあったけれど、その頃プロ下部育成クラブでは既に次シーズンにむけて
選手査定が行われている時期で、ゆうやくんにも、新たなセレクションへの招待が
届いていたのだった。
Ajaxが大好きだった彼にとって、それ以外のエールディビジのクラブといっても、
そうそう好きになれるわけではないようで、別にどこでも、、という冷めた感じだった。
ただ、どこでもいいけれど、再びプロを目指す育成に入ることには前向きになっていて、
どこでやるか、ではなく、何になりたいか、という点にフォーカスされていた。
そう。やっぱりプロサッカー選手になりたい、と、口にするようになっていた。
通っていた学校のとある授業での一コマを後で聞いた。
『将来何になりたいですか?』
彼の通っていた学校は、優秀な子が多かったので、皆、弁護士とか、建築家、医師、
などと、答える子がたくさんいたそうだ。
その中でゆうやくんは躊躇うことなくプロのフットボール選手、と答えたそうだ。
みんな笑った、という。
オランダの小学校では、将来なにになりたい?と聞かれると、男の子たちは口を揃えて、
プロのサッカー選手、と答える。
でも中学校に入ると、それぞれの将来を語るとき、より現実的になってくる。
いつまでもバカなことばかり言ってないで、、みたいな事になるわけだ。
もちろん、再びプロ下部育成に入ったからといっても、彼はまだ当時14歳。
ここから数年間に及ぶ育成期間を、果たして彼が残って行けるかどうかは未知数である、
という厳しい現実をAjaxでの辛い経験からも分かっていながら、それでも
みんなの前で口にできたということは、Buitenverdertに所属した1年間での出来事が
彼をフットボールの世界へと再び引き込み、そして彼にその楽しさを再び感じさせてくれた、
そんなとても貴重な時期を過ごすことができたからだろう、と私は思っている。
こうして、1年間のリハビリ(?)期間を経て、再びプロを目指すべく、
FC Utrecht の育成組織に加盟することとなった。
1年間に渡り、彼を暖かく見守り、力づけてくれたBuitenverdertのトレーナーは、
素晴らしいチーム成績を残して、某プロクラブの育成スタッフとして採用された。
その後、試合などで互いのクラブを訪れる際、会うことがあるらしいが、
(SBじゃなく、)MFでプレイできているかどうかを確認されるそうだ。笑。
ゆうやくんがAjaxでSBをしていた事が、彼にとって最大の疑問だったみたいだ。
毎シーズン、ヨーロッパ各国のフットボールのプロ下部組織では、
どの年代も数人の選手が入れ替わる。(ごくごく稀に例外もあるが。)
翌シーズンへの継続を残念ながらも果たせなかった選手たちの中には、
すぐに他のプロ下部組織に移ってゆくケースも多い。
でもゆうやくんには、常に競争が付いて回る育成の現場から暫く離れる必要があった。
結果的に一年のブランクを入れたことで、改めてフットボールを好きになり、楽しんで、
再びプロを目指すためのスタートラインに立った。よい選択だったのではないかと思う。
長い人生、ひと息つける場所は、たくさんあっていい。
ちなみに、このシーズン活動した地域の選抜チームから、
現在、半数以上の選手たちが、プロ下部育成に入って活動している。