前回から1週間経った。

続きはこう書こう、ああ書こう…頭の中で、構想ばかりが先走る。

仕事をしている身では、平日夜に、長い、しかもマニアックで強い思い入れを持つ分野に関する文章を記すことの難しさを改めて痛感した。

先週のテンションを維持するにはどうすればいいのか?

暇さえあれば、部分的であれ、とにかく録画を見返した。

…というよりは、見返したくなる“魔力”のようなものを、この番組は持っている。

 

そして遂にCDラックの奥のほうから、手持ちのるーみっくアニメ・サントラ盤を、目ぼしいものを探し出して、かけるに至った。

 

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先の記事で、“失敗作”と断じた「うる星やつら4・ラム・ザ・フォーエバー」のサントラ盤をかけてみる。

神々しい合唱曲めいたInst曲で幕を開ける。

劇中、ラムが意識を持ち始めた友引町に誘われるまま、湖底に身を沈め、大樹の根っこに抱かれて、静かに眠りにつくシーンで使われた曲だ。

凡そ「うる星やつら」の世界とはかけ離れた、仰々しくも神聖なイメージ。

ここでは“ラム=守護神”否女神なのだ。

そこから打って変わり、アップテンポなBGMに転ずる。

面堂が飛麿に「ふるさと」を歌いかけ、幼少時代を懐かしむのかと思いきや、いきなり面堂が切りつけ、戦闘シーンが始まる。

元々宇宙人の地球侵略が、「うる星やつら」のそもそもの始まりだから、劇場版で話が大きくなると、地球はおろか宇宙規模での戦闘シーンが出てきて、ロボットアニメファンの需要さえもがっちり押さえてしまう。

…が、どうもここでもメガネを通して、製作者側のミリタリーおたく気質が如実に反映された結果という気がしないでもない。

弾を撃ち尽くし、町を滅茶苦茶に破壊した人々は、すっかり疲弊してしまった。

ここでも印象に残るのはメガネ。

狂乱の末、声が裏返り、弾はないのにそれでも銃を撃ち続けるさまは、精神の崩壊さえ感じさせ、異様であった。

あのシーン、千葉繁氏の熱演あったればこそなのだが、「もういいよ、メガネ」と声をかけたくなってしまう。

 

…そうこうする内、前回でも褒めた主題歌の「メランコリーの軌跡」(歌・松永夏代子)が流れ始めた。

前回触れた、温泉マークが校長と、ガード脇の屋台でお愛想、苦笑いの図が、サラリーマン社会の悲哀を感じさせ、切ないんだが、何故か心にグッと来る。

間奏曲のときに、テンちゃんがおまるのロケットで、「ババババ…」とミサイルを撃つのも、「3・リメンバー・マイ・ラブ」で、うる星住人たちを引っ掻き回したルゥと、少年を支えるようにキリッと佇む家庭教師・ラーラ(…この人も、島本須美でした…)の図も、セピア色に染まった今は思い出。

主題歌が終わると、真っ黒な画面の中央に、

「全ては記憶の葉脈に埋もれて そして FOR EVER」

そんなメッセージが流れた。

 

あれから30年以上の時が流れ、確かに私自身、るーみっくアニメ特に「めぞん一刻」、「うる星やつら」については、かつてあれほど熱中し、入れ込んだにもかかわらず、記憶の葉脈に埋もれていたきらいがある。しかし、このNHKの番組みたいな、熱く語り尽くす番組を目にしてしまうと、雨後の筍みたいに次から次へと、後から後へと、色々な記憶が甦ってきてしまうのだ。

 

閑話休題。

音楽の助けも借り、ついでにNHKの番組のパワーも借り、るーみっくアニメのあれやこれやを思いつくまま、気の乗るまま、記してみたい。

 

*****

 

「うる星やつら」テレビアニメシリーズは、1981年秋に始まった。

前回記したように、私自身は1985年からの途中参加組で、既に押井守氏は製作から退き、やまざきかずお氏が監督を後任されていた。

番組で発表されたエピソードの投票結果の内、取り上げられていたのは上位3つ。

 

