7月31日(日)


京都―五条坂/清水道―岡崎公園・美術館・平安神宮前


岡崎公園・動物園前―祇園/祇園―博物館三十三間堂前


塩小路高倉―京都駅前/京都駅前―四条河原町


四条河原町―河原町丸太町/神宮丸太町―中書島


中書島―(丹波橋)―京都


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これから京都に丸一日滞在する日がしばらく続く。

午後からの祇園花月を続けて予定に入れたため、氷屋の梯子→銭湯梯子の流れが作れない。それが今回の京都での大きな制約となった。

いきおい寺社、仏閣訪問は、それらの前にこなすことになる。京都しかもJR駅前に宿を取る強みを活かし、朝早くから清水寺に行ってしまえ。


久々の畳、思ったよりも薄い敷布団。寝返りすると痛い。それでも案外寝られるものだ。朝5時半頃には目が覚めた。普段は夜更かしだが、旅の時が一番早寝早起きの健康的な生活になる。


宿の朝食は7時にした。2階の広間へ出向いて食べる。

大して期待していなかったが、ご覧の通りのしっかりした和食。朝からこれだけ食べれば空きっ腹にはならない。



玉子焼がだし巻きで薄味なのが自分好み。東京へ移り住んで早数十年だが、玉子焼の砂糖入だけは未だに馴染めない。もっとハッキリ言えば、砂糖入玉子焼が今でも嫌いである。寿司屋では絶対に選ばない。本当はだし巻きよりも塩だけ入った玉子焼に醤油をかけて食べるのが一番好きだ。そんな自分にとって、関西に来た時だけが、身構えずに玉子焼を食べられる時である。

大の甘党だが、それはお菓子や果物ならではの話。惣菜特に和惣菜で甘いのは昔から好きではない。だから栗きんとんも黒豆も(昆布豆はもっと)食わず嫌い。伊達巻などもってのほか。そんな子供時代、大半のお節料理は嫌いであった。それがずっと後になり、黒豆好きに転ずるのだから、ヒトの味覚などどんどん変わる。私が身を以て証明している。


7時半過ぎに宿を出た。7月末日の日曜だけあって、早くも観光客でバスは混みあう。

清水寺足元のバス停で降りる。ここから舗装された割と広い坂道を一散に上る。



早くも汗だくになりながら、漸く階段麓へ。植え込みにキラキラと光る蜥蜴を見つける。大昔、関西に居た頃は家の庭先でしょっちゅう見たが、近頃全く目にしない。この前、遭遇したのは、何年か前の夏に清荒神へ行った時だったか。




仁王門をくぐる。辺りは外人さんばっかり。日本人の自分が少数派だ。



弁慶の錫杖と高下駄がある。杖は大きいのと小さいのがあるが、大きい方はとてもとても持ち上げられる代物ではない。調べてみたら90キロあるそうだ。


奥の院は近年ずっと工事している。清水の舞台を斜め前に水平に拝める展望台にはちょっとした出っ張りがあり、みんなここで写真を撮る。



その先で折り返し、急な坂を下る。シダが鬱蒼と生えた木陰で、ちょっと涼める。

音羽の滝へ着く。



滅菌処理器に収められたやたらと柄の長い柄杓を取り出す。カシュッと軋む金属音は何度聞いても好きになれないが、子供の頃から何十年も変わらないので、今では却って懐かしさを感じる。

3筋に別れて滝から水が落ちている。柵のかなり先だ。長い柄を伸ばして水を受ける。かなりの勢いなので、どんなに頑張っても柄杓の半分くらいしか残らない。

水を飲む時が大変である。長い柄をそのまま後ろにずらすと、後ろの人に当たって危ない。それで私はある時期から、柄杓を手元に寄せる途中で、長い柄を滝の側に反転させ、柄を向こう側に伸ばすよう持ち替えてから口をつけて水を飲むようになった。

