9月2日(土)

 

網走駅前―博物館網走監獄/博物館網走監獄―網走駅

網走駅―女満別空港―羽田空港

 

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前回の続き。

博物館網走監獄を出て、土産物屋へ寄った。

「網走監獄」という表札のミニチュアを昔土産に買ってきたのだが、社会人になったりする内、捨ててしまった。

似たものが売っていないかと探しに来たが、記憶に残る土産屋とは程遠い、どこにでもある観光地の土産物コーナーという雰囲気で、おまけに客は殆どいないから、いつ店のおばちゃんの客引きに遭わないとも限らない。

諦めて出ようかと思ったら、店の片隅にそれらしきものを見つけた。捨ててしまったものより随分とチャチだが、ないよりましだ。

それだけ買ったところで、丁度駅へ向かうバスの時間が近づいてきたので、バス停へ向かう。

先客は誰もいない。

ほどなく団塊世代と思しきおばちゃんというのは些か憚られる“おばさま”と呼ぶに相応しい女性が来て、バス乗り場はここで良いか尋ねられる。

それを機に、旅の話に花が咲いた。

聞けば横浜からの一人旅で、大人の休日倶楽部を使い、北海道入りから全て列車で来たのだという。

函館から網走へ来て、これから札幌まで特急で向かうとのこと。

私は網走駅から、女満別空港へ再びバスで向かうのだが、駅前のどこかで昼食を摂らねばならない。

駅前にはファミリーレストランしかなく、旅情をかきたててくれるような食堂など今やない。

バスを降りると、彼女は駅前の、駅弁が売られていそうな案内所へ声を掛けてみると言って、そこで別れた。

再び1人になった私は、とりあえず駅の待合へ行ってみた。

朝、もっと色々な種類があった駅弁は、数を減らしていたが、とりあえず「かにいくら弁当」でも買って、待合所のベンチで食べようと思い、売り子さんを呼ぶと、駅に併設された喫茶室のウェイトレスを兼ねているらしく、駅弁でも中で食べさせてくれるらしい。

勧めに応じて中に入ると、水を持ってきてくれた。

ほどなく“大人の休日倶楽部”マダムがやってきて、先ほどの案内所では弁当が買えなかったので、結局ここへ来たと言っていた。

自分の母親よりは若いが、年の離れた行きずりにすぎず、別に何かが起きるわけではない。

同じテーブルに招じてもよかったが、他に誰もいない喫茶室で、卓は幾らでも空いている。

壁を背にした私の一つ向こうのテーブルに、結局、テーブル2つを隔てたお見合い状態で、同じかにめし弁当を頬張るのは、どことなく可笑しくもあり、年は離れてはいても一応男女であるから、過度に馴れ馴れしくしない節度ある距離感を保っているようで、好ましくもある。

先に食べ終えた私は、お先に中座した。去り際、「お気をつけて」とこの先の旅の無事を互いに願う挨拶を交わし、預けてあったキャリーカートを取り出しにコインロッカーへ向かった。

これで愈々帰り仕度が整った。

駅前の案内板を眺めると、かつてこの地に来た時、タクシーで原生花園へ行こうとしたら、運転手さんから「もう今は花の時期は過ぎたから、別の場所のほうがいい」と勧められ、サンゴ草を見に行った。それがどこだったか思い出せずにいたが、この案内板を見て、その場所が能取湖であったことを知った。

そうこうする内、空港行のバスが来た。

こちらは路線バスタイプの車両ではなく、観光バスタイプで、運転手さんがキャリーカートをバスの横っ腹に収めてくれた。

前の日に毛ガニを食べに行った店の前を再び通り過ぎ、博物館網走監獄へ折れた道も通り過ぎたところで道を左に折れると、右手に静かな湖が拡がった。

網走湖である。

やがて湖が尽き、湖畔のペンションや旅館が立つ先に、畑が広がる中を広い道が進む。

ほどなくしてバスは道を曲がると、すぐ空港である。

来た時の旭川空港も小さな地方空港だなと思ったが、女満別空港はそれ以上だ。

ローカル色が漂っている。

利尻島、礼文島を目指した時の、稚内のフェリー乗り場に何だか雰囲気が似ている。

羽田へ向かう便の入場が始まっていたので、慌てて職場へ配る土産菓子を買いに売店を回った。

紙袋で手が塞がったが、札幌でいらなくなった荷物を郵便で送っておいたので、キャリーカートに詰め込む余地がある。

それにしても、六花亭だけでも札幌の本店から直送便を頼んでおいて本当に良かった。

 