4位だった「ときめきの聖夜」(原作では「君待てども」)が、映像のみで、全く触れられもしなかったのが残念だが、最初にあたるがラムに恋心を抱くさまが描かれた重要な回。

これは例の“組野おとこ”のエピソードなのだが、親衛隊の4人が、偽ラブレターをあたるに送り付け、ラムと引き離しにかかる。

まんまと引っかかったあたるに制裁を加えようと目論む4人組。

それを聞いたラムは、自分を振り切って、「おとこ」ちゃんとのデートに行ってしまったあたるを、最初は“いい気味だっちゃ、痛い目に遭うといいっちゃ”(…と言ったかどうかまでは忘れましたが…)と突き放しにかかるのだが、やっぱりあたるのことを放っておけず、メガネたち親衛隊が雇った“組野おとこ”役に自分が成り代わり、あたるのもとへ現れる。

あたるはラムだとすぐにわかる。

ラムは真相を告げるが、その横顔を見て、あたるは「ラムってこんなに可愛かったのか」と、その魅力に気づく。

ラムは、「うち先に帰って部屋を暖めておくっちゃ」と飛び立とうとするのを、あたるは手をつかみ、もうちょっと一緒に歩こうという。

その時のラムの表情がいい。

いつものようなオーバーアクションではなく、「わぁー」と目を輝かせ、それでもあたるの横を歩いている。あたるがやがて手をつないでくるのを待っている。

やがて白い雪が舞い始め、街にはジングルベルが鳴っている。

 

「うる星やつら」は元々、あたるが主人公で、世にも稀な凶相の持ち主であった。

幼馴染のしのぶとつきあっていたが、他の女の子に目をとられること多数で、原作は、いきなりあたるがしのぶに平手打ちをかまされるところから始まり、早くも現れた錯乱坊(チェリー)から、女難の相と不運を指摘される。

(…名ゼリフ・「さだめじゃ」の始まりですね…)

その不運が嵩じて、宇宙から鬼族の侵攻を受け、ラムと地球の命運を賭けた鬼ごっこをさせられるのは、皆さまご存じの通り。

 

あこぎな星間タクシーを間違えて呼んでしまい、その代金として地球が貯蔵する全ての石油を請求され、挙句の果ては世界中のコンビナートから石油が吸い上げられてしまう。

そのツケをラムが電撃エネルギーで精算し、するとその後しばらくの間、町に石油の雨が降った。

確かその時、電撃エネルギーの提供の代わりに、ラムがあたるの家へ同居することを条件にしたのだったと思う。

 

そんなあたるの不運続きのエピソードが最初は続くが、やがて高橋留美子氏自身が、物語のネタが尽きてしまうので、女好きのほうをクローズアップする方向に舵取りがなされた。

 

ラムは当初、侵略者のお先棒といった役どころで、ひょんな勘違いから、あたるの押しかけ女房になり、あたるを追いかけ、あたるが他の女に目を移すと電撃を食らわせ、しのぶを浮気相手と決めつけ、敵視する。

ただし、虎縞ビキニのセクシーないでたちで、可愛いのは容姿だけ。

当初は後の描かれ方よりもずっとヒステリックで怒りっぽかった。

 

それが最初はあたるを追っかけてではあったが、あたると同じ友引高校へ転入し、地球人たちとも馴染んでいった。

あたるもまた、ラムの独占欲とベタベタくっついてくるところは鬱陶しく思いつつも、ラムのおかげで弁天さま、おユキさん、ランちゃん、果てはテンちゃんのお母さんなど、宇宙からの美女たちと次から次へと知り合いになれるので、あまり邪険にばかりもできないし…。そんな位にラムのことを思っていたのかもしれないが、この「ときめきの聖夜」あたりから、ラムが可愛らしい女の子としてその魅力を発揮し始め、真に作品世界に溶け込んでいったのかもしれない。

 

長話ついでにいうと、サクラさんもまた、登場した当初は、絶世の美女だが病弱で、悪霊に取り憑かれている巫女という位置づけだった。

(錯乱坊のめいだとは未だに信じられません。おまけに母上も、錯乱坊そっくりなのだから、出てはこないが、よほど父上が美男子なのか…?!)

