8月27日(日)
旭川―名寄/名寄―南稚内
南稚内―稚内
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前回の続き。
列車が着く直前にならないと改札が開かないかと思いきや、すんなり通してもらえたので、向こう側のホームに並ぶ新旧(…といっても奥の「キハ54」でさえ既に登場して25年は経っているはずだが…)両ディーゼルカーを写す。
間もなく、特急サロベツが入ってきた。
特急に乗ると、金魚鉢越しに景色を眺めて移動するだけに思え、極力避けようとするが、こうして見ると、キハ261もなかなかカッコいいではないか。
JR北海道の一連の特急気動車群は、独自性のある外見デザインで、他のキハ281、283なども含め、統一性があり、好意的に思っているのだが、例えばJR東日本・成田エクスプレス用現行車・E259系電車などは、どう見てもこれらJR北車両のパクリとしか思えず、どうしても好きになれない。
これに限らず、私は東京に住んでいながら、JR東日本の新型鉄道車両の大半のデザインが嫌いである。
例えば山手線用最新型E235系電車の正面など、一体誰が良しと思ってデザインしたのだろう?
あれはどう見ても、電子レンジのフタか、スマートフォンにしか思えない。
大体が前照灯を目立たせまいとする近年の鉄道車両のデザイン傾向が嫌いである。
あれは近鉄の“シリーズ21”辺りから始まったものであろうか。
JR東の通勤電車でいうと、中央線快速にE233が出てきた時から、無表情の鉄仮面に思えてならず、おまけに長期化する景気低迷の弊害なのか、東京の大手私鉄でさえも、車両標準化なる忌まわしき風潮に乗っかり、鉄仮面のコピーが次々と現れる。今や首都圏の通勤電車は、全部とは言わないが、JR東車の帯と顔すげかえ版にしか思えぬ、金太郎飴みたいな車両が随分増えた。
前照灯を目立たせず、のっぺりつるりんとしたアイロンの裏みたいな顔にしようしようとしているようだが、血の通った感じがまるでなく、のっぺらぼうの無表情が近代的で、ナウくて、“とれんでぃ”で、いいんだ!と猫も杓子も追随しているように見えるのが気に入らない。
鉄仮面と書いたが、その昔、鉄仮面と揶揄されたガスタービン試作改造車・キハ07901でさえ、その前照灯ゆえ僅かに表情を感じさせたものだが、今の流行りの電車は、目が退化した深海生物のようだと思っている。
それに特急車。犬畜生のフンコロガシにしか見えぬE257、ドラゴンボールのキャラに似てると言われ、一部で持て囃されている改造特急車に至っては、「何じゃ、こりゃ?」と首をかしげざるを得ない。
常磐線の新型特急車・E657系にしたって、ムーミンがパタリロよろしく思いきり付けまつげしてはみたものの、「上がり目、下がり目、ニャンコの目」にしか思えず、あれは近頃の自動車の吊り目デザインをパクったのだろうが、乗ってみたいという感覚とは程遠い。
それに比べりゃ、JR北の各車両のほうが、デザイン的には遥かに好みに合う。
車内は木目調の仕切り壁に色鮮やかな青緑色した椅子が華やかだ。
しかし、案の定、乗客はよそ者の旅行客ばかりで、北海道ローカル色は皆無である。あまつさえ中途半端な丈の半ズボン姿にモバイルパソコンやタブレット端末をこれ見よがしに操作する男と、露出過多で些か目のやり場に困る格好でありながら、どこか垢抜けない女のカップルが、折角窓ガラスの向こうに広がる雄大な原野の風景には目もくれてもいない様子に、秘かに観察していたら、思った通り、唯我独尊を突き進む隣の大国の言葉が大声で聞こえてきた。
まぁそんな恨み節ばかり唱えていてもつまらんので、ぼんやり車窓を眺めつつ、時折舟を漕ぎ、車内放送の“野生動物に遭遇し急ブレーキをかけるかもしれない”という声を聞きつつ、結局列車は一度もそんなアクシデントに見舞われることもなく、車内にいる限り、楽チンなまま、知らぬ間にどんどん北へ北へと連れられて行くのであった。
