前回の続き。
1984年に入ると、NHK大河ドラマ『山河燃ゆ』が始まった。
『春の波濤』、『いのち』へと続く、後に「近現代三部作」と言われた最初の作品である。
主演は松本幸四郎(現白鸚)。
「移民の話よ」とだけ母から聞き、それ以上の興味は当時抱かなかった。
何となく、広大なアメリカの土地で平穏に農業を営む一家の淡々とした様子を想像したのである。
後で視た時思ったが、これは移民というよりは、日系二世の目を通して見た昭和史そのものであり、東京裁判の物語でもあった。
島田陽子さんが重要な役で出演していた。
そのことも随分後で知った。
『山河燃ゆ』については後でまた取り上げるが、ここでは、現在言われているように、主人公が日本で憧れたご令嬢役の大原麗子さんがヒロインではなく、内容からして島田陽子さんこそがヒロインであったと述べるに留める。
その後、私自身の周辺の環境も著しく変化し、島田陽子さんの視聴機会なきまま数年が経った。
次にその名を耳にしたのは例のロック歌手との不倫報道であった。
「何で?」という気持ちが強く、敢えてそこから目を背けたふしがある。
そんな中、巡り会ったのが1990年秋の『黒蜥蜴』である。
先に取り上げた天知茂氏主演作品群の力で、江戸川乱歩原作作品はこの頃つぶさにチェックしていたので、本作も視聴機会を得た。
そこには往年の『将軍 SHOGUN』の頃よりも、年齢を重ね、とはいえまだまだ衰えない美貌の、妖艶熟女のイメージを新たに纏った島田陽子さんがいた。
物語自体はあまり褒められたものではない。
小野寺昭演ずる明智小五郎は、天知茂を見慣れた目には、随分と優男に見えたし、冒頭、殺人事件を起こして「マダム」に拾われる雨宮潤一青年演じるベンガルは、お世辞にも原作で描かれる美青年には見えなかった。
誘拐される宝石商の令嬢・早苗さん役は鳥越マリという女優が演じていたが、緑川夫人の方が遥かに美しい。
有体に申して、島田陽子さんの引き立て役に見えたものだ。
その緑川夫人ことマダムの登場シーン。
プロボクサーの雨宮潤一は地方巡業に出ると妻に嘘をつき、家を空ける。
案の定、妻は男を引きずり込み、浮気三昧。
そこへ巡業中の筈の雨宮が突然帰ってきて、浮気妻と愛人を包丁で滅多刺し。放心状態で雨の町を彷徨い、橋の上で川に身投げしようかと佇む雨宮の元へ、黒塗りの車がスーッと近づき、窓が音もなく開くと、そこには黒いドレスで身を纏い、黒いつば広帽を目深に被った白い肌の美女の姿。
白い顔に真っ赤な唇。そのルージュがそっと微笑む。
思わずゾクリとしたものだ。
更に印象的なのは、原作の通天閣から横浜マリンタワーへと舞台が移された、誘拐された早苗さんの身代金に巨大なダイヤ「エジプトの星」を受け渡すシーン。
宝石商・岩瀬庄兵衛がダイヤ持参で待っていると、黒衣の美女がやはり黒いつば広帽を目深に被って現れた。
いまいましそうにダイヤの箱を渡す宝石商。
蓋を開けると眩いばかりの光を放つ巨大ダイヤ・エジプトの星。
「まぁ…何て立派な輝きなのでしょう…」
目を輝かせる黒蜥蜴。
その時だけ、島田陽子さんの表情が可愛い。
女賊なのに言葉遣いも立居振舞も、あくまで丁寧で上品だ。
それが島田陽子版黒蜥蜴。
老人は、”今、わしがあんたを襲ったらどうするんだね”と尋ねると、双眼鏡の向こうに黒蜥蜴の部下がこちらをやはり双眼鏡でみつめている姿が。
黒蜥蜴に危険が及べば、たちどころに別の場所に監禁してある早苗さんの命がなくなると言われると、岩瀬老人は、その周到さに呆れ、いまいましそうにすごすごと宝石を渡したまま先に返される。