ところがお祓いの効果で、悪霊どもが全てあたるへ移り、すっかり健康を取り戻し、やがて友引高校の保健の先生としてあたる達のもとへ現れ、以後、レギュラーキャラになっていく。

当初は不幸を背負っていながら、やがてそのイメージから脱却していった点では、あたると似ている。

(…な~んて言ったら、「おのれ~何抜かすかぁ~」とあの鷲尾真知子さんのドスの利いた声で怒鳴られ、蹴り飛ばされそうな気もしますが…)

サクラさんは、あたるのセクハラ攻撃の一番の被害者でしょう。

あたるがガールハントを生きがいとする軽薄者へとキャラ変する中で、軌を一にするようにサクラさんもまた、あたるにセクハラ行為を働かれては、長いおみ足であたるを蹴り飛ばすのが基本パターンという、ある種能動キャラにシフトチェンジしていったのが実に興味深い。

 

ついでのついでで言えば、アニメでは省かれてしまったが、原作では「性(さが)」という知る人ぞ知る有名な話があり、ここではあたるの未来が描かれている。

あたるはしのぶと結婚し、“こける”という父親の女好きの属性をそっくり受け継いだ息子の存在まで描かれている。

物語の進展とともに、あたるとラムの、心は底では通じ合っているのだが、あたるはラムも含めたハーレムが理想だし、ラムはあたるに自分だけを向いてほしいと思っている。

ラムとあたるが結ばれるのは既定路線として、暗黙の了解となっていくが、そうなると「性」のことはどうしよう?

高橋留美子氏がここを随分と悩まれたようで、NHKの当番組で評論家氏が、“しのぶが可哀そうになってしまう”として、因幡君のエピソードを思いつき、「うる星やつら」を収束に向かわせることができたと仰っていたが、更に突っ込めば、「性」との矛盾の解決策ということだったと思う。

すなわち、あたるとしのぶが夫婦になり、“こける”という息子までいるという未来は、あくまで数ある未来の内の1つにすぎませんよ。あたるとラムが結ばれる未来だって同じくらい可能性があるんですよ。

と補足することで、いうなれば「性」のエピソードを相対化してしまったというわけだ。

更にいうと、この因幡君話のアニメ化である夢の仕掛人、因幡くん登場!ラムの未来はどうなるっちゃ!?」では、最後、ラムたちの振舞いに怒った運命製造管理局の面々(因幡くんの上司?先輩?)が、未来への扉を全て奈落の底へ落っことし、後で全部作り直すと宣言したが、ラムが作ったあたるとの幸せな結婚を描いた未来への扉を、あたるが「これだけは落っことされるまじ」とジタバタと悪あがきして懸命に支えようとするさまを見て、ラムが感激するのだが、あたるの努力虚しく、全ておじゃんになってしまう。

だが、最後の最後にラムが作った未来の扉につけられた虎縞柄のノブだけが、こっそり元に戻され、ラムとあたるが結ばれることを示唆する内容が付け加えられたのが興味深い。

原作ではそこまでは描かれてはいなかった。

 

…さて相次ぐ脱酸に次ぐ脱線で、もはや「うる星」の何を語っていたんだっけ?!というレベルになってしまっているが、当番組のエピソード投票結果から派生していたことを、読み返してみて思い出したので、話を無理やり元に戻すと、この「ときめきの聖夜」を押さえて第3位になったのが、「ダーリンのやさしさが好きだっちゃ…」である。

番組でも紹介されていたが、これも実にいい話なので、より詳しく紹介したい。

 

病死して幽霊になってしまった望(のぞみ)の日記を元に、のぞみの母が、サクラに相談に来たのが発端。

病室の外を元気に駆けていくあたるが好きになった望の、日記に書かれた願いを一つ一つ叶えてやりつつ、あたるの本性が知れれば、望があるいは幻滅して成仏するかもしれないと考えたサクラたちは、あたるに望の幽霊とデートするよう頼む。

女の子といえば幽霊でも見境なく口説くあたるのお気軽な性格は、こういう時には有難い。

違うのは顔と財力だけで、中身は同じといわれる面堂だったら、あるいは尻込みしていたのでは?