やがて広がる畑の遠目にサイロが見えて、「おおーっ北海道、でっかいどう!」などとベタな感慨に耽ってみたり、運転停車してやり過ごした上り特急に慌ててカメラを向けるもブレブレ写真しか残らず、「くそー」と思ったり、草原の向こうに点々と散らばる白い物体を「円い羊?」と思ってよく眺めたら、それはどうやら牧草を丸めて転がしている「牧草ロール」なるものだったことに後で気付いたりしながら、列車は尚も北へ向かう。
車内で私は迷った末に、終着駅稚内の一つ手前・南稚内駅で降りる決心をした。
そろそろ日が傾き始めたホームに降り立つと、トラックみたいなディーゼルエンジン音と響かせ、ステンレス車体の軽快さと、時折見せるいかつい仕様がごちゃまぜとなったディーゼル特急が、ほどなく終着駅へと発っていった。
その姿をカメラに収めるべくホームに佇んでいると、いつしか私だけが取り残され、駅員たちが「あと1人」などと言っているのを耳にし、「わー俺のこと待ってるんだ」と気付くと、そそくさと改札を出た。
南稚内。歴史的にはここが元々稚内駅だっただけに、終着駅の面影が…、今も町の中心はこちらで…などと想像していたが、実際に降り立ってみると、裏寂れた感のあるこじんまりとした駅である。
ここでわざわざ降りたのは、この駅を降りた先に、日本最北端の銭湯があるからだ。
最初は稚内駅まで一旦行って、先に宿にチェックインしてから来れないかとも思ったのだが、それがとんでもないことで、まず列車が来やしない。
ならばバスと思っても、行きは良い良い、帰りは怖いというやつで、何せ湯船に浸かるから、入浴時間をある程度見ると、帰りのバスにありつけず、1駅分歩くことすら考えた。しかしそれがたっぷり4キロ以上はあろうかという距離。見も知らぬ北の荒海沿いの街道を、夜歩くのは余りに心許ない。
それで思いついたのが、列車で終着稚内駅に到着というイベントを蹴って、日のある内に風呂に寄り、バスがある内に稚内へ行ってしまえというものだった。
宿があるわけでもない見知らぬ街で、重いキャリーカートをごろごろと引きずりながら、寂れた歓楽街前を通り抜ける。何ともいえぬ侘しさがある。
やがて踏切を渡る。
架線のない線路だけが延々と草むらの中を真っ直ぐ進む。
銀光りする鉄路にオレンジ色の陽光が煌めきを見せる。
北の大地の短い夏の、この日最後の輝きが、さながら蝉の短い命を思わす。
侘しい思いが一層増した。
事前の下調べでは、この道はオロロンラインといい、この道を少し進んだ脇に目的地があることまではわかっていたが、一体どんな山道なのか、林の中を進むのか、ちょっとした登山みたいなのを想像していたら、いやーやはり実際来てみなければわからんものですな。意外な平坦道で、小さな川が並行し、その向こうは丘に急な石段が聳え、急斜面に家もあるが、案外開けた市街地で、山道なんてとんでもない。
丁度前に洗面器を持ったおっちゃんがてけてけ歩いていたので、きっと目的地は同じだろう。そう睨んでついていくと、果たして小川の向こうに煙突が見えた。
道沿いの建物の間をおっちゃんについてヒョイと曲がると、そこだけ小川に小さな橋が掛かり、小川沿いの小道に実にあっけないほどに目的地が姿を現した。
北海道公衆浴場業生活衛生同業組合という、絶対に覚えきれない固有名詞がついた、早い話が銭湯組合のサイトの案内写真やら、この銭湯のホームページの写真からは、もっと林の中に位置する寂れた場所を想像していたが、実物はまるで違う。温泉街の脇道といった感じである。
エントランスの木彫りのヒグマ像が昔日の北海道らしさを醸しているが、建物脇のこの謎のオブジェは一体何なのだろう?