自分はそうやって気を遣っているが、今まで同じような飲み方をしている人物に未だかつて巡り会ったことがない。自分の経験からいうと、ここへ来る特に中国系の連中にはそんなデリカシーは皆無なので、自分の番が回って来る前に、いつ長い柄の直撃を受けるやもしれず、内心では戦々兢々としている。


昼間ともなると長蛇の列ができるが、まだ朝8時半なので、スムーズに済んだ。


清水の舞台を足元から見上げる。間近で仰ぎ見ると、やはり壮観である。



木陰の緩い道を進む。舌切茶屋、忠僕茶屋という茶店が相次いであるが、まだ開いていない。これらの茶店で飲むひやしあめが私は大の好物なのだが、ここ数年ありつけていない。



9月になると早々と店仕舞いしてしまうので、こうして7月や8月に来た時がチャンスなのだが、後の予定が詰まっているからと、清水寺行をこうして朝早くにしてしまうデメリットがここにある。

色々予定を詰め込みすぎずに、たまにはのんびり茶店でひやしあめ。そうしたいが、今年もそうはできなかった。それは主にかき氷のせいなので、仕方ないといえば仕方ないが。




日当たりのよい池がある。大きな亀が上がって寝そべっている。後ろ足をピンと伸ばしてスーパーマンのポーズ!背中の泥もすっかり乾いてる。これがホントの甲羅干し…ってか。



おまけに鼻がかゆいのか、手で懸命に掻いていた。かわいいやつ。




シオカラトンボなどもう東京では見ることがなくなったが、ここと平安神宮神苑へ来ればいつも見ることができる。青いのはオスで、より青色の濃いのがオオシオカラトンボ。メスはいずれも薄黄色。




参道を下る。これから上ってくる人の方が多い。



沿道の店もこれから開く。ひと頃、錦古堂という扇子屋で、来る度に京扇子を買っていたが、ここも近年すっかりご無沙汰だ。“朝から清水”のこれも弊害である。





幾種類かある八ッ橋の中から、「夕子」人形を。

こうして見ると、「サザエさん」のタイ子さんに似た、「おたべちゃん」のほうがやはりかわゆい。

夕子人形、何だか縁日のお面みたい。



去年は途中で道を折れ、八坂神社へ向かったが、今年はシンプルにバス道へ下る。案外急坂で、がくがくと膝が笑う。…って書くと、膝は笑わへんやろ~。膝が笑ろたらうるさーてしゃーないがな。」…大木こだま師匠のダミ声が浮かんできてどうにも消えない。

清水寺参拝客もこれからが本番。彼らが降りた後のバスは随分と空いていて、やはりそろそろ人出が見られ始めた八坂神社を横目に、祇園を通り抜け、平安神宮へと向かった。


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バスを降りると大きな朱塗りの鳥居がお出迎え。ここはとにかく歩かされる。



門を潜りつつ、遠目に本堂を望むのが好きだ。



白い砂利に足取り重く、いつも左奥を目指す。神苑という裏庭の入口を目指すためだ。拝観料を巫女さんに払うのだが、ここの巫女さんはいつ来ても愛想がない。


ここは全国でも有数の桜、特にしだれ桜の名所なので、本当は春にこそ来るべきなのだが、何かと慌ただしい時期なので、これまでの人生で2度しか春に来たことがない。

真冬に数回。後はこうして真夏にばかり来ている。


ひっそりと安置されている市電へと真っ先に向かう。



これが確かN電と呼ばれた電車だったと思う。日本で最初の電車だ。明治村で同形車が復元され、動いている。『春の波濤』だったか、昔のNHK大河ドラマのオープニングで、その走っている姿が流れていた。


緑生い茂る神苑は、今回も静かな佇まいを見せていた。どんどん奥へ進むと、外との境目の塀際に、小川が流れ、木陰に覆われた小路みたいな所を通る。この辺りが敷地内で一番北側であろう。塀の外は丸太町通である。