手編みのマフラーに毛糸の帽子、手袋にレッグウォーマーまで、望ちゃんが取り出した品々を、求めに応じて身に着けていくあたるだが、季節は初夏。

汗だくになりながら、それでも女の子へのサービスに余念がないあたるだったが、最後にセーターを取り出されると、一目散に逃げ出した。

それをサクラさんが注連縄で捕縛して、無理やり連れ戻す。

よくみるとセーターは片袖が編みかけだ。

「途中で死んじゃったから…」

望ちゃんの言葉に、一同しんみりとなり、結局あたるはセーターも身に着けた。

その後、アニメ版では話が膨らみ、街へ出て、人ごみの中を歩き、エレベーターで上へ上がっていく。人も車もどんどん小さくなっていく様子に感動する望ちゃん。多感な時期をずっと病室で過ごした彼女には、そんな当たり前のことさえも、心躍らせる出来事なのだ。

最後に行き着いたのは遊園地。

ジェットコースターに乗って、食事をして、メリーゴーランドにも乗って。

それでも望は成仏しない。

日記の最後のページを繰ると、白い雪の舞う中、あたると腕を組む。

それができたなら、もう思い残すことはない、とある。

ところが今は5月。

雪が降る道理がない。

原作では真夏だった気が…。

ラムも“おユキちゃんを連れてくれば”なぞとは言わなかった。

いつしか夜になった。

ライトアップされた園内に、花火が打ち上げられ、その光があたるの背後に降り注ぐ。

望は恥ずかしそうに、あたるに、「腕、組んでもいいですか?」と頼み、そっとあたるの腕に頬を寄せる。

あぁその時の望ちゃんの幸せに満ちた顔。

今、この文章を打ちながら、思い出しただけで目頭が熱くなってしまいます。

 

そして、皆が気付いた時、望の幽霊はその姿を消していた。

全てが終わったとばかり、サクラさんが、いつになく優しい顔で

「さ、もう脱いでもよいぞ」

とあたるに声をかけると、あたるは

「もう少し、着てる」

そう言って微笑んだ。

その時の、一瞬目を潤ませながら、涙をグッと堪え、一人背を見せて園内へ去っていくあたるの男気。

そんな様子を後ろでそっと見守る着物姿の望の母のもの哀しい佇まい。

 

TVアニメ版では、その後日譚として望の母が、亡き娘の墓参りに来るさまが描かれる。母親の顔は描かれずじまいだ。

先に来ていたあたるとラムと、無言のまますれ違う。

墓には綺麗な花束が供えられていた。

母親はあたる達が去っていった海のほうを向く。

水平線の彼方へと広がる、初夏の日差しをめいっぱい浴びた海のきらめきが、たまらなく切ない。

そしてあたる達に向かって深々と頭を下げた。

 

墓参りの帰りに海辺に立ち寄るあたるとラム。

「ダーリン、優しかったっちゃね」

「俺はいつだって優しいわい」

「それに、夢、壊しちゃかわいそうだもんな」

 

「うちも幽霊になろうかな」

「何いってんだ、バカ」

 

***

原作の1話を30分に伸ばしているので、話が深くなっている。

冒頭のモノクロの病院の場面。

本人には聞かせられないので、廊下で立ち話する医師と母親。

娘の残り少ない命のことだろうか。

そして画面が転じ、母親が一人、病室を片付けている。

あたるの“A”をあしらった手袋を、きちんと畳んだマフラーにのせて。

そして母親は、娘が可愛がっていた鳥を籠から空へ解き放つ。

恐らくカナリアは、戸惑ったように母親の顔を小首をかしげて見ているが、やがて病室から飛び立っていく。

最初は壁に沿って落ちていくが、やがて自由を得た鳥は、精いっぱいその小さな翼を羽ばたかせ、大空へと飛び去って行った。

 