まるで一昔前の診療所のような雰囲気の入口を入ると、靴脱ぎが一体となった広い脱衣所に番台が姿を現す。
まだ夕方5時半過ぎだが、結構人がいる。おっちゃんばかりだ。
番台のおばちゃんに、キャリーカートを預かってもらえないかと尋ねたら、脱衣所脇の目の届く場所に置いてくれという。
脱衣所にロッカーはなく、黄色い四角いプラスティック籠に服を脱いでそこらに置いとく方式だ。棚には「よく集めたね」と感心するほど多くの少年漫画&劇画が数多く並んでいたが、読破する強者はいるのだろうか。
浴室は正面中央に白い背凭れつきのプラ製椅子が2脚ばかり鎮座し、間に水鉢。両壁際にカランがあるが、途中からシャワーのみで、洗面器への給湯も全てシャワーをジャーッと出さねばならない。
奥の角に浴槽がこじんまりと配され、何の薬湯なのか、赤紫色の湯である。
中も結構客がおり、椅子で寛ぐおっちゃん、カラン前で身体を洗うおっちゃん達。
だのに湯船はあまり人気なく、他所者が浸かって上がる余裕は十分。
芋を洗う状態だった松山・坊ちゃん湯とはえらい違いである。
何分奥歯に爆弾を抱える身。湯船に浸かるのは烏の行水に留め、サササッと浴室を後にする。身体を拭き拭きしながら辺りを見回すと、色々なご当地サイダーが所狭しと並んでいるが、どれも1本200円と結構するので、手持ちのお茶で我慢しよう。
この銭湯は、ライダーハウスという名の簡易宿も併設。ここに泊まれば、銭湯へのアクセスの悪さも一挙解決!と一瞬思ったが、利尻・礼文島へフェリーで行く時、地獄を見そうだったので、あくまで一瞬思ったに過ぎない。
元来た道を駅へ引返す。今度は踏切を渡りながら、先ほどとは逆の名寄方面の線路を写してみたが、結構車が多い中、脇で大荷物を提げながら途中で立ち止まる歩行者は、さぞかし邪魔者だったことだろう。
先ほどよりも更に日が傾き、いよいよ物悲しさを増した駅前。
ここへ来る時、先ほどの線路際スナック街とは1本隔てた道を通ってきたが、小さい子連れ家族が夕飯にありつこうと、居酒屋に声を掛けていたり、若い姉さん2人組がいたり…とそれなりに人がいるが、それでも日曜宵の口の割には寂しげだなぁ。
名寄方面へ向かうディーゼルカーが駅に着き、帰りゆく彼氏を柵の向こうから手を振って見送る彼女の脇で、撮り鉄する私。
さて稚内駅へ向かうバスがもうすぐ来る筈なのだが、一体どこから乗ればいいものやら皆目見当がつかない。
ここは恥を忍んで駅員さんに尋ねてみよう。
すると駅員さんというのはやはり親切なものですね。
わざわざ周辺マップまでくれて、丁寧に教えて下さいました。
ありがとうっ駅員の兄さん!
君がいなけりゃ、絶対バスに乗れなかったよ。
稚内駅へ向かうバスは、駅前に鎮座するこの堂々たる赤レンガの建物・稚内海員会館の裏というよりそちらが正面玄関らしいが、その前から出るのだが、バス停は恐ろしく目立たず、こりゃ自力で見つけ出すのは不可能だったことだろう。
この「稚内海員会館」、「一般宿泊客歓迎」の文字が躍るように、楽天トラベルでも出てきて、こういう何というか海の男を感じさせる荒々しそうな宿に泊まるのもいいかと思ったが、やはりフェリー乗り場から遠すぎるという理由で却下。
そうやって一度は目をつけた施設の実物を目にすると、見知らぬ土地で、何やら百年の知己に会った気がしてくるから不思議なものだ。
とはいえ会館周辺はひっそり閑としており、本当に営業している宿なのか?
