7月29日(日)
丸の内―名古屋/名古屋―勝川/勝川―枇杷島
西枇杷島―(名鉄名古屋)―(太田川)―(富貴)―河和
河和―(富貴)―内海/内海―名鉄名古屋
名鉄名古屋―豊橋/豊橋―蒲郡/蒲郡―(吉良吉田)―名鉄名古屋
名古屋―中島/中島駅ー一色大橋/一色大橋―高畑
高畑―(本山)―八事日赤/八事日赤―荒畑
荒畑―丸の内
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しばらくは「乗り鉄」ネタが続きます。
台風一過の朝、城北線完乗を果たした後、JR枇杷島駅前に降り立ったが、駅は今時の小奇麗な橋上駅舎で、地上に降りてもすぐ住宅地。駅構内だけはガランと広い、如何にも国鉄風な駅前である。
幹線道路に出て、真っ直ぐ進む。
大きな交差点を歩道橋が跨いでいる。
歩道橋のたもとに看板があった。
近づいてみると…ここはかつて名うての混雑道路だったらしく、昭和34年にいち早く歩道橋が造られたそうである。日本初の歩道橋だという。
日曜朝だったので、全くそんなふうには思えなかったが、由緒正しき場所なのだ。
歩道橋を渡った先に踏切を横切る名鉄の赤い電車が見えた。
その脇道を入って暫く進むと、静かな住宅街から急に視界が開ける。
枇杷島分岐点の三角州である。
川の先に東枇杷島という駅があるが、何の変哲もないカーブした相対式ホームの小さな駅である。名古屋から西へ進む時、東枇杷島駅を過ぎるとすぐ庄内川を渡る。踏切を渡る辺りで線路は突然二手に分かれ、両方とも下り勾配に差し掛かる。岐阜へと向かう本線と、犬山方面へ向かう犬山線が、平面交差して分かれていく。
分かれた線路は急カーブで左右に広がっていき、その先で岐阜方面と犬山方面を直接結ぶ線路も現れる。それがこの場所。
岐阜方面と犬山方面を直接結ぶこの線路は、営業運転には使われていないので、ご覧のように至って静かである。この線のお蔭で三角線が構成されるので、車両の方向転換には有効になる。
「パノラマスーパー」の内、かつて全車特別車両の4連だった編成を2連ずつにバラして、岐阜・犬山方面を向いていた先頭車を豊橋方面へ向きを変える時、大いに活用されたという。
長らくここに来たかったのだが、これまで名古屋へ何度か来ていながら、ついぞ訪ねる機会がなかった。
念願叶って漸く初訪問。
前に聞いた話では、3本の複線に囲まれた三角州内に、かつて民家があったそうだが、鉄道好きには天国みたいな場所だったに違いない。
今では空き地というものがどんどんなくなってきているから、てっきり家が建てこんでいるのかと思いきや、ご覧のように草が生い茂る空き地であった。
それにしてもまだまだ雲が黒くて分厚いなぁ…。
こちらからは遠目に眺める格好だが、右手に別れる本線と、左手に別れる犬山線上を、電車がひっきりなしに行き来する。
三角州の中には名鉄所有の新しい倉庫しかなく、恐らく名鉄の敷地だと思うが、今時珍しい遮断機も警報機もない「第4種」というのだと思ったが、簡易な踏切には、特に「関係者以外立入禁止」とはどこにも書いていなかったので、そっと三角州の中に入り、暫しの間、枇杷島の三角州を堪能できたのであった。
再び元の大通りへ戻り、踏切へと至る。
目の前を赤い電車がゆっくりと通り過ぎて行った。
この踏切のすぐお隣が西枇杷島駅である。
2面4線の接続可能な退避駅だが、島式ホームは恐ろしく幅が狭く、椅子はおろか屋根もない。
ゆるゆると6000系の「準急」(画面左側)が通り過ぎるのを待っていたら、今度は上り「普通」が駅に着き、そのまま踏切の遮断機が下りていた。
あーーーっ!
コイツを逃すと、次まで30分は待たされるーー!