黒蜥蜴は一計を案じ、売店の老夫婦に「悪い男に脅されている」と言って、奥さんと衣装を交換し、みずぼらしい着物姿になって塔を降りる。
タクシー(旧型の三菱デボネア!)を拾うと、車内で老婆のメイクを落としにかかる。変装を解いていくと島田陽子さんの顔が徐々に現れる。
しかし、裏の裏をかくのが明智小五郎。
実は売店の老夫婦の夫に一足先に変装しており、こちらも車を拾ってカーチェイス状態に。
そして船上での名探偵と女賊の対決。
明智は黒蜥蜴に銃を向けられ、絶体絶命。
「どうせなら君に一発で仕留められたい。正確に左胸を狙ってくれ」
と請い、弾は望み通り命中。明智は海の藻屑と消える。
その時、黒蜥蜴の頬には一筋の涙。
いつしか敵同士魅かれ合うようになっていた。
クライマックスの黒蜥蜴のアジトの場面。
美しいものに目がない黒蜥蜴は、誘拐した早苗に宝石や美術品を自慢げに見せびらかす。だが本当の彼女の大切なコレクション…それは人間の剥製。これまで誘拐してきた若く美しい男女たちを殺害し、美しい姿のまま剥製にして永遠の美を与えてきたのだと話し、早苗もコレクションに加わるのだと言い放つ。
そこへ登場するのが明智小五郎。
実は明智は胸ポケットにライターを入れており、黒蜥蜴の正確な射撃は、ライターのお蔭で明智は命を落とさずに済んだ。
警官隊の突入を目にした黒蜥蜴は、最早勝ち目なしと見て、奥の私室へ逃げ込む。
壺に手を突っ込む黒蜥蜴。中にはコブラがとぐろを巻いていた。
明智が単身訪れ、「貴方一人だけなら…」と部屋に招じ入れた時、既に黒蜥蜴の手首にはコブラの噛み傷があり、そのまま彼女は明智に抱かれて息を引き取る。
以上が島田陽子版『黒蜥蜴』の大筋だが、本作には他のバージョンにない大きな特徴がある。
それは黒蜥蜴の腕に這う、その名の由来となった蜥蜴の刺青のいきさつ。
それと彼女の秘密。
物語冒頭、パリの病院で何やら治療を受ける女性の姿。
やがて物語が進む中、黒蜥蜴が時折、発作の痛みに苦しむ場面が登場する。
本作では白血病に侵され、余命いくばくもない設定になっている。
そして元々は愛する男性との子を産み、男の側が金持ち一族ゆえ世間体から引き離され、単身愛の結晶を育てていこうとするも、住処を突き止められ、愛する我が子さえ奪い取られてしまった過去があった。
その子の肩口に黒い蜥蜴様の痣があったのだ。
その絶望、悔しさから、若く優しい母親は、愛する我が子を忘れじと自らの腕に黒蜥蜴の刺青を、痛みに耐えながら彫っていく。
原作の『黒蜥蜴』といえば、冒頭で「宝石踊り」という裸踊りをナイトクラブで披露する奔放で男勝りの女賊。
今から40年前、新橋演舞場が改装なった時の杮落し公演の演目であった『黒蜥蜴』の舞台を、家族全員で観に行ったことがあった。当時既に熱心な乱歩ファンだった私のへのプレゼントだったと思う。
その時の黒蜥蜴役は小川真由美。明智役は中山仁。
小川真由美は、かの天知茂の『江戸川乱歩・美女シリーズ』でも『悪魔のような美女』で黒蜥蜴役を演じ、原作に沿った男装も披露し、小悪魔的魅力を発揮している。
その意味では原作のイメージにぴったり合うのは小川真由美のほうで、島田陽子さんに男装させるほどの冒険は本作ではなされなかった。
黒衣の令婦人という点では申し分ないが、やはり大胆不敵でふてぶてしい女賊とするには多少無理が感じられたのか、元は幸せな一人の女性だったのが、愛する我が子を奪われ、絶望して女賊に身を転じた上、白血病で余命いくばくもない運命をも背負う設定が加わっている。
