8月31日(木)

 

さっぽろ―福住/福住―(大通)―新さっぽろ

新さっぽろ―札幌/札幌―釧路

 

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前回の続き。

便数の少ない路線バスに乗り込む。

オレンジ色の陽光煌めく街中へ、バスは静かに滑り出した。

川を渡り、市街地へ。

刻々と夕焼け空のオレンジ色が深まり、見る間に闇へと変わっていく。

「聞名寺前」というバス停で降りる。全く土地勘がないので、放送だけが頼り。危うく乗り過ごしそうになった。

立派な門構えの寺の真向いに「岬湯」はある。

狭い玄関で靴を脱ぎ、中に入ると番台がある。

脱衣所は広々としており、ロッカーはない。

浴室は広々としており、結構賑わっている。

身体と頭を洗い、奥に2槽ある浴槽に浸かる。

広いほうに入ろうとしたら、熱くて熱くて入れない。

足を入れようとして、思わずビクッと引っ込めたら、常連と思しきおじさんたちが笑いながら、「水で埋めたらいいよ」と声を掛けてくれた。

よそ者としては、熱い湯が好きな主みたいな客がいたら、無闇に埋めると叱られると、ついつい遠慮してしまう。

東京から旅して回っている。行く先々で地元の銭湯に浸かるのが楽しみだと話す。

 

外へ出ると、日はとっぷりと暮れ、薄暗い街灯が照らす道以外は何も見えなくなっていた。

40分おきにしか来ないバスは、一向に来る気配はなく、それどころかバス停がどこにあるのかさえ見当がつかない。

次の場所までそんなに遠くない筈なので、歩くことにした。

辺りは大きな屋敷が立ち並ぶ。方角が合っているか段々心配になってくる。

カーブした緩い下り坂を降りると、車通りに出、そこを渡ってしばらく進むと、やけに広い道の裏通りに出る。

適当に見当をつけ、曲がって進んだ先に、「草津湯」が見つかった。

建物の手前も横もだだっ広いが、人の気配がまるでない。

番台にはおばあさんがいる。

脱衣所も浴室も、シンプルで飾り気がない。

奥に浴槽が並び、手前に島カランと、両側壁にもカランがある。

白い壁の中に、アサガオの花が3つ縦に描かれているのがアクセント。

浴槽は、深、ジェット、薬湯の順に並び、薬湯は熱かった。

 

今度こそバスに乗って帰らねばならないので、帰りがけに番台のお婆さんにバス停の場所を尋ねたが、どうも今一つ要領を得ない。

車通りに出て、何とか探し当てる。

偶々10分ほどの待ち時間で、バスが来てくれた。

漸く人心地が付く。再び釧路川を渡り、「釧路フィッシャーマンズワーフMOO」という商業施設前でバスを降りた。

既に夜8時近く、閑散としていたので、ここには寄ることなく、宿のそばの洋食屋を目指す。

「勝手丼」のおかげで既に腹は満ちている。

本当は「ポークチャップ」なんて見せられると、飛びつきたくなるのだが、さすがに鉄板焼のトンテキなど入りそうにない。

レストランは2階にある。

店構えから、もっと「ハレ」の日向けの気取ったレストランかと思ったが、意外と庶民的な雰囲気であった。

下のサンプルも充実していれば、メニューもご覧の通り充実している。

ああ、お腹が空いていればねぇ…。

「ビーフシチュー&ハンバーグ」の相盛りだって1,500円。「ポークチャップ」も1,600円!

今どき珍しい良心的な価格設定。しかも選択肢は実に豊富。

オムライスも美味そうだし、「牛ローススペシャルライス」という、他所でいうと“ステーキ丼”みたいなのも1,300円!

「ミックスグリル」も、セットメニューも美味そうだし…。

結局、ここは涙を飲んで、この店の代表メニュー・「スパカツ」だけを頼むことにした。

 

待つこと10数分。あつあつの湯気を立てた料理が運ばれてきた。

これが「スパカツ」980円也。

スパゲティは勿論正統派の焼きスパだ。

 

随分昔、池袋の西武百貨店に「エーデルワイス」というスイス料理屋があった。ここの店頭の食品サンプルにより、「チーズフォンデュー」という料理の存在を知ったが、無論、当時の我が家でそんな洒落た西洋料理を食べようという機運はなく、憧れだけが少年だった私の心に深く刻み込まれた。

今や「チーズフォンデュー」なぞ、そこらのスーパーで400円も出せば、お手軽セットが手に入り、フランスパンも100円で買える時代。

予め切り分けられたパンさえ売っている。

思えば随分と便利な世の中になったものだ。だが、このお手軽さからは、「チーズフォンデュー」を高嶺の花と仰ぎ見て、憧れるという気持ちは全く生じ得ない。これに限らず、今の世は昔に比べれば随分便利になったが、その便利さ、お気楽さ、手軽さが、当然になっていて、何かにかつえて、強く求めて、それでも手に入らないもどかしさを感じる、そんな気持ちを抱くことは随分となくなってしまった。

これを本当に豊かだといえるのか?

便利さが却って心を貧困なものにしていないか?

 

さて話が逸れてしまったが、この「エーデルワイス」という店で、当時私が専ら親に食べさせてもらえたのは、「スペシャルNo.1」というものすごい名のついた、鉄板焼のスパゲティであった。早い話が、スパゲティ・ナポリタンの上にトンカツが乗ったものだった。ミートソースはかかっていなかったように思う。

スイス料理店だった筈なのに、何で“カツ乗せ焼きスパ”が代表メニューだったのか?