以前は、平安神宮を出ると、丸太町通へと北上し、通りをそのまま西へ向かった。中井冷菓という氷屋さん(といっても、かき氷屋さんではなく、氷の卸がメイン)があり、ここが序で作る「究極グルメソフトクリーム」という、1個1,500円もするソフトクリームを食べに寄るのが楽しみであった。正式名称が何というのかわからないが、ステンレスの棒をネジネジと曲げた、ソフトクリームスタンドとでもいうのか、それにセットされたまま、アイスボックスに入れられていたので、“ソフトクリーム”とはいってもカチンカチンに凍っていて、“ハードクリーム”と呼びたくなるほど歯が立たなかった。

だが、味はそこらのソフトクリームとはまるで別物。北海道物産店のものでも薄味に思えてしまうほどの濃厚さで、不二家の「ミルキー」を思わせた。

一度、土間みたいな店内で、丸いパイプ椅子に腰かけながら、店の婆さんが出してくれたソフトクリームの齧りついていたら、車で乗りつけ、ソフトクリームを4つもまとめ買いして行ったオヤジに遭遇したことがある。締めて6,000円!お店のお姉ちゃんか、お茶屋への差し入れだったのだろうか。豪気なものだ。もうかれこれ20年ほど昔の話である。




…閑話休題。それまで他に誰にも会わなかったが、こちらが早足だったせいか、先客の姿が見えだした。ここにも日本人の姿は自分以外にはない。外国人観光客ばかりである。


途中、大きな池が幾つかある。

飛び石をヒョイヒョイと渡っていける場所がある。年甲斐もなく、いつもここへ来るとついつい飛び石コースを行きたくなる。夏場は蓮の花が咲く。




飛び石コースの入口には、池に落ちても知らないよ。行くなら十分気をつけろ」といった内容の立て看板がある。石は思ったよりは大きく、人が2人乗ってもどうにかすれ違おうと思えばすれ違えるかな…でも抱き合わないとちょっと厳しいかもね…というサイズだが、石の表面がスベスベしていて、駆け足でヒョイヒョイ渡ろうものなら、ツルッと足を滑らせ、ドボンということになりかねない。辺りは睡蓮が群生する沼みたいな池だ。一度だけ足を滑らせかけて、ものすごい怖い思いをしたことがあった。それでも懲りずに飛び石コース。何にそんなに惹きつけられるのか。やはり、解放感があって眺めがいいからね。




そう思って今回もヒョイヒョイ飛び石を軽快に渡っていたら、前のほうに長い脚を放り出した金髪姉ちゃん2人組がいて、飛び石の終わりがけに留まって記念撮影に興じている。

こっちは足場の悪い場所を、テテテッと渡り、早く陸地に戻りたい。だが前がつかえている。

「Hey,hurry up!」とはまさか言えないし、それで大き目の飛び石に暫し佇み、蓮の花の写真を多めに撮ったりして時間つぶししながら、様子見だ。



(今、平安神宮公式サイトへ行ってみたら、この飛び石、臥龍橋(がりゅうきょう)という随分立派な名前があった。




こうして池に落ちることもなく、無事上陸を果たし、最後の大きな池を望む場所までやってきた。

外国人女性2人組にスマートフォンのシャッターを押してくれと頼まれた。

デジカメになって、その場で仕上がりの確認ができるようになった。僭越だが、写した画像を表示して"It's o.k.?"などと尋ねることにしている。

彼らは頷き、「アリガトウ」とたどたどしい日本語で礼を言ってくれたのが嬉しい。




この頃まだ朝9時半。そのせいか池の水面は穏やかで、貴賓館(尚美館)や橋殿(泰平閣)も実に綺麗に逆さに映る。前日の“逆さ金閣”顔負けである。



真冬に来た時は、もっと水が澄んでおり、逆さ具合も一層堂に入っていた。


石が植わった小川の上をまたぐ。30年ほど昔は、今みたいに板の橋はなく、靴が少し濡れるのを気にしながら、石の出っ張りを踏みしめて渡ったものだが、小川の流れのせいで石は常に濡れているから、油断するとツルッといって滑りかねないちょっと危ない場所だった。ことによると実際滑ってこけてずぶ濡れになった人が後を絶たず、文句が出たのかもしれない。