のろのろと客扱いをし、そのまま出発していった電車をどんな恨めしい思いで見送ったことか。
漸く遮断機が開き、線路を渡って南側へ行く。
時代に取り残されたような、「ザ・昭和」といった風情の駅舎。
先ほどのJRとは随分と対照的である。
出入口はこちら側にしかない。
ホームへの出入りは、構内踏切から行い、ホームが狭いから、電車が着くまでホームに入れてももらえない。
名古屋から数駅しか離れていないのに、ここは都会のエアポケットみたいになっていて、昼間は停車する電車が1時間に2本しか来ないのだ。
30分待たされることになったので、時間はたっぷりある。
とはいえここは本線の真上。駅に停まる電車こそ少ないが、通過する電車はひっきりなしにやって来る。
踏切へ戻り、カンカン鳴る度にカメラを向ける。実に慌ただしい。
最初に捉えたのは、特急車の中でもレアな1700系。
先頭車の運転台上に掲げられたパンタグラフ(前パン)が勇ましい。
この後も「急行」の通過などが続く。西枇杷島駅のホームが狭いのと、名古屋方面へはこの先、急カーブ&上り坂&犬山線との合流&庄内川橋梁と、4条件が重なるせいか、速度を下げて通過するので、車内の様子が見て取れる。
結構混んでいるようで、名鉄としては長い方の、基本4連+付属2連の計6両編成。
入れ替わりにやってきたのは下り方面の発着電車。
5700系という、元は急行用に造られた形式で、パノラマカーの血統を感じさせる2扉転換クロスシート車だが、古いもので製造から30年を既に超え、本線上では最古参の雰囲気さえ出ている。(本当は3ドアの6000系のほうが古いはずなのだが…)
ともあれ3ドアロングシート車が徐々に幅を利かせる名鉄にあって、優美な特別仕様の一般車として、「乗り得電車」だと思うのだが、やはり2ドアが邪魔者扱いされるのか、本来の急行運用ではなく、こうして支線直通の普通列車に細々と使われるさまは早や「余生を送る」状態。
近年とみに叫ばれるホームドア設置要求のプレッシャーに、いずれ押され、あと数年もすれば退役に追い込まれてしまいそうにも思える。
これが「普通」に使われるという贅沢さ。
そして通り過ぎて停まった真後ろからとはいえ、こうして至近距離で正面から手軽に写せてしまう有難さ。
ああ…踏切よ有難う。
お前の遮断のせいでフイにした30分は決して無駄ではなかったよ!
そう言いたい。
その後も、3500系急行、2200系特急(快速特急?)と、バラエティに富む各種車両の往来を目の当たりにし、すっかり堪能させてもらった。
特別車2両+一般車4両の組成は、車体塗色、断面、先頭車の形状が同じなだけに、特にこの2200系電車の場合、全く違和感がない。
東京でも、この手の組成がもっと普及してくれればよいのにねぇ…とつくづく思う。
西武新宿線など、昼間の「特急・小江戸」はほぼ空気輸送だし、その特急並に停車駅を絞った意欲的列車、今では多くの人がその愛称を忘れ去ってしまった「快速急行・川越号」は、末端部分が各停化の後、廃止されてしまった。
両者を統合し、この名鉄特急みたいにして、頻繁運転してくれればねぇ…と今更ながらに思う。
ところでこうした編成途中でドアの数も場所もガラッと変わってしまう電車は、今後どうなるのだろう?
ここでもホームドアが鉄道車両の接客サービス多様化を阻む大きな要因となりそうに思えてならないのである。
ホームドア(…と言っているが、今、あちこちで普及しているのは「ドア」というより「安全柵」であろう。本来の「ホームドア」とは、神戸新交通や地下鉄南北線みたいな、上まで完璧にガラスで覆われた仕切扉を指すと思うのである。…)は、単一形式、単一仕様の車両しか走らない路線では、特に問題ないのだろうが、様々な車種が混用される路線では、例えば特急用車両を通勤電車と同じ扉数にするなど無駄でしかない。
そこで小田急ロマンスカーの新型車両などでは、通勤電車が片側4ヶ所なのに対して、片側1ヶ所とし、"ホームドア"もプログラムか何かを工夫して、特急が来た時だけ1ヶ所のみ開くようにしているようだが、片側4ドアの20m車は、車端部が3人掛けとなるように、ドアが少し中央寄りになっているから、必然的に特急車のドアも、車端部よりは少し中央寄りにならざるを得ない。
客席数を多く取りたいと思えば、出入口はなるべく端に寄せたいと思うはずで、ところが"ホームドア"の制約で、それができないとなれば、トイレや洗面所がつくタイプならよいが、それらのないクロスシート車はどうなるのだろうか?