くだくだしい説明はいらない。

全体を貫く抑えめの演出が、観る者の心に深く突き刺さり、何とも言えない感動が後からじわりと押し寄せてくる。

ラムとあたるの描かれ方も、長年連れ添った夫婦といった感じで、実に良い。

 

***

かつて小学館から「テレパル」というテレビ雑誌があって、その後ろに、大の「うる星」ファンの若い男性が紹介されていたことがあった。

TVアニメ版を録画したVHSの1本1本に、お手製のタイトルロゴ入り背ラベルを貼り、さながら市販ソフトのように仕立て、愛蔵している様子が紹介されていた。

氏が、一番好きなエピソードはこの回と話しているのを読み、この頃、この話は未見だったので、「一度是非見なければ」と思いを募らせると共に、好きな作品をライブラリーとして残したいというモチベーションを溜まらなく募らせたことを、昨日のことのように思い出す。

 

TVアニメ版としては、かなり後期に位置する回で、劇場版第3作・「リメンバー・マイ・ラブ」の、抒情的なサントラが効果的に用いられている。

改めて見返してみると、OPは「ROCK THE PLANET」

タイトル通り、ロックンロールな曲調で、「うる星」歴代オープニングの中でも異色曲だが、この回の実にしみじみとした内容と、実に見事なコントラストをなしていると思うのは私だけだろうか。

 

SF戦闘服で装った「うる星」女子の面々。

対する男たちは、メガネ考案のモビルスーツ姿か。

竜之介が、当たり前のように女子の衣装で出てくるのも異色といえよう。

だって竜之介といえば、おやじのせいで、普段は詰襟の学ラン姿一択。

原作では、セーラー服に憧れ、亡き母の遺したという衣装に思いを馳せ、ブラジャーを切望し、変態おやじが腹巻に隠し持つスクール水着を奪還せんと、おやじと一戦交えるほどだから。

とはいえ、竜之介は、弁天と女らしさを競うようになった回の最初の方で、銭湯で、胸をさらしで巻く場面で、ローライズの下着姿というサービスカットが描かれているから、竜ちゃんも一番肝心なところはちゃんと女ものを身にまとっているはずなのだが、表に出る格好も本当は女の子の姿をしてみたいということなのだろうか。

 

ついでに書いてしまうが、「リメンバー・マイ・ラブ」では、鏡の家の中で、逆向きに走ってくる「不思議の国のアリス」ばりのドレス姿が描かれているが、あれは魔術師・ルゥがいたずらで映し出した幻みたいなものだったから、竜之介は女の子の恰好をした例は、やはり「ROCK THE PLANET」だけなのかなぁと思う。

 

OP終盤、宇宙から地上に降りてきたラムは、高速道路から降りるとついつい飛ばしてしまうように、いつになく足取りがリズミカルで軽やか。

それにつられたあたるは、鞄を口にくわえて阿波踊りよろしくひらひらと踊って見せるが、いつの間にやらラムはいなくなっており、「あれっ?」とコケるのもクスッと笑わせてくれるのが良し。

 

歌のランキングには「ROCK THE PLANET」は入っておらず、完全に無視されてしまった格好だが、後付けの視聴経験とはいえ、この曲がオープニングとしては特に印象に残っている。

 

エピソードとしては個人的には、やはり上述の「テレパル」のマニア氏と全く同意見で、「ダーリンのやさしさが好きだっちゃ…」を第1位にしたい位だが、登場人物が少なく、直接的にラムとあたるの関係が進展するきっかけになるような話ではないから、この手のランキングで最上位にくることがないのは致し方ないことだろう。