神苑最後のハイライト・橋殿に来た。

ここも外人さんばかりであった。暫く外で空くのを待つ。



彼らは一しきり対岸の東神苑の側を眺めやると、満足気にその場を立ち去って行った。



でも、ここのお楽しみは、実は鯉の餌にこそあるのだよ。

橋の真ん中辺に少し幅広く出っ張った所がある。向かって南側、離れの結婚式場がある側の欄干べりに「うまい棒」みたいな形の麩がケースに入っていて、50円以上の“お気持ち”を、とある。

大抵の場合、100円入れて2本取る。

平安神宮的にはもしかすると「1本50円」ではなく、1本取るなら少なくとも50円は払ってくれよ、何なら100円でもいいんだよという積りなのかもしれない。「100円」はお気持ちが倍なだけで、お麩まで倍取られるのは有難くないのかもしれない。だが、無人野菜販売所で、1つ100円のキャベツが売りに出ている時、200円入れたら2つもらうでしょうよ。それと同じ。大義名分は果たした。一応の権利はある筈である。


お麩の真ん中にあいた穴をほじるように、指でカイカイと掻き出す。細かな粒となって麩が池に落ちる。バシャバシャッとすごい音を立てて、黒い大きな鯉が集まってくる。

彼らは分厚い唇をあんぐりと開け、貪欲に麩を水ごと吸い込もうという肚である。




毎年1月に、新宿京王百貨店に駅弁大会へ行く。信州の養鯉場が「鯉のうま煮」を実演販売しに来る。いつしかここの分厚い唇のおばちゃんに顔を覚えられた。

早い話が、真鯉のブツ切りを甘露で煮たものである。ウロコがそのまま付いているのが、見た目上、結構グロい。生々しい。でも、食うと美味い。鯉の骨はものすごく硬い。鯵の干物みたいに、バリバリと噛み砕け!とは到底言えぬ硬さである。骨を用心深く、口から出してはまた頬張る。それの繰り返しである。


その鯉の同類が、ここ平安神宮神苑の池で、こうして悠々と泳いでいる。一生食いっぱぐれる心配もなく、人間どもに食われる心配もなく、又人間どもの気紛れで意味もなく道楽で釣りあげられては口だけ生傷を負う心配も、ここなら皆無だ。大抵の外敵から完全に守られる。


恐らく真鯉という品種の中で、ここ平安神宮の池で泳いでいる鯉は、最も安泰で幸せな境遇にあると言えるだろう。


鰭がついていて動きの速い鯉たちに混じって、プカプカと所在無げに浮かび、両手で懸命に水を掻いては、何とか餌にありつこうとする亀の姿がある。

俊敏な鯉たちに比べ、何ともどん臭く、それでいてユーモラスな彼らの動きを見ているといつまでだって飽きない。




どうにか不遇をかこっているに違いない亀たちに優先的にお麩をやりたい。そこで先ほどの粉末よりは大きめに千切ったお麩を、亀目がけて投げつける。

ところがどっこい。折角こちらとしては上手に投げられたと思っても、ふわふわと根無し草のように舞い、ひらひらとあさっての方向へ落ちるのが麩というもの。


そしてこちらとしては亀たち目がけて完璧にお麩を投げおおせた積りでも、結果が伴わず、あさっての方角の水面に着水するや否や、池のエースこと真鯉たちの元気な身のひねりと、デカ口による丸飲みにより、たちまちの内に彼らの胃袋へと収まってしまうのである。




