9月2日(土)

 

網走駅前―博物館網走監獄/博物館網走監獄―網走駅

網走駅―女満別空港―羽田空港

 

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前回、この続きまで作ったところで「さぁ公開」と思ったら、字数制限に引っ掛かり、記事を分けたら、後半のほうを消してしまい、気が付いた時には後の祭り。

それから何やかんやで早や3週間。

一度この世から消えた文章をどこまで再現できるものか…。

 

さて本編。

羽田空港に着き、これから帰路に就く。

もとより鉄道好きだから、鉄道アクセスが叶うなら、なるべく鉄道を使う。

羽田から東京都心へ向かうには、昔はモノレールのみだったが、今は京急と競争している。

多彩な列車種別と各社入り乱れた車両を擁し、それらがいつしか京浜ルートの本線に肉薄するほど本線格にあれよあれよという間にのし上がり、高速でぶっ飛ばす京急は、関西私鉄贔屓の目には大変好ましく、否応なく乗りたくなる。

一方の東京モノレールは、運河の上の空中を走り抜け、ジェットコースターかと思うほど激しいアップダウンと、右に左に急曲線の連続。低重心ゆえ車内にボコッと飛び出た車輪を除けた複雑な床面の特殊車両。近年、京急との競争が始まり、モノレール=鈍足という世間一般のイメージを覆す、まさかの通過運転列車の登場。

正直言ってどちらもそれぞれ魅力があり、一方だけを選べない。

そこで私は、行きも帰りも羽田の飛行機を使う時、行きは京急、帰りはモノレール。いつしかそういうパターンを採るようになった。

 

そんなわけでモノレール。

折しも「空港快速」という、羽田空港の乗降場関連の駅を出ると、終点・浜松町までノンストップという速達列車が次に来るということだったので、それに乗ることにする。

夏休み明け最初の土曜午後だというのに、車内は驚くほど空いていた。

これなら先頭車で“かぶりつき”ができるのではないだろうか。

そう思い、車内を先頭まで移動。

思った通りのガラ空き状態。無事、最前列を確保。

モノレールに乗るのは久しぶりだ。

最初は地下区間を走るが、ほどなくして地上に出る。

2本の並行するコンクリートの軌道以外は殆ど何もない、頗る見晴らしの良い車窓風景が広がる。

空港内を通る内は、暫く地下に潜っては一気に高架へ出る動きが繰り返される。アップダウンも激しく、見ていて飽きない。

やがてモノレールには珍しい地上へ下り、これまた珍しい待避線を両側に持つ昭和島駅を通過。

コンクリートのものものしい線路が写真では上下線とも直進方向だが、待避線に入る時は、両端の途切れている側に「よいしょっ」とばかりに付け替わる。

コンクリートの塊なんて、絶対にうまく曲線方向に嵌まるわけがないと思うのだが、これがうまくいくんだなぁ…。

どうやって切り替わり、コンクリートがどう嵌まるのか、一度じっくりと観察してみたいのだが、その機会がない。

この駅のホーム端で粘れば、どうにかできるのだろうか?

こちらは通過列車なので、狭い島式ホームをものともせず、結構な高速で通過していった。

この辺りの風景は、遊園地のジェットコースターにしか見えない。

緑が多かった車窓も徐々にビルが目立ち始める。

運河の上を滑るように走って行く爽快感!!

大井競馬場を遠くに臨む。

競馬をやっていない日は、ガランとしている。

20年以上前、まだ京急が空港まで開通しきっていなかった頃、モノレールで羽田から伊丹へ、そこから宝塚へよく行った。

土曜早朝通ると、この辺りには厩舎が見え、馬のでっかいお尻がよく覗いていた。

お隣・流通センター駅では、毎年秋にやるブランド市の日に一度通ったら、会場を取り巻くような長蛇の列が見えた。

質屋が集結し、目玉はルイ・ヴィトンの鞄。モノグラムの小型鞄が、チラシで見る限りでは、結構使い込まれた様子だが、500円位から売られるらしく、それをお目当てにおばちゃんやおっちゃん達が朝も早よから、よー並ぶ。幾ら激安だからって、穴あき鞄なんてつかまんときやー。