人の気配がまるでない男前施設なのであった。
ホンマにこんな寂れたバス停にバス来るんかいな?
不安にさせられること頻りだが、ひたすら信じて待つしかない。
そうしたら本当にバス来たのである。
…って当たり前か…。
ノシャップ岬行と出ていて、エラい所へ来たんだねと否が応にも思わせられる。
空いたバスの、通称オタ席に陣取って、前に横にと車窓を眺めていると、みるみるうちに日が落ちた。
いやーこうしてみると、バスというものは実に有難いものですなぁ。
一度はこの距離をてくてく歩こうかと思った距離を、ものの10数分で走破するんだから。
病院やら役所やら、山の麓の大きな施設を仰ぎ見て、何となく商店街ぽい一帯に来たかと思えば、すぐに、やけに綺麗なロータリーへ出て、そこが稚内駅前だった。
薄暗がりにそこだけ灯りが煌々と灯る。
稚内駅と道の駅わっかないが同居した白い綺麗な建物がひときわ目立つ。
おおー、ついに北の果ての線路に来たか。
写真では何度か目にしたことのあるモニュメントの実物を前に、感慨深いものを感じる。
JR駅の線路がそのまま伸びて、路面電車の線路みたいになって広場に通じている。車止めの更に先に、タイルを組み合せて恰も線路のように見せており、しかもポイントで分かれているのが芸が細かい。
30分ばかり遅れて駅前ホテルにチェックイン。
もうシーズンは過ぎたのか、ツインルームに通された。
宝塚ホテルや舞子ヴィラで、以前同様のサービスを受けたっけ。
もう一方のベッドは、服を広げるのに使わせてもらおう。
あまりゆっくりしてもいられない。
外へ繰り出し、夕食に向かう。
駅を通り越し、車通り沿いの黄色い建物の2階へ。
1階は土産物屋なのだが、既に閉まっており、2階の食堂だけがひっそりと開いている。お目当てはこれ。
中は随分空いていたが、1人客はカウンターと決められているのか、小上がりには通されない。
海鮮料理が名物だが、カツカレーなんてのもメニューにある。
刺身の中で「生ウニ:時価」というのがおっかない。
頼むは無論「うに丼定食」。
前に北海道へ来た時は、ウニが嫌いだったので、ウニのウの字さえ思い浮かばなかったが、その後でウニ好きに転じてこのかた何十年。思う存分食ってやる!
ウニ同士がちょっと開いているし、大葉とツマで誤魔化されてはいるが、紛うことなきうにどんぶり。
幾ら高価な食材だからといって、ちまちま箸でつまんでワサビ醤油に漬けてはご飯と一緒に…なんて面倒なことやってられるかい!