阪急6300系のような、ドアを思い切り車端部に寄せた、トイレのないクロスシート車は、恐らく2度と現れないような気がする。
ここまで来たら、後は「パノラマスーパー」こと1000系だけだとばかりに待っていたら、そろそろお待ちかねの名古屋方面「普通」が着きそうという寸前に、漸くやって来た。
「すわっ、カブトガニ!」
と思ってカメラを慌てて向けたが、碌な写真が撮れず、その場でボツ。
どうせこの後、1日乗車券を買うので、ここ西枇杷島駅で買えれば…とインターホンで尋ねてみたら、名古屋駅で一度降りて買えという。
自動改札を開放してくれて、中の精算機で乗車証明書というのを出してくれた。
そして待つこと数分。漸く構内踏切が開き、狭い屋根なしホームへ通される。
何の変哲もない普通電車がとても有難く感じられた。
名古屋駅で一度降り、精算所へ行き、1日乗車券を買いたいと言ったら、本来はとりあえず名古屋までの運賃を払ってもらい、1日券を買った時点で払い戻すのが正しいやり方だと、精算書のおっちゃんが言っていた。
西枇杷島駅の人のよさそうな、職務に忠実で実直そうな、多分あれが駅長さんかと思われる年配の駅員さんがいたが、こりゃ後でお小言が行くな…。
ここまでの運賃を払って一旦改札を出た上で、証明書を渡されサービスカウンターへ回って返金を受けてくれという。
そちらへ行き、再度説明したら、太っちょの駅員が「ああ"1DAYフリーキップ"が欲しいってことでしょ」といきなりのタメ口。
今どきこういう態度の悪い駅員がまだ居るんだねぇ。
西枇杷島からの運賃を差し引いてくれたのは良かったが…って、当然か。
今から20年ほど前になるが、JR新宿駅南口で自動改札に切符を通そうとしたら、チャイムが鳴って通せんぼを喰らったことがあった。
若い駅員がやって来たが、開口一番、「何入れたの?」。
私、一瞬唖然としたが、「何って、切符ですよ」とだけ答えた。
今なら、罵倒してやる。
普通に入れるべき切符を入れて、それを機械が詰まらせただけなのに、最初から私は犯人扱いですか?
昔の国鉄の駅員は、とにかくものすごく尊大で態度が悪かったという印象しかない。その残党が当時はまだまだ居たのかどうかは知らないが、そいつは見たところ私より遥かに若造に見えた。
そんな経験も手伝って、私は鉄道好きではあるが、旧国鉄のJRに対する印象が良くない。もっとはっきり言えば、鉄道趣味における「JR嫌い」はこうした経験の蓄積も大きな要因になっている。
似たことが、数年前、阪神三宮駅であった。シャツの胸ポケットに入れておいた切符が汗でフニャフニャになってしまったのが原因だったが、その時の駅員さんは実に感じのいい人だった。
一体何なんだろうね…?
近頃、乗客による駅員への暴言やら暴力やらが時折ニュースで取り上げられるが、大分良くなったとはいえ、こうして乗客に上から目線でタメ口きく輩に出くわすと、今でも態度の悪い駅員がいて、そいつらがイラッとさせてるんじゃないの?と勘繰りたくなる。
さて、遅まきながら「名鉄電車1DAYフリーきっぷ」を手に入れたが、タッチの差で内海行だったか河和行だったかの「特急」に乗りそびれてしまった。
うーっ、あのタメ口デブ駅員め!
お前がのたのたするから30分おきにしか来ない電車に乗りそびれちまったじゃないか!
…というのは完全に逆恨みのこじつけなので、そこは置いといて、仕方なく一度は中央のホームへ降りたのに、再び階段を上り下りして、外側ホームへ辿り着き、次の中部国際空港行「準急」に乗り込み、神宮前から本線を逸れた。この日の長~い「乗り鉄」はまだ始まったばかりである。
次回へ続く。






