時折、鯉とも違う品種の小魚たちが、スイッと寄ってきて、粉のお麩をついばむ。その動きさえ、亀の所在無げな動作よりは遥かに俊敏である。


私は懲りずに亀めがけて毎度お麩を投げてやる。

歩き詰めで疲れ切った足を休めるべく、橋のへりに腰掛け、その先に靴を脱いで裸足になった足をでれっと乗っけて、すっかりリラックスした格好のまま、腕を欄干に絡ませながら、もう片方の手でお麩をちぎっては投げ、ちぎっては投げ…というと何だか勇ましいが、ここは文字通りの意味しかない。




所在ない動きを見せる亀たちの中でも、ことさら私の目を引くのはスッポンだ。

あの先のすぼまった口、他のと違って何だかペラペラと柔らかそうに見える甲羅、薄緑色の全体的に扁平なフォルム。何だかこの世のものとは思えぬ摩訶不思議な生き物に思えてくる。

実際は獰猛で、下手に指を出そうものなら、噛み千切られるときく。

だが、ここ平安神宮神苑の池にプカプカと浮いては漂う姿からは、そんな獰猛な一面は微塵も感じられない。

何とかスッポンの目の前にお麩を投げ入れてやり、彼らがそのおちょぼ口を高速動作で以てお麩に食い付き、ものするのを私はこの目で見たいのだ。




かくして大して意味のない、スッポン目がけてお麩の投げ込みという十数分に及ぶ私の孤独な闘い(?)が始まった。

かつて毎週見ていた「クイズダービー」でいえば、鯉が麩にありつくのは、はらたいら氏並の「倍率2」、亀が麩にありつくのは2枠の女性陣、井森美幸さん、山崎浩子さん、宮崎美子さん、あるいはもっと古いところで五月みどりさんの「倍率4」ってところか。

そして元々数が少なく、巨体ゆえかここでは更に動きが鈍く、まず麩にありつく機会はないといえるスッポンが奇跡的にお麩を飲み込むのは、勿論1枠の篠沢教授の大金星並の低確率なのである。

こんな例え話をしたのも何かの縁。改めて大橋巨泉氏のご冥福をお祈りします。


こちらもかなり忙しい。

近頃遂に写真撮影が専らスマートフォンになってしまった。画質は落ちるが、手軽さに負けた格好である。

ところがこやつはスッポン同様扁平な形状をしており、しかも一定時間を経るとロックがかかる設定にしてある。いちいちパスワードを入れてやらねば起動しない。

そんなことを池の上で、片手のみで全てやり切り、なおかつシャッターチャンスを逃さない。そんな神業的所作は私には到底無理だ。

嫌い、嫌いと言ってはいるが、これでも結構高い機械である。うっかり池に落としでもしたら、目も当てられない。

そこでデジカメ登場である。こういう時、例え安物のコンパクトデジカメであろうと、専用機の有難みをつくづく感じる。

私のデジカメは買った時に紐付きケースがおまけで付いてきた。そのポケットには「さくらや」がつぶれた時、全館50%OFFの投げ売りセールの際、殆ど目ぼしいものが残っていない中、唯一非常に役立つものとして咄嗟に思い付き、購入したスペアの充電池が忍ばせてある。

撮影しようとカメラを取り出す際、このスペア電池がポケットから路上に零れ落ちる経験を、これまで何度となくしてきた。

幾ら半額品とはいえ、大事なスペア電池なのだ。そいつの紛失の危機に幾度となく晒されながらも、何とかそれをかいくぐって来た。

それをこんな不安定な場所で、みすみす犬死にさせたくはない。


いやに勿体ぶった記述をしてしまったが、要するに、スペア電池を池に落とすのが嫌なので、用心してズボンのポケットに避難させてから、スッポンにお麩をやろうと格闘しつつ、その様子を何とかデジカメに収めようと奮闘したということである。