行きと違い、帰りの飛行機は空いていた。

窓際の席を取っておいたので、外の様子が小さな窓からよく見える。

やがて飛行機は出発した。

しばらくの間滑走路へ向かうのに、ゆっくりと巨体を旋回させ、軽い振動と共にアスファルトの道を走る。

この間が、ジェットコースターの長い上り坂をカタカタいって上る時を思い出させる。

何とも言えぬ緊張感だ。俎板の上の鯉だ。

ぐおーとゆっくり動いていた巨体がやがて停止する。

窓の外に見える牧歌的な風景を、「これが暫しの見納め」とばかりに目に焼き付けておいた。

さらば二度目の北海道よ!!再びお前に巡り会えるのはいつの日か…。

いよいよ来るぞ。来るぞ。来るぞ。

そう思っていると、ジェットエンジンの轟音が聞こえ、これまでの鈍足が嘘のように、急加速で走り始める。

滑走路の継ぎ目のガクンガクンという振動がどんどん縮まり、縮まり、縮まり…

そしてその瞬間、ふわりと身体が浮く。

みるみるうちに飛行機は高度を増し、のどかで広大な畑の緑と土が見下ろせる。

大地よ、お前は果てしなく広い。

今さっき横目に見ていた空港が、遥か眼下に見下ろせた。

これで北海道と本当にお別れだ。

やがて飛行機はどんどん高度を上げてゆき、雲を突き抜け、その上に広がる青空の下を悠然と進む。

雲の白さに残暑の陽光が眩しく映えるのを横目に、読みかけの文庫本を開いた。

ドリンク・サービスに回ってきてくれたCAのお姉さんに、「素敵なブックカバーですね」と声を掛けられた。

「いえいえ、大したものではありません。安物ですよ。」などと言ってしまったが、実際、それはダイソーの格子柄の布織りのものだったので、本当に“安物”なのだが、謙遜の積りが気障に聞こえてしまったかもしれない。素直に「有難う」と言っておけばよかった。

 

雲間から陸地が見えた。どの辺りを飛んでいるのだろう。

ほどなくして再び雲海が広がる。

天国というのはこんな感じなのだろうか。

などと勝手な想像を巡らせる。

やがて遠目に雲を突き抜けた小さな三角が確かめられた。

もしかして、あれは富士山…?!

この形、きっとそうに違いない。

富士山が視界から遠ざかると共に、機体は少しずつ雲の中へと入っていく。

雲を抜けると、再び大地が見えた。

あれはコンビナート?

鹿島だろうか、千葉だろうか?

飛行機は徐々に高度を下げ、完全に雲より下に降りた。

思いの外東京が近いのかもしれない。

雲間に飛び立ってゆく飛行機が見えた。JALの機体だろうか。

その内、本当に機体はどんどん高度を下げ、飛行場が見えてきた。

もうすぐ滑走路に着陸だ。再びガクンガクンと大きな振動に見舞われることだろう。

スカイツリーに東京タワー。2つの鉄塔が久しぶりの東京との再会を祝してくれているよう。

紅白だんだら染の東京タワーのほうに、今もってより魅力を感じ、どことなく親近感を覚えるのは、やはり自分の感覚が昭和だからであろうか。

 

かくして2時間の空の旅はあっという間に終わりを告げた。

鉄道と違って、航空機に特別な思い入れはないが、それでもこうして同じ会社の機がずらりと並ぶさまを目にすると、心湧き躍る。

 

続きも含めると字数制限に引っ掛かったので、今回はこれにて終了。

次回に続く。