ネタばらしになるが、クライマックスシーンでもみ合う時、誘拐してきた早苗さんの肩口が露わになると、生き別れになった我が子を示す黒蜥蜴の痣を見つけ、愕然とする女賊・黒蜥蜴。
あろうことか我が子を殺し、剥製にしようとしていたのだ。
こう書くと少々いやらしいが、白血病による痛みの発作(本当にそのような疼痛があるのか疑問だが)が出た時、苦悶の表情を浮かべ、苦しみの吐息を漏らす島田陽子さんのお姿が何とも悩ましいのである。
それにしても名探偵と美しき女賊の恋というロマンティックなテーマがありながら、本作のラストシーンはあまりにも淡白だ。
三島由紀夫脚本の、「本物の宝石は死んでしまった。」の再現は、脚本家が違うから無理だとしても、黒蜥蜴は毒を煽って死んだわけでもないのだから、せめてキスくらいはしてあげなさいよ。
そう思う。
我らが天知茂なら、絶対にもっと情のこもった別れを演じたはずだ。
そう思うのは勿論、氏の遺作となった『黒真珠の美女』で見せた、あの何とも余韻の残る退場シーンを見ているからである。
その後、何度も『黒蜥蜴』は映像化され、1993年には岩下志麻版も登場した。そこでは雨宮青年が津川雅彦演ずるマッドサイエンティストになっており、誘拐してきた若い男女を次々と水の中でしか生きられない人魚に改造し、水族館を建造しようとしている。
そこへ明智が現れ、黒蜥蜴と互いに魅かれ合うのを感じとると、雨宮は元々黒蜥蜴を「マダム」と慕い、絶対服従を誓った男だけに、裏切られた思いを募らせた。最後は黒蜥蜴のことを人魚に改造し、明智の手の及ばぬ、水の世界の住人にしてしまった所で幕。
エンディングはさながら水中バレエの様相。
岩下志麻版黒蜥蜴も妖艶マダムで女賊感が良く出ていたが、貫禄がありすぎて、何だか『極道の妻たち』を思わせたし、如何せんエピローグが奇想天外すぎて、これでは原作の冒瀆である。
幕引きの改悪がひどすぎて、お話にならない。
もっと後で松坂慶子版黒蜥蜴も実現したが、『乱歩R』という連続ドラマの1エピソードで、話は端折られていた。
明智役が藤井隆で、しかも三代目を名乗る若造。これでは唐沢版『白い巨塔』の黒木瞳の話を蒸し返すまでもなく、さながら老練マダムと若い燕の火遊びである。
話の筋はともかく、お子ちゃま探偵を手玉に取る、経験豊富なおばさま女賊。そんな不釣合を感じたものだった。
何よりも昔、島田陽子さんとトップ女優の地位を競い合った頃ならいざ知らず、松坂慶子さんが”太ったおばさん"にイメージチェンジした後の姿であり、最早妖艶熟女とさえも言い難いから、比較にならない。
欲目をいえば『水中花』の頃だったらねぇ…。
近年相次いで制作されたNHKドラマ2種類も、妙な現代的アレンジが加えられ、女優云々以前に全く感情移入出来なかった。
それらに比べれば、島田陽子さんの黒蜥蜴は、まだまだ残る若さと、年齢を重ねた妖艶熟女の雰囲気が丁度絶妙のバランスで溶け合い、優美な雰囲気さえ存分に纏っている。
これもファンの贔屓目だが、島田陽子版黒蜥蜴は、(女性が演じた中で)史上最も美しい黒蜥蜴だったと絶対の自信をもって言うことができる。
鋭い方なら、わざわざ"女性が演じた中で"とことわりを入れた理由をお察しいただけることであろう。
無論、1968年の丸山(美輪)明宏版黒蜥蜴に敬意を表してのことである。
この島田陽子版『黒蜥蜴』は、近年、BS-TBSや、チャンネル銀河、ミステリーチャンネルなどで、相次いで放映されたが、本作も長らく再放送はおろかビデオソフト化もなされなかった。本作における島田陽子さんの美しさをリアルタイムで知っていただけに、大学生当時、VHSの3倍速で録画したビデオテープは長らく家宝であった。
