7月29日(日)
丸の内―名古屋/名古屋―勝川/勝川―枇杷島
西枇杷島―(名鉄名古屋)―(太田川)―(富貴)―河和
河和―(富貴)―内海/内海―名鉄名古屋
名鉄名古屋―豊橋/豊橋―蒲郡/蒲郡―(吉良吉田)―名鉄名古屋
名古屋―中島/中島駅ー一色大橋/一色大橋―高畑
高畑―(本山)―八事日赤/八事日赤―荒畑
荒畑―丸の内
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懲りずに“名鉄電車乗り鉄”ネタを続けます。
中部国際空港行の「準急」に揺られること30分ばかり。
途中の太田川という駅で降りる。
緩急接続ができる追い越し駅で、待避線には知多半田行「普通」が待っていたが、これをやり過ごし、後から来る内海行「急行」を待つことにする。
本当は、中部国際空港方面にも乗りたいのだが、そちらは前に行ったので、今回は乗ったことのない河和線、知多新線を優先させる。
最初は「急行」で内海まで行こうと思っていたが、折角フリーきっぷを持っているのだから、「特急」の特別席を乗り倒した方がいいに決まっている。
予定を変えて、内海方面と河和方面に分かれる富貴という駅で再度乗り換えることにした。
田舎の小さな分岐駅で、構内踏切も健在だが、複線同士が分かれ、上り方面の合流する側だけが島式ホームの2線式となっている。
待つこと暫し。
やって来たのはまたしても「1700系」。
本数が圧倒的に少ないから、先ほどの西枇杷島駅での踏切でも見かけたことといい、実に「引き」がいいと言えそうだが、そんなことは鉄道好きにしかわからないことで、多くの人にはどうでもいいことだが、ちょっと嬉しい。
この頃からポツリポツリと雨が降り始め、あっという間に終点・河和駅に着いた頃にはすっかり運転席が雨の雫で濡れていた。
4線あるホームには、実に感心なことに電車が全て停まっている。
おおーっ、これは東京でも滅多にないことですよ。
左端に停まっているのは、古参となった急行用の5700系電車だ。
…と思って近づいてみたら、こちらのほうがレアかもしれない、機器流用車の5300系であった。
回送車として留置されているようだから、たっぷり鑑賞できるというもの。
優美なパノラマ窓ののぞき放題、撮り放題。
現存車では唯一、7000系パノラマカーのDNAを受け継ぐ形式といえる。
ついでに先ほどまで乗ってきた「特急」の反対側も写す。
銀色の正面扉は如何にも貫通式を思わせるが、「青」の2000系とは違い、こちらはニセ貫通扉。
再びホーム端へ。
左側の電車は5000系という通勤車だが、どうも名鉄で「5000系」というと、あの卵型の2ドア転換クロスシート車の「初代」を連想し、こいつを見ると“安物”という気がしてならない。(お好きな方、どうもすみません)
このすぐ後、遠路はるばる新鵜沼まで行く「急行」に乗り、再び富貴駅まで戻る。
電車が過ぎ去ると、雨上がりの田舎の駅に暫しの静寂が訪れた。
構内踏切を渡り、再び下りホームへ。
内海行の「特急」を待つ。
…すると、やって来たのは遠目にもハッキリ見える“カブトガニ”。
塗色変更前と比べると“白”の印象は薄まり、“赤と黒”の精悍な顔つきとなった。
勿論乗り込むは先頭の展望席。
ゼミの教授と教え子の女子大生か?
ご機嫌なオヤジとその親戚か?
関係性が何とも不思議な、おっちゃんと茶髪の若い娘たちが先頭を占め、これからリゾートと洒落こむところ?
だって、お姉さんのほうは常に敬語なんですもん。
さすがに展望席は見晴らしがいいねぇ。
市街地の展望もいいが、緑のトンネルの中はひときわいい気持ち。
いつしか線路は単線になり、正面から対向列車と至近距離でお見合い。
あわわ…正面衝突!と思えるが、ちゃんと脇の線路に逸れてくれる。
そうこうする内、電車は終点・内海に着いた。
ここも先ほどの河和駅と同様、2面4線の立派な駅だ。
河和は港があり、内海には海水浴場がある。
この1つ手前・知多奥田という駅近くに、南知多ビーチランドという施設があり、その昔、「なまず」と言われた850系という旧型車両が静態保存されていると、昔雑誌で読んだが、海が近く、10年ほどで塩害による腐食で解体処分されてしまった。やはり海のそばに鋼鉄電車を保存するのはいけません。
乗客が皆降りてしまい、ガランとした展望席の内外を撮る。
そのまま折り返し、名古屋行の「特急」となるので、これに乗る。
今度こそ晴れて展望席のど真ん中に居座る。
名古屋方面へ向かう時は、展望席が後ろ向きになる。まだ午前中ということもあって、結局この後、終点・名古屋まで、この展望席の小部屋には他に誰も来なかった。
検札に来た車掌さんに、「これでここもOKなんですよね?」とわざと人懐こく聞いてみた。もちろんOKですとも…。ただし、座席指定を受けた人が来たら、席を明け渡さねばならないんですけどね。
急にまた雨が降ってきた。
富貴駅を出ると、晴れ間が戻り、ここから電車はスピードを上げた。
元・急行車・5700系も、「普通」で元気に走っている。
混雑激化ゆえとはいえ、こうした豪華仕様の一般車両が激減してしまったのは残念である。
電車はやがて高架線から更に上層へ上り始め、ホームへ滑り込んだ。
太田川駅である。
全く知らなかったのだが、ここ太田川駅は、知多新線と河和線からの上り線だけが、先ほど中部国際空港行「準急」から乗り換えた時に降りたホームの更に上に1面2線の島式ホームを構成している。
恐らく、同一面にすると、中部国際空港方面へ向かう常滑線下りと、この知多新線、河和線からの上り線が平面交差になってしまうので、それを避け、ホームごと立体化してしまったということなのだろう。
その結果、3面6線の二重高架という豪華設備を奢ることとなった。
名古屋方面へこの駅から向かう時だけ、どちらの階のホームへ行けば早いか迷いそうだが、設備に余裕があるに越したことはない。
それだけ名鉄が、空港輸送に力を入れている証だと思う。
こうして見ると、雨こそ上がったが、如何にも怪しい空模様。
猛スピードで走り去る「ミュースカイ」とすれ違う。
築港線が分岐する大江駅をあっという間に通過。
神宮前へ漸く戻り、しばらくJRと併走。
この宮殿みたいな建物は何なのだろう?
天に聳えるのは仏塔のようにも見えるが…。
次々と行き交う電車。これが複々線の醍醐味。
金山駅に着く。
こっちは特急とはいえ、次の名古屋止まりのせいか、お隣に後から来た「急行」に追い抜かされてしまう。
漸く金山駅を発車。
名鉄は複線になったが、代わりにJRが中央線が合流し、新幹線まで加わるので、賑やか。
地下に潜れば、間もなく終着・名古屋。
お名残惜しいがパノラマスーパーからここで下りる。
早くも「回送」表示を出し、ほどなくそのまま出発。
この先のお隣・栄生駅の引上げ線へ入り、再び内海方面へ折り返すのだろう。
追記:…と思ったら、河和線系統の特急は、枇杷島分岐点から犬山線方面へ分かれた先・旧下砂杁信号場まで走ってから折り返すのだそうだ。
(「名古屋鉄道 今昔―不死鳥「パノラマカー」の功績 (交通新聞社新書)徳田 耕一著)
写真の点数が思ったよりも多くなってしまったので、今回はこれでおしまい。
次回へ続く。



























