 

運河の上の急カーブ。対向列車とすれ違うさまもダイナミック。

向こうに見えるアーチ型の橋をアンダーパスするため、折角上ったのに、また下る。

天王洲アイル駅を通過。この辺に来ると、建物の高層度合いが一段と増す。

大きくカーブして、再び対向列車とすれ違う。下に水が見えている写真は絵になる。

列車は更に左に右にカーブを続け、遂にJRの線路が見えてきた。

おお!懐かしき山手線。続いて見下ろす新幹線。

最後にもう一度、浜松町を出たばかりの空港行列車とすれ違い、ホームへ。

浜松町駅は線路が1本しかないので、対向列車をやり過ごさねば、ホームへ入ることができません。

でっかい荷物を抱えてエッチラオッチラ。

晩ご飯を食べるにはまだ早すぎる時間だが、折角だから駅弁でも買って帰ろう。

東京駅の「祭」に寄って、さぁ何を買って帰ろうか?

…まだまだ北海道気分の余韻に浸っていたかったので、「氏家かきめし」を買う。

今回の旅でも、近くまで行きながら寄らずじまいになってしまった厚岸駅の駅弁だが、個人的には京王百貨店の「駅弁大会」でのほうが馴染み深い。

久方ぶりに見る地元の町の表情は、何だか新鮮に見えた。

家へ向かう道を歩きながら、これから宿へ向かい、荷物を置いて、すぐさまかき氷屋や銭湯へ繰り出さねば…という錯覚に陥りそうになった。

しかしここは紛れもない地元の町。近くに銭湯も氷屋もない。

こうして慣れぬ手付きで、我が家の玄関をくぐり、旅は終わりを告げた。

 

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恒例の土産ものコーナー。

 

↑雪鶴(もりもと)

札幌から釧路へ向かう前、札幌駅の売店で購入。

やわらかいブッセだが、中がチーズ入りバタークリームというのがポイント。ハスカップ味もあるらしい。

旅の途中で宿で頂く。

 

↑どどらー(わかさや本舗)

ご覧の通り、あんこがぎっしり。皮は大して大きくないのに、あんこの比重がものすごく大きい。

北海道のものらしく、あんこは優しい味で、あんこ好きには堪らん。これも旅の釧路の宿で無理矢理朝食べた。

 

↑月寒あんぱん(こしあん/南瓜あん)(ほんま)

東京に持って帰ってきて、随分久しぶりに食べるまで、ずっとこれを「げっかんあんぱん」だとばかり思い込んでいたが、「つきさむ」と読むのが正しい。

私は子供の頃、中華まんじゅうの「月餅」が嫌いで、その皮と同類に思えるこれも好きではなかったが、大人になって食べてみると、なかなかどうして美味いのだ。

札幌駅売店で買い求めたのは、定番の「こしあん」に加えて、「絶対、美味いよね」と確信があったガボチャ味。

他には「黒糖あん」、「黒胡麻あん」、「抹茶あん」も有。

 

↑利尻島、礼文島より持ち帰った鮭&昆布の甘辛煮2種。

最初に左を買ったので、礼文島で更に右を買う積りはなかったのだが、愛想のいい売り子のお兄さんの試食攻勢に負け、「ええい!買わいでか!」と気が大きくなって、上等のほうを衝動買い。確か1,500円はしたような。

しかし、コイツが美味かった。ほろほろと崩れる鮭と柔らかな昆布が幾重にもミルフィーユ状態に重なりあい、意外なほどに味もあっさりとして、ご飯に合う。冷奴の供にもしてみたが、これも合う。合う。

↑稚内駅売店で買った土産。

利尻といえば昆布でしょ。とばかりに遂に乾燥昆布の大物にも手を出したが、問題はその嵩張りようと、実際の用途であった。

嵩張るのは前に書いたように、札幌の郵便局から、履き古したズボンで巻いてひと足先に東京へ。

着日指定をしておけば、帰った後で受け取れる。

さて使い道。折角ですもの。鍋でダシをとり、ふにゃふにゃになった昆布は有難く頂きましたとも。

 