DVDレコーダーを導入した時、真っ先に本作をDVD化したのは言うまでもない。
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その後、再び間が空いて、私は社会人になっていた。
1993年春、東芝日曜劇場がそれまでの一話完結方式から連続ドラマに代わり、確か東芝の一社提供ではなくなった。その第1作目が『丘の上の向日葵』であった。
平凡なサラリーマンが、美女と出会い、
「あなたとの間に生まれた18になる子供がいる」と言われるという、
日常から非日常へいきなり引きずり込まれる筋立てに惹かれたのが視聴のきっかけであった。
又、当時は寧ろ、『イキのいい奴』、『キツイ奴ら』などから小林薫氏が気に入っていて、見ようと思ったのであった。
原作・脚本はかの山田太一氏。
テーマは「男女間に友情は成立しうるか?」だったという。
『黒蜥蜴』の時もそうだったが、決して、「島田陽子が出るから即見よう」そう思ったわけではなかった。
偶々別の理由から興味を持って観たドラマに、島田陽子さんが居たというのが、当時の偽らざる状況であったが、実際の視聴後は、島田陽子さんの印象が極めて強いものとなった。
考えてみれば、前回取り上げた三作も皆同様である。
当時、βのVTRで録画したテープを持っていた。
大分後で、見返してみたいと思い、テープを発掘したが、全12話中の第10話までしか見つけられなかった。
それでもDVD化して、ある時期毎年見ていたことがあった。
物語は上で述べた冒頭から、やがてその子供が下半身が動かぬ車椅子の青年であると知り、主人公の平凡なサラリーマン・柚原(演:小林薫)の、芙美(演:島田陽子)への印象が変わってゆく。
柚原は妻(演:竹下景子)、娘(演:葉月里緒奈)の目を盗み、芙美の家を訪れ、青年・肇(演:筒井道隆)とも親交を深めていく。
やがて娘にばれ、娘も矢部宅を訪れるようになる。
娘・信江は、肇が柚原と血が繋がっているかもしれないことを知らぬまま、肇に魅かれていき、このまま取り返しのつかないことになるのを恐れて、柚原と芙美がそれを告白する。
一度は芙美に激しく反発した信江だったが、そう意識しないことにしたと告げ、再び奇妙な父娘と母息子のつきあいは再開する。
夫の様子がおかしい。浮気していると妻・智子が直感し、問い詰めると、柚原は芙美母子のことを白状し、家族ぐるみでの付き合いに発展する。
芙美は家庭を顧みぬ父親と、それに苦しむ母の姿を見て育った。それもあって"夫は要らない。子供だけ産みたい"と、さながら今時の一部の女性の先駆けのようなことを思い、ある日酒場へ繰り出して、直感的に「この人と寝よう」と思い、男に近づいたという。
それが若かりし柚原で、女に振られてヤケ酒を煽っていたところだった。芙美曰く、へべれけでも清潔感があった。
「私を買わない?」と芙美は柚原に声を掛け、若い2人は一夜限りの関係を持つ。
芙美はその時柚原の財布からそっと名刺を抜き取り、芙美は一夜の関係で身ごもり、生まれたのが肇。
ところが肇が高校生になった時、バイクをせがまれ、買い与えたら事故で下半身不随となり、祖母に当たったりして一時家庭不和になったが、程なくしてその祖母(芙美の母)が亡くなった。
それを機に肇は物分かりの良い、大人びた子供になった。
芙美は、それ迄住んでいた目黒の家を引き払い、南大沢に移り住む。
肇の父親にふと連絡を取りたい気持ちになり、調べたら、何と同じ駅の反対側同士に住んでいるではないか。