今にして思えば随分と高カロリーな食い物だが、当時はそんなことなど全く気にも留めず、スパゲティ+トンカツという豪華メニューに、ひたすらかぶりついていた記憶しかない。

 

だからこの店で「スパカツ」を目にした時、私にとって、それはありし日の「スペシャルNo.1」との再会に違いなかった。

空腹をほとんど覚えない中、これを食べるのは相当しんどかったが、それでも全て食べ切った。

こみ上げる懐かしさが後押ししたのに相違なかった。

お名残にサンプルたち全てをカメラに収め、店を出た。

少し北上すると、辺りは飲み屋が犇めく歓楽街の様相を呈し始めた。

その中の一軒の雑居ビルの前に、この看板を確認し、地階へ降りた。

地上の喧騒とは打って変わり、人っ子一人いない静けさが現れた。

ここは深夜までやっている喫茶店。

「食べログ」で知った店だが、チョコレートパフェの写真以外、全く情報がない。

もっとカップルや若者で混み合う、ごちゃごちゃした雰囲気の店を想像していた私は、全く違う静かな佇まいに戸惑いを覚えつつ、中に吸い寄せられた。

地底の穴倉のような雰囲気の店内。壁にしつらえられたメニュー表が珍しい。

よく見ると「ホットオレンジ」なんていう懐かしい飲み物もある。

上で記した池袋西武よりも、もっと前の幼年時代、自販機でホットの缶オレンジジュースを選び、「しまった!」と思った記憶がある。

先ほどから「満腹だ」、「無理して「スパカツ」を食った」などと書いているが、それから10数分しか経っていないのに、まだ懲りずに食べ物を頼もうとしている。

「チョコレートパフェ」と「ミルクセーキ」という何とも重たいメニューを頼んでしまった。

 

待つこと暫し。

運ばれてきたチョコパフェは、赤肉メロンが珍しいが、果物が放射状に天に向かって拡がり、中央にたっぷりの生クリーム、チョコソースが生命の血流の如くだくだくと流れる正統派スタイル。無論、コーンフレークで上げ底などという姑息な手段はとらず、器洗浄の手間を惜しまず、底までチョコレート混じりのクリームが、たっぷりと入っている。

チョコレートパフェを堪能したところで店内を見渡すと、色々とアンティークな品々が配され、さながら西洋骨董品店の様相。

やがてミルクセーキもやって来た。

濃厚過ぎぬ玉子味のひんやりした甘さが喉に心地良い。

写真ではわかりにくいが、書棚の向こうには「耳をすませば」の猫男爵人形が恭しく飾られ、店内を見守っている。

「地球屋」という屋号にしても通りそうな雰囲気。

時折、ぽつりぽつりと客が現れる。

若い女性2人連れもチョコレートパフェを注文したらしく、1人で店を切り盛りする白髪混じりのマスターが盛り付けに忙しい。

手を止めさせてしまうと、溶けるから、調理が終わるのを待って、お勘定をしようと待っていたが、その合間に勘定を済ませてくれた。

 

先ほどから店内にはずっと低い女声のシャンソンが流れている。

完成したチョコレートパフェを運び終え、カウンターに戻ってきたマスターに尋ねてみた。

 

「岸洋子さんですか?」

「そうです。よく御存じで。」

 

母が岸洋子が好きで、幼少期、家事をしながらいつも岸洋子のテープをかけていた。

そのそばにいることが多かったので、「希望」、「枯葉」、「恋心」、「黒い鷲」、「ケ・サラ」、「夜明けのうた」、「雪が降る」、「愛の讃歌」…自然とメロディーを覚えてしまった。大人になり、聴く音楽の種類が増えていく中、「黒い鷲」の原曲であるバルバラのCDを買い求めたのが、シャンソンを聴きだした最初だったと思う。

懐かしくなり、岸洋子に辿り着いた。以来、随分と彼女のCDを買い集めた。

 

ついこの前、完結した「越路吹雪物語」で久しぶりに「愛の讃歌」を毎日のように聴いたが、越路吹雪版と岸洋子版では、同じ「愛の讃歌」でも歌詞が違う。

越路吹雪版はご存じ岩谷時子の訳詞だが、岸洋子版は永田文夫という方による訳詞で全くの別物だ。

最初に覚えたのが岸洋子のほうなので、「おのぞみならば」が何度も繰り返されるこちらのほうが個人的にはしっくりくる。

 

この時、店内には「想い出のソレンツァーラ」がかかっていた。

 

「ご旅行ですか?」

マスターから尋ねられた。

やはりよそ者オーラが出ているのだろうか。

 

釧路という北の大地の東の果てで、思いがけずフランスの香りを纏った素敵な喫茶店に巡り会った。

岸洋子という、早世ゆえ、今ではすっかりその名を忘れ去られてしまったシャンソン歌手を好きなマスターが、この店にはいる。

東京に戻ってから、CDを引っ張り出して、久しぶりに聴いてみた。

 

夜もすっかり更け、ライトアップされた釧路川の川面が美しく煌めく。

幻想的な光景に暫し時を忘れた。

この日、8月最後の日であった。

少し肌寒く、早くも秋の訪れを感じさせる中、釧路の夜は更けていった。

 

シャンソンは、夏よりも秋のほうがよく似合う。

 

次回へ続く。