しかし、この回で見せたあたるの男気、普段にゃはははしている女たらしの軽薄さの裏に隠れた心の優しさ。

そういったあたるの美点は、例えばもっと後の、装着すれば相手を誰かれなく殴りたくなる怒りの闘魂グローブ(…こんな名前だったっけ…?)の回では、あやうくラムを殴りそうになると、凡そ人間業では考えられないような身のこなしで、とっさに自分の顔を前に出し、ラムをかばう場面などでも描かれている。

 

それだけに、あたるのことは憎めない女たらしと言えようか。

「ダーリンのやさしさが好きだっちゃ…」を見ると、ラムはあたるのこういうところをよく分かっていて、だからこそあたるに心底惚れこんでいるんだろうなぁと感じられてならない。

 

*****

 

エピソード投票の第2位・「そして誰もいなくなったっちゃ」は、押井演出の超有名回で、あたるを巡る面々が次々に謎の怪死を遂げ、最後に残ったあたるは…という話。

マザーグースのクックロビンの詩に基づく話の展開で、凝った進行と、ミステリータッチの演出が目を引くが、こんな「うる星」もあるんですよという、「うる星ワールド」の懐の深さを示す回といえると思う。

最後に、あたるを懲らしめるためのお芝居だったとネタばらしして、いつもの「うる星」ワールドに戻すのも良い。

 

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エピソード第1位に輝いたのは、「君去りし後」

これは、今流にいえば、神回中の神回というべき話なので、衆目の一致するところといえようか。

 

ラムが地球滞在ビザの書き換えか何かで、一時里帰りをするが、去り際に相変わらずアホなことをしているあたるに対し、いつものように電撃炸裂でもなく、「バイバイ」と手を振ってあっさり分かれる。

その後、姿を消してしまったラム。

あたるはラムが本当に星に帰ってしまったと思い込んだあたるは、ラムの残していったラムちゃん人形を胸に、傷心状態。

アニメ版では、夜の街を彷徨い、ラムを想ってはため息をつくあたるの姿が、「マルガ・リータ」という挿入歌で、効果的に描かれた。

町のゴミ捨て場に迷い込み、ポリバケツをかぶりながら、遂にはラムちゃん人形を抱きしめて、涙と鼻水でぐちょぐちょに。

実は中にはマイクが仕込まれており、里帰り中のラムが音を出してみると、あたるの涙と鼻水をすする音。

ラムの父ちゃんが、「小汚い音する婿はんやなぁ。茶がまずくなる。止めよ。」とラムにいうが、ラムは「だめ」といって、モニター装置を愛おしそうに胸に抱く。

数日後、すっかり憔悴しきった、ため息しか出てこないあたるのもとへ、ラムが帰ってきた。

「何だ、帰ってきたのか。残念じゃ」

ラムを見ると、憎まれ口をたたきたくなるが、胸のラムちゃん人形はすっかり涙で汚れ、それをラムに指摘されると、慌てふためき、

「うわっ、知らん!知らんぞっ」

と取り繕う。

 

傍ではしゃいでいるメガネ始めラム親衛隊4人衆。

彼らに声をかけられ、ラムは「イヤッホウ」と手を挙げて応えるが、あたるはラムの目が離れるや、ホッと胸をなでおろす。

これを見ていると、ラムさんへの終生変わらぬ愛を誓い…云々と高らかに宣言するメガネでさえも、ラムを数日見かけなくなっても平気の平ちゃらなのかな…と思ってしまう。

口では憎まれ口ばかりたたき、強がりばかり言っていても、ラムがいないと心底不安になり、心配でたまらなくなるあたる。

ラムはそんなあたるの自分への、決して表には出さない想いを確かめ、満足する。

 

里で父ちゃんに「だめ」と言って、モニター装置を抱きしめるラムの、何と女っぽくしおらしい姿であることか。

いつもの電撃鬼娘ではない。

 

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「うる星やつら」のランキングの中で、古川登志夫、平野文のゲスト声優両氏に、生アフレコをやってもらうというスペシャル企画が最後にあった。