そんないきさつから、冒頭の、いきなり見知らぬ美女から声を掛けられ…という話になる。柚原は「ちょっとそこらに居ないような、すらっとしたかなりの美人で…」と会社の同期の友人・東郷(演:大地康雄)に話しているように、元々芙美の美貌に魅かれている。
その美女が嘗て一度とはいえ、又記憶にないとはいえ、自分と関係を持ったと言っている。
いつしか堅物技術屋だった柚原は、芙美と二人で会うたびに、際どいことを言って、芙美に「私と寝たがっているわ」と見抜かれてしまう。
柚原の妻・智子が付き合いに加わると、浮気の心配のない関係を提唱され、芙美と柚原は、何だか釘を刺された気持ちになる。
その内、芙美の方が柚原にどうしようもなく魅かれ始め、電話越しだが「貴方が欲しいの。貴方が好きなの。」と涙ながらに告白。
柚原は男を見せ、出張帰りと偽って芙美と落ちあい、さぁ待ち合わせ場所へ向かおう…。
それが第10話の終わりで、「続きはどうなんねん!?」…まさに蛇の生殺し状態。
10年ほど前に「TBSチャンネル」で本作の放映が何度かあり、ここぞとばかりに録画した。
そうして続きを何十年ぶりかで遂に見るに至った。
柚原と芙美はシティホテルを取り、それまで抑えに抑えていた感情を解き放つかのように、ひたすら身体を重ね合う。
翌朝出社しようとしていた柚原を、芙美がモーニングコールを止めたと言って引き止め、更にその翌日は、今度こそ出社しようと一度は支度をして部屋を出た柚原が、再び部屋に舞い戻って…結局丸2日2晩彼らは行方不明という格好になった。
聡明な肇は母が家を空けた理由を察知し、柚原側からの問い合わせに嘘をついて無関係をでっち上げる。
柚原は一時的な記憶障害を押し通し、会社を何とか誤魔化すに至る。
肇と信江、2人の子供たちは薄々事情を察するが、芙美は肇に急に引っ越すことにしたと話し、肇でけは信江に別れを告げに来る。
あの事件の後、ぷっつり連絡が途絶えた芙美の家を柚原たちが訪ねてみると、そこには大きな向日葵の花が咲いていた。
それきりである。
最終話の最後、街を歩く柚原の姿。
向こうから白いサマーワンピースに身を包んだ芙美が、白い日傘を差して向こうから近づいてくる。
一瞬芙美は柚原に向かって軽く目礼したように見えたが、すれ違いざま振り返ると、そこには芙美の姿はなかった。
あゝ…島田陽子といえば、やはり白のイメージなのだ。
車屋の見立ても満更ではない。
…そんな話であった。
結構辛口の状況設定で、ピシッとした緊張感がありながら、同時に、何故か全体を包む独特のほんわかとした空気感と、不思議な幸福感が忘れられない作品である。
尚、本筋のエピソードではなかったが、柚原の同期:営業の東郷(大地康雄)の妻というよりはパートナー役で、高畑淳子が出演している。
大学教授で子供は作らない。そんな割り切った関係で行こうとしていたのが("ディンクス”なんて言葉が昔あった)、老いのせいか東郷は営業成績トップの座から陥落し、そんな折、柚原の部下で堅物研究員の女性と関係を持ち、女性が妊娠してしまう。
東郷は自分の営業スタイルが時代遅れなのか…と思い悩み、成績トップから陥落したのを機に、出社拒否症になる。
妻に膝を貸してくれと言うや、ガバッと縋りつき、「ボクちゃん淋しいよう。甘えたいんだよう…」と急に幼児退行すると、高畑淳子は大笑いするが、「よしよし」と頭を撫でてくれればいいんだと夫に力説され、何だか妙な気持になってくる。
柚原の部下の女性を妊娠させたことが判明すると、東郷夫婦は女性を家に呼び、「堕ろす、堕ろさない」で押し問答になるが、最後は妻が、それまでの誓いを破り、夫の子を身ごもろうと、大股開きでガバッとのしかかり、激しくキスの雨を降らせまくる。