↑帰りがけに網走・女満別空港で購入。職場への土産用に大量購入したが、しっかり自分用にも確保。

中はしっとり、外は半生の焼きチーズケーキ。北海道らしくていいじゃありませんか。

 

↑空港の搭乗口をくぐった先の売店で衝動買い。

パンのラスクは多かれど、バウムクーヘンのラスクは珍しい。

輪切りのバウムクーヘンを乾かしてカチカチにしたものだが、元が好物なだけに、美味くないわけがなく、あっという間に胃袋に収まった。

 

さて、旅から帰って来た翌日、待望の六花亭のお菓子が到着した。

包装紙は勿論、白地に素朴な花が描かれた坂本直行画伯の手によるもの。

売り子さんのブラウスや、喫茶室のクッションカバーも同じデザインで、この店のアイデンティティーとなっているよう。

欲張って色々買い込んだが、定番の「マルセイバターサンド」、「ストロベリーチョコ」は言うに及ばず、意外に美味だったのが「マルセイバターケーキ」である。

中にチョコクリームが薄く挟まっているのがポイント。クッキーやキャラメルも美味い。

新作だったと思うが、衝動的に追加を頼んだのが「おかげさま」。

チョコレートを挟んだ、この店ならではの和洋折衷もなかなのだが、チョコクリームにヘーゼルナッツが入っているのがポイント。

もなかの皮もちょっと炭酸煎餅みたいなパリッとした食感で、なかなか一捻りされたお菓子である。

 

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北海道への旅は、人生2度目であった。

随分前に記したが、北海道の鉄道を巡る環境は極めて厳しい。

30年近く昔に初めて訪れた時は、まだ青函トンネル開業の余韻が残っていた頃で、北海道の鉄道に活気があった。

旧型車両が多数走っていたが、道内には夜行列車が何本も走り、当時私も札幌から釧路まで夜行寝台に乗っている。

それに合わせて早朝から釧路湿原を巡る観光バスツアーがあったり、観光地間を結ぶ定期バスも今より多数あった。

久しぶりに時刻表を詳しく調べてみて驚いたのが、そのバス便の減り具合なのであった。

 

今回乗りに行かなかった内、石勝線の夕張支線が来春遂に廃止となる。

本数が少ないことで有名な区間だから、いずれそうなることは予想されたが、今度は再来年春を目処に、札沼線、日高本線の末端区間、留萌本線、根室本線の富良野~新得間が廃止となる方針が示された。

今回の北海道への旅のそもそものスタートは、滝川~釧路間を8時間かけて走破する鈍行列車に乗ってみたいということであった。

ところが台風の爪痕がそれを阻み、結局、日程の都合で特急多用のありふれた行程となってしまった。

 

この先、北海道の鉄道はどうなってしまうのであろうか。

昨夏のこの旅の後、北海道新幹線が早くも大赤字であるとの報があった。

このままでは本当に、網走や稚内が、鉄道の通らない街になってしまうかもしれない。

 

近年、多額の鉄道投資を前提とした壮大な夢物語や、大胆な改善案の記述が、川島令三氏の著作から、すっかりナリを潜めてしまった。

そんな中、北海道の鉄道を取り上げた著作には、久しぶりに壮大な夢物語が記されていた。

新幹線を稚内まで伸ばし、そこから更に海底トンネルだか長大な橋を作って樺太へ至り、フリーゲージトレインの技術を使って、軌間の異なるロシアの鉄道へ直通運転をする。更にはシベリア鉄道を通り抜け、遥か彼方、ヨーロッパを目指すというものであった。

 

そんな夢を見させてくれるよう、どうにかこれ以上、廃止の動きが広がることのないよう、せめて主要幹線だけでも残してもらいたいものである。

 

又、折角鳴り物入りで開業した北海道新幹線だが、今回の旅では全く使わなかった。

一度、函館をメインにした別の北海道ツアーを、改めて組んでみたいと思っている。

 

これを以て、延々と続けてきた「2017年北海道食い倒れの旅」シリーズ、完結とします。

 

次回は全く違った話題となる予定。