4場面の中から視聴者投票を募り、最多票のエピソードをやってもらうという趣向だったが、やはりこれはもう「君去りし後」一択しかないでしょう。

 

驚いたのが、両氏とも、全くと言っていいほど声が衰えていない。

鳥肌が立つほどだ。

特にラム役の平野文さん。

実年齢からすれば、あの張りのある甘い響きのラムの声が、未だに維持されているとは、全くもって奇跡的だ。

 

「君去りし後」の生アフレコの直後、ゲストの中川翔子さんが、拝みポーズをいきなり始め、何してるのかと思いきや、

「一生のお願い。「青」もやって下さい」

とすがりつき、「青」こと第1話・「噂のラムちゃんだっちゃ!」

もやってもらえたのには、思わず「よくやった!しょこたん」と喝采を浴びせたくなるほど。

「青」もやってもらえたからこそ、番組中でも語られていた、あたるの、電撃を受けた後の「カカカカ・・・」と息の抜けたような独特の笑い声が、古川登志夫氏から生で聞けたのだ。

通称・あたる笑い というのだそうで。

 

これはファンにとっては2度とない、超お宝映像といえるだろう。

 

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今回も、そろそろとんでもない時間になってきたので、収束するが、キャラクター投票中67位の「スーパーデリシャス遊星ゴールデンスペシャルリザーブゴージャスアフターケアーキッド28号」だけは、ウケ狙いかネタの組織票が働いたのではないか?と勘ぐってしまう。

だって、あのスーパーマンもどき、今でいう悪徳商法、詐欺師のはしりとでもいう奴ですぜ。

「中○コース」という中学生向けの雑誌裏によく載っていた、「Dr.キャッポー」だとか、「ハイノビール」だとか、睡眠学習枕と同類と見ねばなるまい。

あるいは「クレヨンしんちゃん」でいうなら、時々出てくる「売間久里代(うりまくりよ)」といったところか。

またまた脱線するが、睡眠学習枕といえば、「ちびまる子ちゃん」の故・さくらももこ氏のエッセー・「もものかんづめ」の「うんこちんちん」に即連想が飛んでしまうのは、これも別の意味である種の性(さが)といえようか。

 

後、番組後半の「ラムのラブソング」のところで、背景にだけ出てきたが、「ラムちゃん牛になる」の回も捨てがたい。

黴菌が入ったとかで、ラムの角が直角に折れ曲がり、それを不治の病だと思い込んだラム。その内、自分は牛になってしまうんだと一人嘆き悲しみ、遂にあたるに告白する。

あたるはラムと一緒においおい泣いてくれ、挙句の果てには法被を着て、牛小屋を作り出す始末。

その頃、ラムは角の秘密を父ちゃんに教えてもらっていて、病気じゃなかったことも、牛になることもないと知っている。

一方、いきなり牛小屋作りに目覚めた息子を、バカ呼ばわりするあたるの両親。

あたる母の「生むんじゃなかった」が甦るが、ここでは言っていなかったような気も…。

やはりこのエピソードでも、あたるのラムをいたわる気持ちがひょいと顔を覗かせる。全体的にはそういう回が強く印象に残るものだとつくづく思える。

 

「うる星やつら」については、作品世界が「何でもござれ!」的なお祭りみたいな話なだけに、語る側も、次から次へと言いたいことが湧き出てきて、幾ら言っても言い足りない。

後で読み返してみて、まだまだ言い足りないことが見つかったら、次回に持ち越すつもりでいる。

 

…とここまで延々と記してきて、シリーズ後半の純情ギツネのエピソードと、アニメ版ではそれを膨らませたカカシの三四郎…しのぶに懸想する仏滅高校総番の話を全くしていなかったことに気がついたが、これ以上続けると、週の初めがいきなり徹夜明けになってしまうので、今回はここまで。

カカシの三四郎に思いが至ったところで、何でゲストに西村友美呼ばなかったんだろう?と思ったりして。

 

るーみっくアニメ・ネタはまだまだ尽きそうにない。

次回へ続く。

(一部敬称略)