前回の続き。

笹塚・「神戸みなと屋」を後にした私は、初めてそのまま商店街を更に奥へと進んでみた。

ほどなく車通りにぶつかり、それを渡る。

お洒落なケーキ屋があり、白桃のケーキ云々という惹き文句に吸い寄せられそうになるが、ここはグッと我慢。

イタリア料理屋が本業の「per la vita」と、その姉妹店・「ドルチェリア・ジーロ」が共にかき氷を提供する店だと知り、折角こんなに近いのだから…と訪ねてみたら、両店とも生憎のお休み。

場所だけは確かめられたのだから、これでよしとしよう。

そのまま車通りを東進。中野通りへ向かう。

 

ここから歩いてもよかったが、曇天とはいえ猛暑の昼下り。

調べてみたら、京王バスで途中まで行って、歩いたほうがよさそうである。

地図で見るのと、実際に目にする風景では、やはりイメージがまるで違う。

夕方なら結構人で賑わいそうな商店街が続く。

脇道を一本入ると住宅街になる。

広々とした一角に、お目当てのくすんだ緑色の扉を見つけた。

時は13時半前。開店までまだ30分はあるが、既におじさんが1人待っていた。

その後ろに並び、立ち止まった途端、滴り落ちてくる汗を懸命に拭う。

15分ほど経って、後から客が並んでゆく。

意外なことに私含め、皆、むくつけき男1人客ばかりだ。

店の斜め前に軽トラックが停まり、お兄さんが我々の並ぶ店の戸を開け入っていく。中から女性の声がした。搬入業者であろうその兄さんが出て行って間もなく、まだ午後2時には5分ほど間があるが、扉が開き、先ほどの女性店主が中に招じ入れてくれた。

 

テレビで見た通りの笑顔がそこにはあった。

この店は、かき氷の女王といわれ、年間1,800杯もの氷を食べるという原田麻子さんの店だ。「マツ子の知らない世界」で、前はOLさんだったが、かき氷好きが嵩じて、自ら店を開くようになったと紹介されていた。

 

野郎ばかりが狭いカウンター席に身体を並べて奥から順に座る。

手前の壁に黒板があり、それがメニュー表になっている。後から来た客は目の前なので、写真を撮ったりしている。

写真は二の次。とにかく何を頼むか決めなければならない。

事前に下調べした限りでは、結構色々なメニューがあり、裏メニューなんてものもある。

この日は「白いミントとココア」だったが、やはり私の好みは季節の果物を使ったもの。

先ほどの「みなと屋」で食べなかった「メロン」はなかったが、「もも」「完熟マンゴー」が目に留まったのでこの2杯にする。

 

帰り際に写した奥壁際の小ぶりのメニュー表の写真を先に載せることにする。

他店で見かけたことがない、この店ならではのソースが「酒粕クリーム」である。

これは試してみないわけにはいきますまい。

面白いのは、「みるく」、「ヨーグルト練乳」、「レアチーズ」など他のトッピングをしたものよりも、「のみ」といういわば混ぜ物なしの“生一本”のほうが値が張るということ。

それだけ果物ソースは材料費が高いということなのだろうか。

幾つかの選択肢の内、「酒粕クリーム」「のみ」が最も高価である。

 

酒粕は結構クセのある味だ。桃とマンゴー、どちらに合わせるべきか。

一瞬迷いはしたものの、そこはやはり桃好き。

桃は生一本で味わいたいと思い、「マンゴー酒粕」「もものみ」を選択。

 

隣のおじさんは当然のように氷を複数頼んでいたが、言っているメニュー名が長く、「うわっ、3杯食べる強者か?」と思ったが、後で観察したら、 「ラズといちごみるく」、「酒粕クリームと黒みつきなこクリームに小倉」の2杯だった。

 

先ほどから「ナウシカ」、「ラピュタ」、「トトロ」など、初期のジブリ作品のテーマ曲を琴などで和風にアレンジしたBGMが店内に流れている。

カウンター前にもジブリキャラたちが大勢いる。

きっと麻子さんがお好きなのだろう。

ジブリを万人が肯定するほど大メジャーになった「もののけ姫」などよりも、初期作品のほうが人間愛をストレートに感じられ、私は好きだ。グロい描写が出てくるのはどうも好きにはなれない。