芙美の家に柚原と信江が訪れ、肇も交えた4人で、話に花を咲かせる。
新興住宅街なのに、耳を澄ましていると、どこかから犬の遠吠えが聞こえて来る。
柚原の部下(演:野村宏伸)は、技術者のくせに詩人・まどみちをに凝っていて、報告書に「ぐぐぐぐががががげえげえげえ」と謎の誤字を打ち込んだまま柚原に出してしまう。
…こんな風に妙なサブエピソード満載の本作。
冒頭の芙美と柚原の、見知らぬ他人の男女が交わすぎこちない会話は、山田太一氏の後の作品『ありふれた世界』冒頭で、仲間由紀恵&加瀬亮が交わすたどたどしい会話を見た時、全く似た雰囲気に思えた。
最初のほうの回で、芙美が柚原を家に招き、肇と引き合わせる場面がある。
元々外で会う約束だったのが、芙美が柚原を強引に家へ連れてきて、柚原はすっかり困惑している。
夕食を手早く作るから居間で寛いでいてくれと芙美に言われ、手持ち無沙汰の柚原。
酒を出そうとする芙美に「酒なんてとんでもない」と断るが、家では飲まないわけではないと答える柚原に、間髪入れずに「だったらビール!」とキッチンから缶ビール片手に柚原の方をくるっと向いたり、
別のシーンで、芙美が落ち込んでいると柚原が心配していたと話す肇に、「元気、元気!」とシンク磨きに勤しんだり、
本作の芙美さんはとにかく明るい。
中盤。肇に、父親のことを芙美が打ち明け、物わかりのいい様子を見せていたが、下半身が効かないこと、死んだ父親はベトナム戦争の戦場カメラマンで、アメリカの俳優ばりにいい男だったと聞かされてきたのに、それはみんな嘘で、現に平凡なサラリーマンの父親が目の前にいること、しかも娘まで一緒に、家に入り込んでいる。
「ボールを投げるふりをして、気持ちをぶつけてみろよ」と持ち掛ける柚原の言葉で、肇は柚原一家の一人一人にボールを投げる仕草をする。
当時「エアー何ちゃら」という言葉はなかったが、今風に言えば「エアー投球」だ。
柚原へのボールは結構強い。
そして最後は母親・芙美に対して。
剛速球をビシビシ投げ込む肇に、「やだ…そんなの捕れない~」と顔を庇う仕草をするが、やがて肇と向き合い、捕球の動作。
「捕った!…捕ったよね!…」
真顔で言うから却って面白い。
本作では40歳を迎えても、まだまだ美しさは健在。それでいてちょっと天然で、明るく可愛い島田陽子さんを見ることができた。
本作は新聞に連載された。
島田陽子さんはそれを読み、「もしドラマ化されるなら、芙美は私に演らせてほしい」と山田太一氏に電話したのだそうだ。
それが功を奏したのかはわからないが、ぴったりの配役となった。
島田陽子、竹下景子の両女優は、全く同じ1953年生まれ。
その2人がタイプの違う中年女性として対照的に描かれるさまが興味深かった。
『丘の上の向日葵』の視聴もまた、私にとり大きな意義をもつこととなった。
この先どうなるんだろう?と思わせながら、最後はプツッと糸が切れるような唐突な別れ。
何だかキツネにつままれたような不思議な余韻と幸福感を残す、「流石、山田太一作品!」と思わせる内容であった。
1990年代。
世間的には島田陽子さんが”お騒がせ女優”、”スキャンダル女優”のレッテルを貼られ始める時期である。
その中にあって、リアルタイムで実際の出演作品を目にし、レッテルを跳ね返す魅力を感じられたことの意義は極めて大きい。
今回取り上げた2作を見ていなかったら、「昔は綺麗な女優だったんだけどね…」で済ましてしまったかもしれない。
偶然の巡り合わせの妙を、今更ながらに感じる次第である。
以上、一部を除き敬称略。
次回へ続く。