醤油にワサビを溶いて、どばーっとかけたらウニがますます照り輝き、食欲倍増。暫し無心。
至福の時はあっという間。僅か10数分の内、雲丹は跡形もなく消え去った。
ふと正面に目をやると、豪華船盛り用器が所狭しと積まれてる。
今日は時化でもあるまいに。
折角だから腹ごなしにと、そのまま北へ歩を進める。
思った以上にすぐそばに、北防波堤ドームのライトアップされた姿が現れる。
それにしても人っ子一人いやしない。
もしこの先にイカレポンチのならず者集団が屯していて、絡まれたら一たまりもないな…。
夜闇の人気のない場所は、本能的に不安な思いを駆りたてる。
…と思ったら、先の方に若い姉ちゃんが1人、てけてけ歩いて行くのが見えた。
あの姉ちゃんこそ、こんな所へ1人で来て平気なのかね…。
存外こっちが警戒される側なのかもしれない。
まぁそんなことは思い過ごしに過ぎず、至って静かで平和な、8月末だというのに北の海から吹く風に、少々の肌寒さを早くも覚えたのであった。
SLの動輪に、停泊する船。ドームの大分先の方では思い思いの絵が描かれたパネルが展示され、どうやら数日後にはここで何かのイベントがあるようだった。
途中で先を歩いていた姉さんとすれ違い、遂に端までやってきた。
海面は真っ暗で、何も見えない。
横側に見える灯りはフェリーターミナルのものだろうか。
ライトアップされた船がものものしい。
元来た道を引き返す。
ドームの外に出て先ほどの動輪を見直すと、C55のものだった。
その昔、稚内から今のサハリンを結ぶ連絡線に接続する列車を牽引していたものらしい。
それにしても気動車や電気機関車、電車は勿論だが、北海道向けの鉄道車両は皆、特殊装備を施された専用車というイメージが強いが、SLでそんな話を聞いたことがない。蒸気機関車というのは竈を持ち、石炭を燃やして走る、熱の塊のようなものだけに、寒冷地仕様などないのだろうか。
ライト位は増設したのだろうが、それ以外は特殊仕様はなかったのだろうか。
1台の車が遠くからこちらに近付いてきた。
通行止めの手前で停まると、老夫婦が現れ、辺りを暫し散策し、再び車で去って行った。
こうして改めて見ると、巻き貝の内側みたいに思える。
再び入口に戻ってきた。
元は樺太との定期船発着所だったらしい。
ドーム状の独特な形状は、激しい波を除けるためだ。
現在の姿は昭和55年に完成した改修工事によるものだというから、割と最近に思える。アーチ型は遠く昭和6年着工、昭和11年完成にまで遡る。ドーム型は世界唯一とものすごいことが書いてある。
ドーム入口脇から上へ上る階段があり、折角なので上ってみた。
ここも見事に何も見えない。闇の先は海である。
風もある。うっかりスマートフォンを落としたらえらいことだ。
再び駅へと歩を返す。
山の上に白く光る聳え立つ塔は何だろう?
展望台?それとも灯台?
来た道を振り返る。ライトアップされた“神殿”が美しく輝く。
駅へ戻り、もう一度車止めをパチリ。辺りに人影はないとはいわないが、まばらになった。
先ほど宿から街へ繰り出す時に見つけた食品スーパーは、とうに閉店してしまっていたが、駅の並びに全国チェーンではないコンビニがあったので、立ち寄って色々食べ物を買い込む。
ご当地もののアイスが豊富で、これは嬉しい。
目ぼしいものを買い込んで、この後、アイスパーティーとなった。
アイスバー4本を一気に食べたが、「北海道メロンシャーベット」が一番のお気に入りとなった。
北海道といえば牛乳。
普段、牛乳ストレートは嫌いだが、飲まない訳にはいくまい。
コンビニで売られる紙パックでも、東京のものより遥かに濃厚な味に思えた。
最後は「ガラナ」。
生まれて初めて飲んだ。
ドクターペッパーみたいな味。
ブラジルでは国民的飲料で、日本ではコカコーラに対抗して開発されたらしい。
北海道ではコカコーラよりも一足先に普及し、根強い人気を誇るという。
Wikipediaを見てみると、「喫茶室ルノアール」でも飲めるという。
色々と知らないことがあるものだなぁ。
明日は利尻・礼文島へフェリーで渡る。
この旅で一番早起きせねばならない。
普段よりも相当早い時間に床に就いた。
最果ての海沿いの町で眠ることに感慨を覚えるが、汽笛が聞こえるなんてロマンティックはてんでナシ。
当初の予定通り、みどり湯へ夜繰り出していたら、大変なことになっていたことだろう。特急1駅分放棄が随分大きくモノを言った1日であった。































