カウンターの向こうではその麻子さんが1人で注文を取り、氷を削り、出来上がった氷を提供し…とまさに孤軍奮闘、てんてこ舞いの様相である。

自分も氷食べたいだろうになーなどと、いらぬ心配をする。

カウンターの下に注意書きが貼ってあった。

“かき氷は運ばれた瞬間が一番美味しく、すぐに劣化し始める。連れを待たずにすぐにお召し上がり下さい”…確かに。氷はすぐ溶けるからねー。

杯数制限はないそうだ。さすが女王のお店だけのことはあります。

他所だと一応、2杯頼んでもよいか注文の時に尋ねますもん。

一度だけ、1杯限りと言われた店があった。

 

そうこうする内、隣のおじさんに続き、最初の1杯が提供された。

マンゴーソースがたっぷりかかり、間に見える白いのが酒粕クリームであろう。

ソースの更にてっぺんにもうひと掻き氷を乗せてくれているのが嬉しい。

注意書きにもある通り、写真を撮ったらあとはひたすら大口開けて食べるのみ。

匙は木製と、ステンレス製の2種類が用意されており、この辺りにも他の店にはないこだわりを感じる。

マンゴーの濃厚な甘みと、酒粕独特のほの甘く複雑な味、それらが絡まりあって、他にないマンゴー味の氷となった。

中もソースがたっぷり渦巻状にかけられ、氷の層と重なり合い、さながらミルフィーユ状。最後までマンゴーと酒粕の味が効いた独自の甘味の世界が広がる。

 

氷と格闘している間に、3番目、4番目…と私の後の連中にも次々とかき氷が供され、左隣の1番目のおじさんに、黒蜜きな粉…が提供され、2杯目の「もものみ」が来た。

いやー同じ「桃」でも、先ほどの「神戸みなと屋」とは色からして違った“桃氷”なものですなー。こちらの「もも」はご覧の通り、綺麗なサーモンピンク色で、どろっとしたソースがたっぷり。早く食べなきゃ垂れちゃうよ!

 

急いで写真を撮り、第2ラウンド。無我夢中でスプーンを氷に突っ込むも、いつも最初のひと匙、どこへ入れようか迷ってしまうのでございます。

まずはてっぺん。ひんやりと上品な甘み。若干の酸味も効いている。

てっぺんに穴ぼこを手早く作り、そこへ落とし込むようにしながら、周囲の氷を中心に向かって掬っては食べ、掬っては食べ…。

やはり中央にも幾重にも氷とシロップが重ねられ、ミルフィーユ状となっているお蔭で、桃の甘みを存分に味わえたまま、終わりまで行けたのが有難い。

最後にどろどろにとろけた氷汁を、器を両手で持ち上げ、ずずずいっと一気に啜る。これが氷食いの儀式みたいなものだ。

 

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「マツ子―」の番組中でも仰っていたが、“おすすめはありません”とメニューにも注意書きにも載っていた。

 

番組中で、自分で予め調べるべきみたいな発言があり、2ちゃんねる辺りではそれを批判されてもいたが、「オススメ、ナシ」というのもわかる気がする。

 

私なら、旬の果物を使った氷を優先させる、中でも「桃」、「メロン」、「マンゴー」、「葡萄」には弱い、複数頼める場合はあっさり系→重い系の順に頼む、チョコレートを使った氷にも弱い、ココア、きな粉などをパウダー状にかけた氷も優先、但し抹茶パウダーをまぶしたものは好きではない、宇治金時は好きだが抹茶味は世評とは逆に有難みを感じない、市販シロップをかけただけの氷は避ける…などなど、かなり細かな自分の好みがあるから。

 

自らかき氷を主食とされるほどだから、「何頼んでいいかわかんなーい。お店の人にオススメ聞いちゃお」みたいな、好みも伝えずに適当に選んでもらおう、といった他力本願なスタンスが嫌というよりは、信じられないのだと思う。

 

“どのメニューも分け隔てなく全力投球でお作りします。お好みでお選び下さい”というわけだ。

 

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「ありがとうございました!

お暑い中、お越し下さり有難うございます!

お気をつけて!」

 

てんてこ舞いの中、麻子さんが笑顔で送り出してくれた。

“かき氷、大好き!この大好きを皆さんと分かち合いたい!”

そんな氷への愛を感じた次第。

原田麻子さんの満面の笑みと明るい声も、この店の大きな魅力である。

 

結構頻繁にメニューが変わるようなので、また折をみて訪ねたい。

↑店の外の案内板。よく見ると、小さな牛さんがいるよ。Nゲージのジオラマ用だったりして…。