このblogを始める前は、こんな苦労は全くなかった。

写真に収めようという発想がなかったからである。面倒なことおっ始めちまったなーと思う反面、こんなことでもなけりゃ、スッポンの写真なんて絶対に持つ機会なかったよなーと妙なところで感慨深い。




…こうしてうまい棒状のお麩2本を費消しきるまで、私のスッポン贔屓お麩投げ入れ行為は続いた。ごくたまにスッポンは麩に食い付きはしたものの、折角彼の口の目の前に着水しても、反応も動作も鈍い彼らは、餌に食いつくことをせず、横から目敏い魚どもに掻っ攫われるという愚鈍ぶりを大抵の場合、嫌というほど発揮した。

「アホッ、何しとんねん!サッサと呑みこまんかい、ボケェ!グズグズしとったら生き残っていかれへんで!」

そんなきちゃない関西弁が心の内に湧き上がる。


この日、先客だった外人さんの一団が早々に立ち去った後、時たま後から客は来たが、私を真似てお麩を買う御仁はついに出現しなかった。


*****


良い休憩になった。


確か2年前、ここに来た時、結婚式に遭遇したことがあった。

池の向こうで披露宴を行う前に、新郎新婦の一世一代の晴れ姿、親類縁者にお披露目だとばかりに、ここ橋殿で優雅に佇む。

先導のカメラマン氏が彼らの姿をカメラに収める。親類縁者たちがゾロゾロ後からついてくる。中には子供もチラホラ見られた。この時の子供は、妙な奇声をあげることもなく、橋の上をドタドタと走り回るわけでもなく、終始大人しく畏まっていたのが偉い。

それでも新郎新婦が何度も橋の上でポーズを取らされては、カメラに収まるのに付き合わされるのは流石に退屈だったのでしょうな。


やがて1人の男の子が、偶々私がでれっと橋の欄干に身を任せつつ、お麩をスッポン目がけて投げ入れていた隣に、父親と共に腰を下ろした。

下の水面にわんさか集まってくる真鯉、亀、スッポン…彼らの一団にすっかり心奪われた様子。

大人も子供も、ユーモラスな動きの亀に目を奪われるのは皆同じと見える。

子供の父親が、すっかり退屈しきった愛息を宥めすかすように、亀さんもがんばって餌もらいに来てるねー。」、「亀さん、なかなか餌、食べられないねー」などと頻りに声を掛けている。


その餌の出所であった私、思わず、さっきから亀に何とか食べさそうと、狙って餌投げてやってるんですけどねー。なかなか上手く行きませんワ。」みたいなことを、父ちゃんに話し、心和んだ経験がある。後から思えば、この若き父ちゃん、子供への声掛けに、全くといっていいほど関西弁のイントネーションがなかった。ことによると東京かどこかから、或いは甥か姪、もしくはいとこの結婚式に招かれたストレンジャーかもしれなかった。

寧ろ行きずりの旅人である私のほうが、ことによると地元のおっちゃんと思われたかもしれない。


その時に比べると、今回は何のハプニングも事件もなく、平穏裡に、クマゼミがワシャワシャと鳴く中、神苑を後にしたのであった。




本当ならこれからあのだだっ広い前庭を、白っぽい砂利に足を取られ、思うように早足で歩けない状態に甘んじながら、それでも懸命に歩き続け、横断し、本殿にお賽銭の一つも上げるべきところだが、炎天下にそんな強行突破をする気力は既になく、一番の目的であった神苑訪問を終えるや否や、この場を立ち去ったのであった。




不信心でスミマセン。

この時、時計はまだ朝の10時前。

神様にお参りするプロセスをも省いてしまったのには、他にも訳があったのだが、予想外に駄文が伸びた。

清水寺、平安神宮。京都を代表する定番スポットを駆け足で梯子し終えたところで、今回は打ちどめ。

以下、次回へと続く。